第121話 ユイト念願の……?


「このスパイスを……、ご存じなんですか……?」


 カビーアさんは驚いたという表情を浮かべ、僕とオリビアさんを見た。


「あ……、はい……! 少量ですが、この店にもありました……!」

「まさか知っている方がいるなんて……! 感激です! どこで手に入れたのですか……?」

「あ……、その~……。……王都で売れないからと、商人から安く購入したんです……」

「王都で……? そうですか……」


 カビーアさんは悲しそうに笑い、オリビアさんは気まずそうに俯くが、もしかして……。


「もしかしたら、カビーアさんが騙されたっていうところから、購入したのかも……」


 そう言うと、オリビアさんは再び気まずそうに俯いた。

 う……。それは僕も、さすがに気まずいです……。


「いえいえ! お気になさらず! 無知だった私も悪いのですよ。夢ばかりで現実が見えていなかっただけの事。ところで調理方法は分かりましたか?」

「えぇ! ユイトくんが使い方を知っていたので……! 私だけだったら、ずっと埃を被ったままだったわ!」

「彼が……? 素晴らしい! お若いのにどこで知識を……?」

「あ、僕の故郷では日常的に使用されていたので……。カビーアさん、そのぉ……。もしかして、“カレー”って、作れたり……、します……?」


 僕はどうしても確認しておきたかった事を、思い切って訊ねてみた。

 もし知らなくても、必要なスパイスが揃っていれば作れるかもしれないし……!

 オリビアさんも他のお客様たちも知らない様で、何だろうと首を傾げている。


「おぉ……! まさか“カリー”の事でしょうか? 私の知っているものと同じであれば容易い事ですよ!」

「ほ、ホントですかっ!? やったぁーっ!!」

「かれー、たべたいです!」


 僕はカビーアさんのその言葉に、思わず前のめりで大声を上げてしまった。

 カビーアさんもオリビアさんたちも目が点だ。

 だけどハルトもカレーを知っているので、僕と一緒に喜んでいる。

 ユウマはまだ食べた事なかったかな? それか、覚えてないだけかも。


「ユイトくん、そのカレー? カリー? っていうのは……?」

「あ、子供にも大人にもすっごく人気の定番料理です! もうずっと食べたくて! でもスパイスもないし、配合の仕方も色々ありそうだから、いつか探したいなと思ってて!」

「そんなに好きなのですか? 何だか嬉しいですね」


 カビーアさんは喜ぶハルトを目を細めながら見つめ、優しい表情を浮かべている。

 だけどあんなに美味しいのに、どうして人気が出なかったんだろう?


「カビーアさん、スパイスはどうやって販売されてたんですか? 作り方とか教えたりは?」

「はい……。口頭で説明はするんですが、種類が多くてややこしいし、香辛料の匂いがキツいと言われ、あまり評判は……」

「えぇ~!? もったいない……! そうだ! それなら匂いを逆手にとって、実演販売しちゃえばいいんですよ!」

「実演?」


 スーパーでも試食の実演販売とかあるし、ダニエルくんが屋台もあるって言ってたから、我ながらなかなかいいアイデアなのでは……?

 いや、決して、僕がカレーを食べたいからとかではないんだけど!


