第129話 お目当ての商人さん


「おじぃちゃ~ん!」

「じぃじ~!」

「おぉ! ハルト、ユウマ! 会いたかったよ!」


 二人は、膝をついて両手を広げるトーマスさんの胸に飛び込むと、ぎゅうっと力いっぱい抱き着いている。


「おじぃちゃん、さみしかったです!」

「ゆぅくんも! きょうは? かぇってくりゅ?」


 ハルトとユウマの寂しかったという言葉を聞き、トーマスさんはデレデレと破顔した。


「今日は遅くなるが、帰れるよ。先に寝てていいからな?」

「ん~ん! ぼく、まってます!」

「ゆぅくんもねぇ、まってゆ!」

「嬉しいが……、眠いのを我慢するんじゃないぞ?」

「「はぁ~い!」」


 ハルトはトーマスさんに抱き着き満足したのか、隣にいるライアンくんと手を繋ぎ、嬉しそうにお喋りをしている。

 ユウマはトーマスさんにしがみ付いたまま、これで移動する気満々だ。


「今回は無理を言って申し訳ありません。邪魔にならない様に注意しますので……」


 その後ろでは、イーサンさんがソフィアさんとフローラさんにお礼を伝えていた。


「いえいえ! こちらこそ、こんな機会があるなんて夢にも思いませんでした……!」

「長生きはしてみるものですねぇ……」

「そんなそんな! お二人とも若々しく、お綺麗ですよ?」

「「まぁ~! お上手ねぇ~」」


 三人はほのぼのと会話し、買い物をしたら荷物はこちらで運びます、とアーロさんたちを紹介している。


「ユイト、おはよう」

「あ……。おはよう、ございます……」


 アレクさんは僕の前に立つと、髪を優しく梳いてくれる。

 オリビアさんは遠巻きに僕たちの事をチラチラと見ているけど、構う余裕なんて僕には残されていなかった。


「昨日はありがとう。ちゃんと眠れたか?」

「はい……。あの……、アレクさんも、帰りは大丈夫でしたか……?」


 確か、僕たちが乗ってきたのが最終の乗合馬車だったはずだ。

 アレクさんが泊まっているこの街までの馬車も、馬車乗り場に着く頃には終わっていたと思う。


「あぁ。オレは歩いて帰ってきたから」

「歩いて……? あ、ごめんなさい……。僕が遅くまで付き合わせたから……」


 もしかしたら馬車の時間に間に合わなくて……?

 そんな事が頭の中を過る。


「いや? オレが一緒にいたくて遅くまで付き合わせたからな。それに夜道も気持ちよかったぞ?」

「ホントですか……?」

「あぁ、ユイトが気にするような事はないから。大丈夫だ」


 さっきからアレクさんの顔を見ると、帰り際の出来事を思い出してあまり直視できない。

 だけど、当のアレクさんはそんな事何も無かったかの様にいつも通り。

 僕ばっかり意識している気がして、何だか恥ずかしい。

 決めた! 今日はアレクさんにいっぱい荷物持ってもらうんだから……!




「……なぁ、オリビア……? ユイトとアレクの雰囲気が、おかしくないか……?」

「あら? トーマスの気のせいじゃない? いつもあんな感じよ?」

「……そうか……? 近くないか……?」

「やぁねぇ! それもいつも通りよ~!」

「本当か……?」

「うん! いちゅも……、ろぉり? よ!」

「ねぇ~! ユウマちゃん!」

「ねぇ~!」

「ユウマがそう言うなら……、そうなのか……?」




「トーマスおじさま、大丈夫でしょうか……?」

「おじぃちゃん、しんぱいです……」



 そんな会話が周りでされているとも知らず、その時の僕の頭の中は、目の前にいるアレクさんの事でいっぱいだった。






*****


「わぁ! すごい活気ですね! お店がいっぱい並んでます……!」


 門を入ると、道の両脇いっぱいにお店がズラリと並んでいる。

 これならどこかに掘り出し物が見つかるかも!

 知らず知らずのうちに、僕のテンションはすっかり上がっていた。


「ユイトくん、じゃあ早速探しに行きましょうか」

「はい! ソフィアさん、よろしくお願いします!」


 ソーヤソースを売ってる商人さんの顔を知っているのは、ここではソフィアさんだけ。

 よく見かける人だと言っていたけど、今回も出店しているとは限らない。

 どうか、今日も出店しています様に!!



「わぁ~! らいあんくん! あれ、すごいです!」

「あっ! いろんな形のランプですね! キラキラして美しいです!」


 ハルトの指差す方には、ひし形や三角といった様々な形や色のランプのお店が。

 光にキラキラ反射していて、遠くから見てもキレイなのが分かる。


「じぃじ~! あれみてぇ~!」

「おっ! 絨毯だな。綺麗な刺繡だ」


 ユウマが指差す方には、屋台一面にキレイに掛けられた何十枚もの絨毯が。

 綺麗な模様の刺繍が入っていて、何だかどれも高級そう……!


