第137話 バージルさんの正体


「まぁ……! どうしたのユイトくん……!?」

「あら大変だわ……! このままだと腫れちゃうわよ……!」


 合流場所には、すでにオリビアさんたちも戻っていたらしく、僕たちの顔を見るなり慌てている。


 レティちゃんと別れた後、なかなか涙が止まらなくて、落ち着くまで少し待とうかとアレクさんは言ってくれたけど、お迎えの時間も迫ってきているから、このままでいいと僕が断った。 



「おい、アレク。ユイトたちは一体どうしたんだ……?」


 合流場所に着くと、トーマスさんは僕たちの泣き腫らした顔を見て、アレクさんを問い質した。

 いつもの優しいトーマスさんではなく、厳しい表情をしている。


「お前がいるから、オレは任せたんだぞ?」

「はい、すみません……」

「あの、トーマスさん……! 僕が勝手に……!」

「あれくしゃん、わるくにゃぃの!」

「そうです! わるくないです!」


 詰め寄るトーマスさんに、ハルトとユウマが間に入ってアレクさんを必死に庇っている。

 それにはトーマスさんもたじろいでしまう。


「トーマスさん、バージルさん。僕たちの話……、聞いてくれますか……?」

「何だ? 一体何があった……?」


 僕の真剣な顔に、トーマスさんも更に顔を険しくさせた。


「トーマス、場所を変えよう。イーサン、この後の予定は?」

「急を要する用事は特にございません」

「そうか。延ばせるという事だな? ユイトくんたちは私たちと一緒に来なさい」

「はい……」


 バージルさんは警護の人たちに指示を出し、僕たちを馬車へと案内してくれる様だ。


「ソフィアさん、フローラさん。申し訳ないが、ユイトくんたちをお借りしてもいいかな?」

「はい……。あ、帰りはどうしましょう……」

「そうね、門の前に迎えが来るのですが……」


 もうすぐマイヤーさんの迎えの馬車がやって来る。

 待ってもらうのも申し訳ないな……。

 そんな事を思っていると、イーサンさんがソフィアさんとフローラさんの前に立ち、確認する様に話しかけた。


「確かお孫さんが迎えが来るはずでしたね? 私共が責任をもってこの子たちを送り届けます。先に戻って頂けますか?」 

「それなら私たちは問題ありません……。ユイトくんたちを、よろしくお願い致します……」


 ソフィアさんとフローラさんは、僕たちのために頭を下げてくれた。


「こちらでお預かりしている荷物もすぐに届けますので、ご安心ください」

「ありがとうございます……。では私たちはこれで失礼致します……」


 そこで僕と不意に目が合った。

 すると、ソフィアさんとフローラさんは僕たちに手を振ってくれる。


「ユイトくん、またお店に食べに行くわね~!」

「気を付けて帰ってくるのよ~!」

「はい! 今日はありがとうございました! お二人も、お気を付けて……!」


 僕もソフィアさんとフローラさんに大きく手を振り、別れを告げる。



「さ、こちらで話を伺いましょう」

「はい。ハルト、ユウマ、お話しできる?」

「だいじょうぶ、です!」

「ゆぅくんも……!」

「アレク、君もです。時間はありますか?」

「はい。問題ありません」


 僕はハルトと手を繋ぎ、ユウマはアレクさんが抱えてくれた。

 トーマスさんとオリビアさんも、皆真剣な表情を浮かべている。






*****


 現在、冒険者ギルドの応接室を借りて緊急会議……、の様な物を開いている。

 このギルドからも、ギルドマスターのイドリスさんにこの話に参加してもらっている。

 いつもの陽気な雰囲気とは異なり、神妙な面持ちだ。


「さて……、どうしたものか……」


 馬車で移動し、始めはバージルさんの別荘に行くという事になったけど、それを僕たちが必死に止めた。

 何故? という疑問も、僕たちの話を訊いて納得してくれた様だ。


 バージルさんとトーマスさんたちは、皆一様に頭を抱えている。


