第187話 求人募集
「じゃあ、レティちゃんの髪はフレッドさんが?」
「はい、揃えただけですが」
カウンター席に座り、オリビアさんに用意された遅めの朝食を食べるフレッドさん、サイラスさん。そしてアーロさんにディーンさんの四人。
僕とオリビアさんは話を聞きながら、キッチンで今日の営業分の仕込みを進めている。
「まさかフレッドくんにそんな特技があったなんて……。ありがとう! とっても可愛くしてくれて!」
「いえ、自分の髪を切るついでですので……」
オリビアさんとフレッドさんの視線は、自然とレティちゃんへと向かう。
店の一角に敷いたラグの上には、ハルトとユウマ、メフィストにレティちゃん、そしてライアンくんと妖精のウェンディちゃんが楽しそうに遊んでいる。
あそこだけ別世界の様に、ほわほわとした空気が流れてる気がするな……。
トーマスさんが微笑みを浮かべながらその一角を見守っている。
「ユイトくん! これお替りしてもいいか?」
「私もお願いします!」
「こちらも頼みたい!」
「皆さん、慌てなくてもたくさんありますからね~!」
こっちでガツガツと夢中で朝食を食べる三人とは大違いだ……。
三人はベーコン、目玉焼きを乗せた厚切りのトーストを三枚も食べ、まだ足りなさそうだったので昼食用にと作っていた手羽元と卵の煮物を出してみた。
お酢を使っているから疲労回復にバッチリのメニューだ。
朝食にはどうかなと思ったんだけど、サイラスさんたちには関係ないみたいで一安心。
美味しそうにもぐもぐと頬張る姿は、まるで学生みたいでちょっと楽しい。
「全く……! 落ち着いて食べれないのですか?」
フレッドさんも呆れている様子。
四人の中では一番年下なのに……。お疲れ様です……。
「んぐ……、何だ? フレッドは食べないのか?」
「食べないとは言っていません! ユイトさん! 私も煮物のお替りをお願いします!」
「は~い! ちょっと待ってくださいね!」
僕は笑いながら、フレッドさんにお替りの手羽元と卵の煮物を取り分ける。
「しかし良かったのですか? 私たちもここでお世話になって……」
フレッドさんたち四人は、ライアンくんが退院してからも宿を取ると言ってたんだけど、もうすぐ王都に帰ってしまうんだからとオリビアさんに誘われ、残りの日数もこの家で過ごす事になった。
まぁ、ダイニングのテーブルを退けてそこで寝てもらう事になるんだけど、ライアンくんとハルトとユウマも嬉しそうだから、いいのかな……?
「殿下の快気祝いも一緒にして頂けると聞きました。何か手伝える事があれば、何なりとお申し付けください」
「あ、いいんですか? 参加する人数が多いので、前日に買い出しを手伝ってもらえたら助かるかなぁ~、なんて……」
「それは私たちが引き受けましょう!」
そこでアーロさんとディーンさんの手が挙がった。
前も買い出しに付き合ってくれたからすっごく助かる。
「あと、前日から仕込みも手伝ってもらえると……」
「それも私たちにお任せを!」
ここでもお二人の手が挙がる。
どうやらオリビアさんに教わりながら料理を手伝ったのが楽しかったらしい。
騎士団寮の当番はイヤらしいけどね。
「あ! ユイトさん! 私もお手伝いがしたいです!」
「わたしも……!」
ここでまさかのライアンくんとレティちゃんの参戦……。
祝われる本人が手伝うとは……。
「二人とも退院したばっかりだし、当日はゆっくりしてていいんだよ?」
「そうよ? やる事もいっぱいあるから疲れちゃうわよ?」
オリビアさんも、まさか快気祝いの本人たちが手伝いたいと言うとは思わなかったのか、少し困った様子だ。
「いえ! 私も皆さんにお世話になってます! お礼がしたいのです!」
「わたしも……。やくに、たちたい……」
だけど二人は本気らしく、お願いとオリビアさんと僕に頼んでいる。
二人にうるうると切なげに見つめられると、お願いを聞いてあげなくちゃと思ってしまう……。
「ん~……。じゃあ……、二人にも手伝ってもらいましょうか……?」
「そうねぇ……」
オリビアさんも二人のお願いに心が揺らいだ様で、簡単な事ならと了承してくれた。
「まぁ、あまり疲れるような事はさせないから、二人とも安心してちょうだいね」
