第157話 オムレットケーキ


「「「「ありがとうございました(まちた)~!!」」」」


 最後のお客様をお見送りし、今日も無事に閉店時間を迎えた。

 バージルさんたちは食べた後すぐ、まだやる事があると名残惜しそうに退店していったけど……。

体は大丈夫か心配になってしまう。


「ライアンくん、今日はお疲れ様でした!」

「はい! ありがとうございました! とても楽しかったです!」


 初めての接客であれだけキビキビ動けるなんて!

 ライアンくんは将来有望だ……!

 まぁ、王子様だからお店はしないだろうけどね。


「本当? よかった! 接客もテキパキしててカッコよかったよ!」

「らいあんくん! すごいです!」

「ほんちょ! しゅごいねぇ!」

「あ、ありがとうございます!」


 二人にも褒められ照れているのか、ライアンくんはもじもじと手を弄っている。

 三人で仲良く過ごすこの姿も、明日で終わりだなんて寂しいなぁ……。


「……今日のおやつ、皆で一緒に作ってみようか?」


 何か一緒に出来る事はないかと考えたけど、僕にはこれくらいしか浮かばなかった。


「えっ!? いいのですか?」

「「やったぁ~!」」


 ハルトとユウマは喜んでいるけど、ライアンくんは驚きを隠せない様子。

 だけど、どこかソワソワしている気がする!


「うん、またしばらく会えなくなっちゃうからね。一緒に作ろう?」

「……はい! 一緒に作りたいです!」

「うん! 覚えたらお家でお母さんにも作ってあげられるよ」

「わぁ! 母上にも!? 頑張ります!」


 明日は定休日だから仕込みはなし!

 今日はのんびりライアンくんと過ごそう。


 お店に戻ると、オリビアさんは今日の売り上げの集計をしていた。

 冒険者の人たちはあれから来ないけど、メイソンさんのお弟子さんたちや近所の人以外にも、隣街のアドレイムや、隣村のエルタル村から来てくれる人が増えたからかなかなか好調らしくてホッと一安心。


「オリビアさん、今日は皆でおやつを作る事にしました~!」

「あら、いいじゃない! 何を作るの?」

「はい、オムレットケーキにしようと思います!」


 オリビアさんはそれを聞くと首を傾げて考えている。


「オムレツ……? とは違うの?」

「オムレツに似たケーキですね! ふわふわで美味しいので!」

「そうなの? あ、今日残ったフルーツは使っちゃっていいからね」

「わぁ! やったぁ! ありがとうございます!」


 これは色んなフルーツを詰めたオムレットケーキが作れるかも!


「ふふ、私も楽しみにしてるわね!」

「はい! 任せてください!」

「「まかせて(しぇて)!!」」


 ハルトとユウマも胸を張って、オリビアさんの分は僕たちで作ると張り切っている。

 その様子にオリビアさんも目尻を下げて嬉しそう。


「フレッドたちの分は、私が作ります!」


 ライアンくんもフレッドさんたち四人の分を作ると宣言し、それに感激している四人の姿が……。


「で、殿下……!」

「有難き幸せ……!」

「身に余る光栄です……!」

「何とか永久保存出来る方法はないでしょうか……?」


 一人だけ違う方向に感激しているけど……、大丈夫かな……?



「はい! では皆、手をキレイに洗いましたか~?」

「「「はぁ~い!」」」


 キッチンに入り、ハルトとユウマ、ライアンくんは横一列に並びながら一緒に作業。

 三人の前にはオムレットケーキ用の材料を並べている。


「まずは、中に挟むホイップクリームを作っていきます!」

「「「はぁ~い!」」」

「疲れちゃうかもしれないから、その時は僕が代わるのですぐに教えてください。ではまず氷を当てたボウルに、生クリームと砂糖を入れてひたすら混ぜていきまーす!」

「「「はぁ~い!」」」


 可愛い返事の後、三人はシャカシャカと泡立て器を使って一生懸命クリームを泡立てていく。

 その様子を、フレッドさんたち四人はカウンター席に座って見守っている。

 フレッドさんに関しては、ライアンくんを食い入るように見つめ、まるで一挙手一投足見逃してはなるまいと真剣そのものだ。


「ユイトさ……、ユイト先生!」

「えっ!?」


 ライアンくんが不意に僕を先生と呼んだ。

 いきなり言われたから僕も戸惑ってしまう。

 食器を片付けていたオリビアさんは、にこにことこちらを微笑ましげに眺めている。


「これはどうですか?」

「あ、ライアンくんのクリームいい感じにトロっとしてきてるね! この後は慎重に泡立てないとすぐに硬くなるから気を付けて。クリームに泡立て器の混ぜた筋が少し残るくらいになったら教えてくれる?」 