 まず、僕たちがさっき出会った黒い靄を纏った人の事、そしてハルトとユウマが見た別荘の中の黒い人の事。

 そして最後に、今回の事には関係ないかも知れないけど、痣だらけだったレティちゃんの事を話した。



「おい、お前たちは何かおかしな雰囲気は感じたか?」

「いえ、私共は何も……。申し訳ありません……!」


 アーノルドさんが警護の人たちに問いかけると、皆何も感じなかったと悔しそうに肩を落とした。


「いや、それはオレたちも同じだ……。別荘の使用人たちにも靄がかかっている……? どうして誰も見えないんだ……?」

「黒い靄……。何でしょうか……? 私たちには普通に使用人たちの顔も見えていましたが……」


 アーノルドさんとイーサンさんは別荘で仕えてくれている人たちの顔を思い出している様子。

 だけど、ハルトとユウマの様子を見て、嘘ではないと信じてくれている様だ。


「みんな、まっくろでした……!」

「まっくろ、こぁいの……」

「確かに……。あの時、ハルトさんとユウマさんは様子がおかしかったですね……」

「屋敷に入ってからも、ずっと怯えていたな……」

「ハルト、ユウマ。もしかして、最初に出てきた男の人にも、靄がかかっていたか?」


 トーマスさんが不意に質問すると、二人はう~んと考えて思い出した様だ。


「さいしょ……? はい、まっくろで、こわかった、です……」

「まっくろでね、いちばん、ぐるぐるちてたの……」


 二人の怯える様子を思い出していた人たちは、真剣に話を訊いてくれている。


「ふむ……。バージル様、やはり森の魔法陣と関わっていると判断します」

「そうだな……。しかし使用人か……。ハァ……、変に勘繰られない様に気を引き締めないと、不味い事になるやもしれん」

「ライアン様もいらっしゃいますし……。妙な動きは取れませんね……」


 皆の視線は、バージルさんの隣に座るライアンくんに集中する。

 すると、ハルトが突然名案だという風に椅子から立ち上がった。


「らいあんくん……、おうち! くればいいです!」

「おとまり!」

「そうです! おとまり!」


 ユウマも一緒になってはしゃぎだした。

 さっきまでの神妙な雰囲気は、二人によって一変に変わってしまった。

 ライアンくんもお泊りと聞いて、心なしかソワソワしている様にも見える。


「無理に別荘にいるよりも、その方が安全かも知れんな……。トーマス、オリビア、どうだろうか?」

「私たちは何も問題ありません」

「そうか。では、ライアンは暫くの間、ハルトくんとユウマくんと一緒に過ごしてもらおうか?」

「いいのですか!? 嬉しいです!」

「「やったぁ~!!」」


 三人のはしゃぎように、先程までの空気が嘘の様に和やかなものへと変わってしまった。この雰囲気に緊張していたから、正直助かったというのが本音だけど……。


「イドリス、再度冒険者に通達し魔法陣の見張りを強化してほしい。私たちの滞在中に何か仕出かすかもしれんからな」

「畏まりました。引き続き、監視を続ける様伝えます」

「オリビア、ユイトくん、すまないが息子の事をよろしく頼むよ」

「畏まりました」

「はい……」

「ん? ユイトくん、どうしたんだい?」

「あ、いえ、何でも……」


 僕の考えていた事が顔に出ていた様で、バージルさんに気付かれてしまった……。


「気になる事があるなら、言ってしまいなさい?」

「あ、でも……」


 こんな事言ったら、失礼かも……。


「大丈夫。どんな些細な違和感でも、今は伝えてほしいからね」


 そう言って、バージルさんは優しく僕の思っている事を言ってみなさい、と促した。


「はい……。あの、イドリスさんが……」

「オレ!?」

「いつもと違って、僕ビックリしちゃって……」

「「「「「…………」」」」」


 皆、きょとんとした顔で僕を見つめる。

 あ、やっぱり失礼だったよね……! でも、バージルさんが言えって言うから……!


