第240話 前言撤回


 昨日さくじつ、オレの所有するギルドカードに連絡が入った。

 どうやら近いうちに子供たちを連れ、王都に出向かねばならない様だ。

 詳細を確認する為、子供たちがまだ寝入っているうちに冒険者ギルドへと向かう事にした。



「レティ……、メフィスト……。行ってくるよ……」


 スヤスヤと気持ち良さそうに眠る二人の可愛い寝顔を眺めていると、ずっと家にいたいと思ってしまう……。レティはこの家に来た当初よりも、頬がふっくらしてきた様だ。初めの頃は遠慮がちだったが、最近は甘える様になってオリビアも喜んでいるからな……。良い傾向だ。

 メフィストはミルクも離乳食もたくさん食べるからな。ハイハイも出来る様になったし、笑顔でこちらに向かってくる様子はとても癒される……。

 どうかこのまま、スクスク大きくなっておくれ……。

 可愛い子供たちの寝顔を眺め、そっと部屋を出た。


 そしてユイトたちの部屋へ向かい、音を立てない様にそっと扉を開ける。ベッドの上では、ハルトとユウマもすやすやと気持ちよさそうに寝入っている。ふっくらとした頬がこんなにも愛しいなんてな……。

 この子たちがこの家に来てから、オレもオリビアも、毎日が幸せだよ。


 ハァ……、おじいちゃんは頑張るからな……。




「じゃあ、行ってくるよ」

「はい。気を付けて行ってきてくださいね」

「イドリスによろしくね」

「あぁ、分かった。夕方には帰るから」

「えぇ、いってらっしゃい」


 オリビアとユイトに見送られ外に出ると、見上げた空はまだ薄暗い。陽が昇るのもすっかり遅くなったな……。

 オレの左手には、ユイトの作ってくれた弁当が。随分と大きいなと思っていたら、イドリスの分も入っているそうだ。ユイトたちはイドリスの家に泊まりに行くのを楽しみにしているからな……。

 王都に行っている間に、いっその事……。ふむ……、オリビアに相談だな……。

 そんな事を考えながら、オレはギルドへと足を進めた。






*****


「あ! トーマスさん、おはようございます!」

「おはよう、ブライス。ん? その子は?」


 馬車乗り場には顔馴染みの御者・ブライスが。

 そしてその隣には、一人の少年が緊張した面持ちでブライスの傍に立っている。


「ほら、ジーン。御挨拶して」

「はい! えっと、今日から見習いで入りました! ジーンです! よろしくお願いします!」


 まだ幼さの残る元気な声で挨拶をするこの少年。見た感じユイトと同じ年頃だろうか。やや緊張している様だが、目はやる気が漲っている様に見える。


「オレはトーマスだ。馬車はよく利用するから、これからよろしく頼むよ」 

「はい!」


 周りの乗客たちも、嬉しそうに笑みを浮かべる少年を微笑ましそうに見守っている。

 この時間帯の乗合馬車は仕事へ向かう者、ギルドへ依頼を出す者、その依頼を受ける冒険者等で比較的混んでいる方だ。

 朝一番の冒険者ギルド内は、いかに良い依頼を得られるかと皆、殺気立っているからな……。

 しかし、オレもそろそろ依頼を受けた方がいいな……。子供たちを守るのに、腕が鈍ると困るしな。王都に行くまでにいくつか受けようか……。

 いや、しかし……、子供たちと過ごせないのは……。

 ふむ……、馬車に揺られている間に考えよう……。


「えっと……。皆様、お待たせ致しました! もう間もなく出発致しますので、立ち上がらない様にお願い致します! ……あ、危ないので!」

「はぁ~い!」

「気を付けるよ!」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」


 今朝の乗合馬車は混んでいたが、見習い御者・ジーンのおかげで終始穏やかな雰囲気で過ごす事が出来た。ユイトたちと過ごしているからだろうか?