「「やったぁ~!!」」
ライアンくんとレティちゃんは、二人で手を取り合って喜んでいる。
一緒に入院している間に仲良くなったのかな。
その周りをウェンディちゃんがキラキラしながら飛び回ってるし……。
この国の王子様に、珍しい魔族の女の子に、今まで誰も見た事のなかった妖精さん……。
店の中とは思えない、不思議な光景だ……。
「あ、ユイトくん。そう言えば今日から求人の募集するのよね?」
仕込みも終わりかけた頃、オリビアさんが声を掛けてきた。
「はい。昨日のうちに貼り紙は作っておいたので、あとはどこに貼るかだけですね」
「じゃあ、お店の目立つところに貼っておかないとね!」
「良い人が来てくれれば嬉しいんですけど~……」
「そうね、この貼り紙を見てくれるかどうかに懸かってるものねぇ……」
最近の忙しさだと、二人ではお店をスムーズに回すことが難しい。
トーマスさんも今は手伝ってくれてるけど、冒険者の仕事があるしなぁ……。
「そうだ、仕込みの人も別に募集した方がいいですか? 昨日、オリビアさんに確認するの忘れてて……」
メニューの数はあまり変わらないけど、一日の仕込む分がかなり増えたからなぁ……。
下処理だけでもしてくれたら、かなり助かるんだけど……!
「そうねぇ……。いた方が助かるものね……。よし! 一緒に募集しちゃいましょう!」
「分かりました。じゃあ後で追加で書き足しておきますね!」
「えぇ、よろしくね!」
僕たちの会話を聞いていたのか、フレッドさんは僕が部屋から持ってきた募集の貼り紙を興味深げに見つめている。
「従業員を雇うのですね」
「はい。おかげさまでお店も忙しくなってきて……。お客様を待たせてしまう事があるので」
あんまり褒められた事じゃないけどね……。
オリビアさんの負担を軽くしてあげたいし、待たせずに食べてもらえる様にしたいから……。
「そうですか……。ここが王都なら、すぐにでも見つかると思いますよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。このお店の料理は王都でも人気が出るでしょう。味の秘密を知りたいと偵察に来るかもしれませんね」
「えぇ~……? まさかそんな……」
美味しいって言ってもらえるのは嬉しいけど、そこまでするかなぁ~?
「いや、有り得るぞ? この村にも偵察しに来るかもしれないから、雇う者はちゃんと選ばないと!」
「そうですね、何なら私も、オリビアさんたちと一緒に応募者を面接したいくらいです」
至って真面目に、サイラスさんとフレッドさんは忠告してくれる。
まぁ、この店もオープンキッチンだし、目の前で調理してたらつい見ちゃうかもしれないけど……。
「……もしこのお店が王都にあったら、皆さんは食べに来てくれます……?」
「「「「毎日でも!」」」」
真剣な表情で答えてくれる四人に、思わず嬉しくなってしまう。
「ありがとうございます! 今日は夕食も楽しみにしててくださいね!」
「「「「やった……!」」」」
嬉しそうな四人の声を聞きながら、僕は店先と店内の壁に従業員募集の貼り紙を貼りつける。
『 年齢不問。やる気のある方、料理に興味がある方、大歓迎! 』
いやぁ~、こういう貼り紙、いっぱい見た事あるなぁ……。
自分が書いたにもかかわらず、日本では色んな所で目にした文面だなぁと苦笑い。
( ハァ……、どうか良い人が応募してくれますように……!)
僕は貼り紙に手を合わせ、一生懸命お願いする。
「ユイトくん、もうすぐ開店よ~!」
「はぁーい!」
おっと、いけない。お店の看板を準備しないと。
「さ、皆。営業が始まるから部屋に移動しようか」
「「「はぁ~い!」」」
「あぃ~!」
トーマスさんに抱えられたメフィストを先頭にしてハルトたちは移動し、部屋で遊んでもらう事に。
フレッドさんたちも、先程まで自分たちが座っていた席をキレイに拭いてくれている。
そして僕とオリビアさんは、最終確認の真っ最中。
だからこの時、レティちゃんが真剣に貼り紙を見ているなんて、僕たちは誰一人気付いていなかった。
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