「……あ! すみません……!」

「ふ……! ハハハハハ! イドリス! お前ユイトくんにもそう思われてるのか……!」


 僕が慌てて謝ると、バージルさんは声を上げて笑い出した。

 それに釣られてか、他の人たちも声を上げて笑い出す。


「ユイト~……! オレだって、真面目に仕事する時もあるんだぜ~……?」

「だって……! いつもいっぱい食べる姿しか見てないから……!」

「ハァ~~~………」


 イドリスさんは、僕を見つめながら肩を落として溜息を吐くが、周りはずっと笑っている。

 だけど、イドリスさんが畏まるほどのバージルさんって……。

 そんな事が、ふと頭を過る。

 すると、僕の考えている事が筒抜けかの様に、バージルさんと目が合った。


「ユイトくんたちには黙っていて悪かったが……。そろそろ私たちのちゃんとした肩書を知っていてもらわないといけなくなったなぁ」

「ちゃんとした……?」

「そうなんだ。トーマスの育てる子たちが、どう反応するかと思って隠していたんだが……」


 コホン、と姿勢を正し、バージルさんと隣に座るライアンくんは僕とハルト、ユウマを順番に見渡す。


「改めて自己紹介をしよう。我の名はバージル・ウォード。このフェンネル王国、国王である」

「こく、おう……?」

「私の名はフェンネル王国第三王子、ライアン・ウォードです」

「おう、じ……?」


 一瞬、何を言っているんだろうと周りを見渡すが、誰も笑っていない……。

 むしろ真剣な顔で、僕たちの事を見つめている。


「え……? ほんとう、ですか……?」


 僕の問いかけに、誰もがうんと首を縦に振る。

 後ろに立つアレクさんまでもが、真剣な顔をして僕を見つめている。

 え? それじゃあ僕、陽気なおじさんだと思って話してたのに、今までこの国の王様と話してたって事……?

 僕の背中に、ひやりと汗が伝う感覚がした……。


「……おぃちゃん、おうしゃまなの?」

「……らいあんくん、おうじさま、ですか?」


 ハルトとユウマも、僕の隣できょとんとした顔をしている。


「そうなんだ。黙っていて悪かったね」


 バージルさん……、えぇと、こういう時はなんて言うんだろう?

 国王様? 王様? は、少しだけ苦笑いをして僕たちを見つめている。

 ライアンくん……、王子様も、黙っていた事が気まずいのか、少しだけ俯いていた。



「「……すご~い!!」」



「「「え?」」」


 しかし、僕たちの心配を余所に、ハルトとユウマはライアンくんが王子様だと知って大興奮。

 失礼になるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、ライアンくんはその様子を見てホッとしたのか、肩の力を抜いていた。


「すまないね。面白いと思って、皆には私に付き合ってもらっていたんだよ」

「おもしろい……」


 僕はその事実にヒヤヒヤしてるんだけど……!


「陛下のいつもの気まぐれですよ。そのおかげか、ライアン殿下にもお友達が出来た様で一安心です」

「気まぐれ……」


 イーサンさんはやれやれと言った表情で肩を竦める。

 ハルトとユウマの様子を見ると、事実を知っても、そんな事お構いなしに遊びそうだなぁ……。


「それにだな、この村に来るときは仕事は休みだ! 王族の扱いは禁止だと伝えてある! だから今まで通り、ライアンと仲良くしてやってくれるかい?」


 バージルさんはライアンくんの事を思ってか、少し頼りなさげに眉を下げた。

 イーサンさんは休暇ではありませんよ、と諫めているけど……。


「ぼく、らいあんくん、おともだちです!」

「ゆぅくんも! おともらち! うれちぃねぇ」


 二人の言葉にライアンくんも嬉しそうに笑みを溢し、それを見つめるバージルさんの目は、とても穏やかなものだった。






*****


「では、オリビア、ユイトくん。ライアンの事をよろしく頼むよ」

「「はい!」」

「ライアン、心配しなくてもいいからな? だが決して一人にはなるな、いいね?」

「はい! 父上も、どうかお気を付けて……」

「あぁ、ありがとう」


 そう言ってバージルさんとトーマスさんたちは、僕たちとはまた別の馬車に乗って何処かへ向かって走り去っていく。


 ライアンくんはその馬車が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。


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