 この少年にも頑張ってほしいと、微笑ましく、胸が温かくなるのを感じた。






*****


「あれ? トーマスさん! おはようございます!」

「あ! おはようございます!」

「おはよう。二人とも朝から元気だな」


 冒険者ギルドに入ると、早速元気な若者が。新人冒険者のオーウェンとケイレブだ。ケイレブは会うといつも尻尾が揺れているな……。楽しそうで何よりだ。


「はい! オレたち、元気だけが取り柄ですから!」

「なるべく良い依頼を狙いたいんで!」


 ん? この子たちは四人組パーティだが、ワイアットとケイティの姿が無いな……。


「今日は二人だけか?」

「はい! ワイアットとケイティは、途中まで一緒だったんですけど……」

「でっかい荷物抱えてたばぁちゃん見かけて、送って行きました!」

「ホォ~、感心だな」


 そうかそうか。この子たちは本当に良い子たちばかりで感心するな……。

 

「良い依頼が無くなるといけないから、オレたちだけ先に来たんです」

「ばぁちゃんのあの荷物、何が入ってんだろうな?」

「デカかったもんな……」

「そんなにか?」

「はい! そんなにです!」

「あれはオレたちもちょっと気になりますね」


 この子たちが気になる程の荷物か……。確かに気になるな……。


「トーマスさんも依頼ですか?」

「あぁ、オレは……」


 王都に、と言おうとしたところで、視界の端に大きな体躯が映った。


「おぅ! トーマス! 待ってたぞ!」

「お前も朝から元気だな……」


 オレたちの前に現れたのはギルドマスターのイドリス。この前は書類の山に項垂れていたのに、今やすっかり元通りだ。


「イドリスさん、おはようございます!」

「おはようございます!」

「おぅ! おはようさん! ちょっとトーマス借りてくぞ~?」

「「はい!」」


 にこやかに笑顔を浮かべる二人に見送られ、オレはイドリスと共に二階の執務室へと向かう。先程とは打って変わって、心なしかイドリスの表情が硬い気がするんだが……。ふむ……。





「トーマス、これが届いた書面だ。確認しといてくれ」

「あぁ、助かるよ」


 イドリスに手渡された一枚の書類。そこには目を通すのが嫌になる程、びっしりと文字が羅列している。事細かに書かれたそれにざっと目を通すと、あのノーマン・オデルに関する事にも触れられていた。王都に到着したら、どうやらノーマンの屋敷にも行かねばならないらしい。

 そして、レティとメフィスト、捕まっていた他の奴隷たちの処遇についても、直接伝えられるそうだ。



「ハァ……。概ね想像していた通りだったよ」

「そうか……。……で? 王都にはどれくらい滞在する予定なんだ?」


 イドリスが真剣な表情で訊いてくる。珍しいな。


「そうだな……。往復で十日だろう? それに、オレの知らないうちにユイトも色々忙しい事になってるみたいだしな……」


 そうなんだ。ユイトは城で料理教室どころか、あのフェンネル王国最大手のローレンス商会にも招待されているらしい……。他にも孤児院と騎士団寮でも料理を作る事になっているんだろう? どうやら行きたい店もある様だし……。

 それに、王都に行けばアレクもいるだろうしな……。また騒がしくなりそうだ……。


「まぁ、短く見積もっても、王都に七日以上は滞在すると思うが……」

「そうか……」


 ハァ~……、と深い溜息を吐き項垂れるイドリス。どうかしたんだろうか?


「何だ? 何か問題でも……?」


 先程から顔が強張っているのと関係があるのだろうか……?


「いや、気にするな……」

「いやいや。お前がそこまで落ち込んでると、さすがに気になるだろう……!」


 この万年、陽気を絵に描いた様な男がそんなになるなんて……。

 一体何が……、



「サンドイッチが食えないな、と思ってな……」



「……は?」


「だから、トーマスたちが王都に行ったら、ユイトの料理は二十日はお預けって事だろう?」


 厳しいなぁ~、と腕を組み、真剣な表情でうんうんと唸っている。

 


 前言撤回……。

 イドリスは、こういう男だった。


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