「カレーならその匂いでお客さんが足を止めると思うんです! そこで味見をしてもらって、このスパイスで作れますよ~! ……みたいな!」

「ユイトくんとハルトちゃんがそんなに言うなら、私も食べてみたいわねぇ……」


 そんなオリビアさんに同意する様に、私も、おれも、とお客様の声が上がる。


「にぃに~、かれぇっておぃちぃの?」


 そんな中、ユウマはカレーが気になるのか、僕の手を引いて訊ねてくる。


「ユウマはまだ小っちゃいから、甘口だったら食べれると思うんだけどなぁ~……。カビーアさん、甘口って作れたりしますか?」


 念願のカレーも、ユウマが食べれないんじゃ僕も手放しで喜べないんだよなぁ……。

 弟を差し置いて自分だけ食べれないよ。


「甘口……。そうですね、辛みを抑えればお子様でも食べれると思いますよ? ヨーグルトや牛乳を混ぜたりしてね」

「なるほど……」

「ん~、ゆぅくんもたべちゃぃなぁ~」

「坊やも興味を持ってくれたのかい? 嬉しいなぁ……。まさかこんな日が来るなんて……」


 カビーアさんは感慨深そうに、テーブルに並べたスパイスを触っている。

 さっきまでは諦めた様子だったのに、今は少し違うみたい。


「オリビアさん、カビーアさんのカレー……、じゃなくて、カリーを販売するには何か許可とか取らないといけないんですか?」

「元々行商市に出店するなら、許可証はあるって事でしょう?」

「はい。この国に来た時に商業ギルドに入って、年会費や税金も納めています。ですが、私はあくまでも調味料の販売ですので、屋台調理に必要なものは何一つ……」

「そうねぇ……。私も屋台を出店した事はないから、何をどうすればいいか……」


 ここにきて、どうすればいいか分からないなんて……。

 期待させてしまった分、申し訳ないな……。


「あぁ、それならちゃんと、屋台に必要な設備と、その出店する街や村の許可があれば大丈夫だぜ? オレも昔やってた事があるからな」


 僕たちがどうしようかと沈んでいると、お客様の中に屋台経験者が……!

 しかも、メイソンさんの所のお弟子さん!

 本当に皆さん、日替わりで来るんですね……!


「設備ですか? 衛生面でとか?」

「そうだな。まずは食品を入れる保管庫と水だな。この暑さだと食品は腐っちまう可能性もある。そこで、冷蔵か冷凍出来る保管庫。あとは調理器具と手を洗う水。これは必須条件だ」

「保管庫……。それに水も、いまの私には難しいですね…。金銭的にも借りる余裕もありませんし……」

「それなら……。このお店の使ってないお鍋とかお玉ならあげるわよ?」

「オレの昔の調理器具も残ってるから、貸してやろうか?」

「私も家に要らない机ならあるけど」

「わたしも処分に困ってるお皿がたくさんあるわ……。それでいいならあげちゃうけど……」


 すると、次々に家にあるものを貸してくれる流れに……。


「皆さん……、こんな見ず知らずの人間にそこまで……」

「あらぁ、だって美味しいもの興味あるじゃない? それに面白そうだし! ねぇ?」

「他の国なんて行った事ねぇからな。その根性は見上げたもんだぜ!」


 その言葉に、カビーアさんはとうとう泣き出してしまった。

 この国に来て、きっと色んな事があったんだろうなぁ……。

 そう考えると、僕たち兄弟は本当に恵まれているんだなと、つくづく思う。


「カビーアさん、感動するのはまだ早いわよ?」


 オリビアさんの言葉にカビーアさんは顔を上げる。

 僕とお客様たちもオリビアさんに視線を向けた。


「まず、その恰好を何とかしなくちゃ……!」

「あ……、そうですね……! 私の今のこの姿では、とても食事をお出しする事は出来ないな……」


 そう、カビーアさんの格好は、お世辞にも清潔とは言えないボロボロの薄汚れたローブに、もじゃもじゃの髭、髪の毛もボサボサで……。


「ユイトくん、ちょっとお店任せていいかしら?」

「え? はい、大丈夫です!」

「カビーアさん、うちの井戸で体拭いて、髭も剃っちゃいましょう! 服も夫の着てないのがあるからあげるわ!」

「……! そこまでして頂く訳には……!」

「もう~! 仕方ないじゃない! 頑張ってほしいと思っちゃったんだもの~! あ、でもトーマスのいない時に、男性を家にあげるのはまずいわね……? バレたらきっと拗ねちゃうわ……!」


 ほんとにこの人は……。

 オリビアさんだって人の事言えないじゃないか……。

 僕がお人好しだったら、オリビアさんは一体何になるんだ?