「イーサン! あれは何だ?」

「あれは……、何でしょう? ユイトさん、ちょっと見てきてもいいでしょうか?」

「あ、はい! どうぞ! なら、待ち合わせ場所を決めて自由行動にしますか?」

「そうだなぁ……。ならこちらからは二人、荷物持ちに使ってくれ」

「え、いいんですか?」

「あぁ、アーロ! ディーン! 頼めるか?」

「「はっ!」」


バージルさんが警護の人たちに声を掛けると、アーロさんと、お店に食べに来た時もいた人の良さそうなお兄さんが荷物持ちとして僕たちの方に付いてくれる事になった。


「まぁ、こんな事までして頂いて……」

「こんなおばあちゃんに付いて回っても……」


 ソフィアさんとフローラさんは恐縮してしまっている様子。

 だけどバージルさんはそんな事を気にもせず、大きな声で笑っていた。


「いや、なかなか優秀な奴らだからな。存分にこき使ってやってくれ!」

「「お役に立てるよう尽力致します」」

「まぁ! フローラさん、ソフィアさん、甘えちゃいましょ!」

「そ、そうかしら……?」

「助かるけれど……」

「遠慮しちゃ勿体ないわ! それにほら……、ね?」


 オリビアさんは二人にコソコソと何かを耳打ちすると、二人ともそうね、と言ってアーロさんとディーンさんの荷物持ちを了承した。


「アレクさん、荷物持ちのお仕事、無くなっちゃいましたね?」

「ん? あぁ、そうだな。じゃあ、オレはユイトが買ったの持つからユイトの専属な!」

「え? ホントに?」

「あぁ! 疲れたら抱えてやるよ!」

「え!? ……それは遠慮しときます……!」


 僕を揶揄っているのか、アレクさんはとても楽しそうだ。




「じぃじ、いっちゃうの……?」

「さみしいです……」


 僕たちは別行動となるが、トーマスさんは護衛依頼の真っ最中の為、当然こちらには付いてこれない。

 ライアンくんもバージルさんたちと一緒に行動するので、ここで一旦お別れだ。


「あぁ、ごめんよ? またお昼に一緒にご飯を食べよう」

「ほんちょ……?」

「らいあんくんも、いっしょですか……?」

「はい! 私もお昼はご一緒します! 美味しいものを食べましょう! 約束です!」

「ぼくも、やくそく、します……」

「やくちょく……。ゆぅくんも……」


 二人とも今にも泣きだしそうだったが、ライアンくんとの約束のおかげで少しは紛れたみたい。


「ハルト、ユウマ。トーマスさんにお仕事頑張ってって」

「「うん……」」

「おじぃちゃん、おしごと、がんばってください!」

「じぃじ、おちごとがんばってぇ!」

「ハハ! あぁ、頑張ってくるよ! ハルトとユウマも、オリビアとユイトの事を頼んだぞ?」

「「はぁ~い!」」


 トーマスさんに頼まれたのが嬉しかったのか、二人は張り切っている。

 そしてバージルさんとライアンくんたちと一旦別れ、僕たちは目当てのソーヤソースを探しに。


「ソフィアさん、その商人さんってどんな風貌ですか?」

「そうねぇ、いつも変わった服を着ててねぇ……。顔立ちもこの国の人じゃないのかしら? 年は私と同じくらいなんだけど……」

「変わった服……? どんなのだろう……? 見たらすぐに分かります?」

「えぇ、たぶんこの辺りではあの人しか着ていないわねぇ」


 ソフィアさんはその服の名前は分からないみたいだけど、この辺りでその人だけしか着ていない服だったら、すぐに見つかるかも。

 僕はキョロキョロとそのお店を探す。



「ゆぅくんねぇ、まぃしゅしゅきなの」

「そうなのか? じゃあ丸々一本焼いたとうもろこしマイスは食った事ある?」

「やいちゃの? ん~ん、なぃ……」

「焼いたのは甘くて美味いぞ~! 屋台出てねぇかな?」

「まぃしゅ、たべちゃぃねぇ」

「ハハ! そうだなぁ、食べたいなぁ」


 ユウマはアレクさんに抱えられて、とても楽しそう。

 ちょっと羨ましいな……、とかは思っていない。ほんとに。


「おにぃちゃん、あれは?」

「あれ?」


 ハルトが指差した方を見ると、そこには明らかにこの辺りの人ではない、確実に別の国の人という人物が売り場に立っていた……。


 しかもあれ……! あの服……!


「あ、私が言ってたのはあの商人さんよ~! 変わったお洋服でしょう?」


 ソフィアさんが、見つかってよかったよかった、と胸を撫で下ろしている。


 だけど、僕はその人の服を知っている……。

 夏祭りでよく見かけた事があるし、近所のおじさんがいつもあれで将棋を指していた。


 あれって、甚平……、だよね……?


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