「はい! わかりました!」


 ライアンくんは意外と力があるのか、すぐに泡立てをマスターしてしまった。

 完璧だね! と褒めると、照れながら嬉しそうにはにかんだ。

 そして次のスポンジ生地の材料を眺めながら、ふんふんと一つずつ確認している。


「せんせい! ぼくのは、どうですか?」

「ふふ、はい! ハルトくんも上手に出来てます! 後は冷やして冷蔵庫に入れておこうね」

「はぁ~い!」


 ハルトもライアンくんの真似をしてか、僕の事を先生と呼ぶ。

 僕も先生の振りをして、ハルトくんと呼んでみる。

 照れ臭いけどちょっと楽しくなってきた。


「しぇんしぇ~! ゆぅくんもできた~!」

「は~い! どれどれ~?」


 ユウマも僕を先生と呼び、にこにことしている。


「あ、ユウマくんも上手に出来ましたね! 冷やして次の工程に移りましょー!」

「「「はぁ~い!」」」


 次はオムレットケーキの生地のタネ作り。


「ボウルに卵と砂糖を入れて、砂糖がなじむまで泡立て器で混ぜてくださーい!」

「「「はぁ~い!」」」


 三人は真剣な表情でシャカシャカと混ぜている。

 僕はその間に湯煎用のお湯を沸かし、一緒にバターも溶かしておく。


「うん、もうそろそろいいかな? 今度はこのお湯をボウルの下に入れて温めながら、空気を含ませるように大きく混ぜてね。皆、腕は大丈夫? 疲れたら休憩していいからね」

「私は大丈夫です! ハルトくんとユウマくんは?」

「ぼくも、へいきです! ゆぅくん、だいじょうぶ?」

「ゆぅくん、ちょっとちゅかれちゃった! けどがんばりゅ!」

「ユウマ、ちょっと休憩しよっか?」

「んーん! ゆぅくんもいっちょ、ちゅくりゅ!」


 うんしょ、うんしょと一生懸命混ぜている姿を見て、オリビアさんはまたいつもみたいに唸っていた。

 トーマスさんにもこの光景を見せたら、きっと同じ様に唸ってるんだろうなぁ……。


「今度は皆のボウルに、薄力粉を振るいながら入れていきます。これは粘りが出ない様にヘラに持ち替えて、このヘラを切り込むように入れてから生地の底から持ち上げる様に混ぜてください。そして溶かしたバターと牛乳を加えて、もう一度同じ様に混ぜていきます。一度、僕がお手本を見せるからね!」

「「「はぁ~い!」」」


 三人は返事をすると、真剣な表情で僕の手元を見つめている。


「こういう風に泡立て器で生地を持ち上げて、落ちた生地で線が描けるくらいになったら粉を入れます。ヘラに持ち替えてこうやって生地を底から掬い上げてね。ボウルを回しながら混ぜたら早いよ。後はヘラで受けながら、溶かしたバターと牛乳を回し入れて……」


 三人と同じ様に、いつの間にかカウンター席に座る四人も真剣に僕の手元を見つめている。

 もしかしたら興味が湧いたのかも?