「オリビアさん、僕が代わりに案内しますよ」

「あら、お願いしてもいいかしら? じゃあ服は先に用意しておくわね! 少し待っててちょうだい!」


 そう言うと、オリビアさんはすぐに寝室の方へ向かってしまった。

 残された僕も、カビーアさんも、お客様も、皆ポカンとして、少ししてから皆で笑ってしまう。


「おじさん、かれー、つくってくれるんですか?」

「ゆぅくんもたべちゃぃなぁ~」

「ハハ、坊やたちにも食べれる様に、甘いカリーをご馳走したいですね」

「ほんとう? うれしいです!」

「ゆぅくんたのちみ!」


 ハルトとユウマもカリーを食べれると知り、嬉しそうにはしゃいでいる。

 僕もいつか、お母さんのカレーを再現出来たらいいんだけどなぁ……。

 あのカレールーはどうやって作ってるんだろう? 美味しいよねぇ……。

 あ、そうだ。


「カビーアさんの国では、カリーは何と一緒に食べてましたか?」


 これは肝心な事を忘れるところだった……。


「カリーは、チャパティという……、小麦粉を使った生地を焼いたものが多いですね。あとはナン、そしてライスです」

「ライス!? カビーアさんの国はライスがあるんですか!?」


 久々のお米の情報に興奮してしまう! だってお米だよ? 

 炊き立てのお米で握ったおにぎりが恋しい……!


「えぇ、少し細長くて、炊き上がりがパラっとしているのが特徴ですね。そう言えばしばらく口にしていませんねぇ……。懐かしいです……」


 カビーアさんはどこか遠い目をして、自分の故郷を思い出している様だ。

 僕の思ってる日本のお米と少し違うみたいだなぁ……。

 でもお米がある事は分かった! 一歩前進かな!






*****


「……こんなに変わるとは、驚きだわ……」

「いやぁ、お恥ずかしい……」


 井戸の水で体の汚れを拭き、髭も剃って、髪をキレイに整えたカビーアさんは、お店に来た時とは全く違う印象を受ける。

 服を着替えたカビーアさんはとても若々しく、仕事の出来る人って感じがする。

 年齢を訊いたら50歳だって……。トーマスさんとオリビアさんより年下だった……。

 疲れていたせいもあるんだろうけど、身だしなみって大事だと思ったね……。


「お礼に、皆さんにカリーを召し上がって頂ければと思うのですが……」


 カビーアさんは決意した様な強い目で、オリビアさんに交渉している。

 お金も払うから、材料も少し使わせてほしいと。


「あら、それは嬉しいけど……。スパイスの在庫は大丈夫なの? 売り物でしょう?」

「この荷物以外にも、実は預けてあるんです。言ったでしょう? 処分しようと思ってるって。せめてものお礼に、私に作らせてもらえないでしょうか……?」


 もう一度頭を下げる彼に、オリビアさんは困惑気味。

 だけど、これはもう一押しすれば快諾しそうな雰囲気だ……!


「オリビアさん……! 僕、食べたいです……!」

「オレもせっかくだし、食ってみてぇな……」

「私も……! 興味あるわ……!」


 僕が援護射撃とばかりにお願いしたら、他のお客様たちも思う事は同じだった様で……。


「もう~! 仕方ないわねぇ……。とか言って、私も食べてみたかったんだけど! じゃあ、このキッチン使ってくれて構わないわ。一応営業中だし、私とユイトくんは調理もするけど……。今日はそんなに忙しくないし。きっと平気でしょ!」

「ありがとうございます……! 腕によりをかけて作らせて頂きますので!」

「やったぁ~! 楽しみにしてます!」

「ふふ、ユイトくんが一番嬉しそうねぇ~?」

「えへへ! だって念願のカレー、いや、カリーなんですよ? カビーアさんの国のカリーはどんな味なのか楽しみです!」

「ご期待に添える様、尽力させて頂きます!」

「楽しみにしてます!」



 そして早速、僕の念願のカビーアさんのカリー作りが始まったのだった。

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