「はい! これで生地の完成! じゃあ、やってみようか!」

「「「はぁ~い!」」」


 最後の踏ん張りどころと、三人は真剣にかき混ぜている。

 こういう時、写真や映像に残せたら記念になるのにと思わずにはいられない。


「「「できたぁ~!」」」


「うん、三人とも上手に出来てるね! 今度はこの生地をフライパンでじっくり焼いていきます!」

「「「はぁ~い!」」」


 フライパンに油を薄く引いて蓋をし、弱火でじっくり焦げない様に注意して……。


「あ、そろそろかなぁ~? 今度はこのオーブン用のシートを敷いて、もう片面に火を通していきます」

「ユイト先生! このシートを敷くのはなぜですか?」

「これは焼き色を付けずに、キレイな生地の色を保つためです。仕上げるときは、こっちが表側になるからね」

「「「なるほど~!」」」


 さっきから三人が可愛くて仕方ない。

 笑っちゃいけないけど、動きがシンクロしていて同じ様に頷いている。


「これは火を使って危ないから、僕と一緒に焼いていこうね」

「「「はぁ~い!」」」


 まずは一番お兄ちゃんのライアンくんから。


「こうやって、お玉でゆっくり生地を落としていってね」

「はい! ゆっくり、じっくり……」

「ふふ、生地の表面にふつふつって穴が小さく開いてきたら焼けてきた合図だよ。それを目安にひっくり返してね」

「わかりました!」


 ライアンくんは生地を入れたフライパンをジィ~ッと見つめ、その隣ではハルトとユウマも同じ様にフライパンを見つめている。


「あっ! 穴が開いてきました!」

「そろそろかな? フライ返しで少しだけ端を確認してみよう」

「……あ、美味しそうな色に焼けてます!」

「うん、じゃあ火傷しない様にひっくり返せるかな?」

「やってみます……!」


 緊張しながらもそ~っとフライ返しを生地の下に滑り込ませ、慎重に手首を返す。

 僕たちは失敗しません様にと、ライアンくんの手元に釘付けだ。


「わぁ! 出来ました!」

「らいあんくん、すご~い!」

「おいちちょ~!」

「えへへ……」


 フライパンの中には、キレイな焼き色のついた生地が。

 どうやら成功した様で、僕たちはホッと胸を撫で下ろす。

 フレッドさんなんか、感動して目がウルウルしてるんだけど……。


「焼き上がったら、このシートを折り曲げて……、こんな風に生地が曲がる様に冷ましておきます」

「「「おぉ~……」」」

「じゃあこの調子で、どんどん焼いていきましょー!」

「「「はぁ~い!」」」


 ハルトとユウマが焼くときは、手の空いたオリビアさんも付いててくれるから安心。

 三人はそれは上手に、生地をどんどん焼いていく。


「生地が冷めたら、この真ん中の部分にさっき冷やしておいたホイップクリームとバナナやフレッサみたいに、自分の好きなフルーツを詰めていきます! これで完成でーす!」

「「「おいしそ~!」」」

「じゃあ早速、皆も仕上げていってください!」

「「「はぁ~い!」」」


 ライアンくんとハルト、ユウマの三人は、先程までの楽しそうな雰囲気から一変。

 真剣にフルーツを飾り付けている。

 その様子はさながら職人の様だ……。


「出来ました……! これはフレッドとサイラスの分! これはアーロとディーンの分です!」


 ライアンくんの手元には、バナナやオレンジオランジュの詰まったオムレットケーキの山が……。

 フレッドさんたちは感激のあまり言葉を無くしている。


「あれ? ライアンくん、こっちのは?」


 ふと見ると、フレッドさんたちの分とは別にオムレットケーキが。


「これは、明日父上たちに……。ダメでしょうか……?」


 怒られると思っているのか、ライアンくんは俯き言葉尻も小さくなっていく。


「ダメじゃないよ! きっとバージルさんも喜ぶね!」

「……はい!」


 ホッとした様子のライアンくんの頭を撫で、バージルさんたちの分は傷まない様に冷蔵庫へ。

 きっと驚いてまた保管するには~、とか言い出すんだろうな……。


 ハルトとユウマも出来上がったオムレットケーキをトーマスさんに渡すと張り切っていた。

 これは明日は大変な事になるぞ……、と僕の勘が囁いている。



 なら、僕も……。

 受け取ってくれるかどうかは分からないけど……。


 勇気を出せますように。


 フレッサを挟んだオムレットケーキを、僕は誰にも気付かれない様にそっと冷蔵庫にしまい込んだ。



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