第111話 サンフラワーと、突然の再会


「わぁ~! しゅごぃねぇ~!」

「らいあんくん、おはな、きれいです!」


 オレが護衛に参加するこの一行は、現在、ユンカース領にある王国所有の保養地に向かって移動中だ。

 保養地に向かう道沿いには、向日葵サンフラワーが咲き誇り、馬車の窓から覗くその景色にハルトとユウマも夢中になっている。


「別荘の庭にも、サンフラワーが咲いています! 今日はそこでおやつを食べましょう!」

「「やったぁ~!!」」


 ライアン殿下のたっての願いで、ハルトとユウマも殿下達の滞在する別荘に招待された。

 残念ながら、オリビアは二日酔い、ユイトは家に残るらしく、陛下も殿下も残念がっていた。

 まぁ、また日を改めて呼ぼうと諦めてはいない様だったが……。

 ユイトたちは一晩で、随分とこの親子に気に入られてしまった様だ。


「にぃにのおやちゅ、はやくたべたぃねぇ!」

「そうですね! ユイトさんのクッキー、楽しみです!」


 ハルトとユウマが別荘にお邪魔すると聞き、ユイトはオレに三人のおやつだと言ってクッキーを渡してきた。

 昨日焼いたから、焼き立てとはまた違ってしっとりして旨いらしい……。

 オリビアのとはまた違う様で、オレも少し興味がある。

 ハルトとユウマに一枚、強請ってみるかな……?


「らいあんくん、おかし、すきですか?」

「はい! いつも料理長がくれ……、あ!」

「ライアン様……? 料理長が、何ですか……?」

「いえ! なんでもありません!!」


 殿下は口を慌てて押さえたが、厳しいフレッドに内緒で、料理長に甘いものを貰っているのがバレてしまった。

 これは城に帰ったら、料理長もこってり絞られることだろう。

 顔も知らぬその人物に、オレは心からエールを贈った。



 しばらく揺られていると、馬車が静かに停車した。

 コンコン、と扉を叩く音がし、オレが開けると扉の先にはアーロが立っている。


「皆様、お疲れ様でした。バージル様は先に邸宅に戻られましたので、皆様もどうぞお入りください」


 オレが先に降り、ハルトとユウマ、サイラスにフレッド、そして最後にライアン殿下が降りてくる。

 別荘の玄関先にはこの屋敷の使用人たちがズラリと並び、ライアン殿下を出迎えている。

 その光景に、ハルトとユウマも口を開けて驚いている様だ。


「ライアンで……コホン。ライアン様、お帰りなさいませ。昨夜は楽しめましたか?」


 この屋敷の使用人を任されているジョセフがにこやかに近付き、ライアン殿下に笑顔を向ける。


「はい! とても楽しかったです! 次は、ジョセフたちとも一緒に行きたいです!」

「ありがとうございます……! そのお言葉だけでこのジョセフ、恐悦至極でございます……!」


 感極まった様に涙を拭くこの男に、ジョセフはいつも大袈裟です! と殿下は笑みを浮かべている。

 傍から見れば心温まる光景なのかもしれないが……。


「トーマス様、バージル様たちも中で寛がれている様です。どうぞ、中へ」

「あぁ、ありがとう」


 ……しかし、オレはどうもこの男が苦手なんだ……。

 いつからかは分からない。

 だが、どうも違和感が拭えないのだ。


「ハルトくん、ユウマくん、行きましょう!」

「はい……」

「ん……、じぃじ、おててちゅなぃで……」

「ん? どうした?」


 ハルトとユウマもあんなに楽しみにしていたのに、急に畏まった様に体を縮こまらせている。

 ユウマに至っては、オレの足にしがみ付いて離れない。

 その二人の変わり様に、ライアン殿下たちも困惑気味だ。


「あぁ、もしかしたら、こんな立派な屋敷に驚いたのかもしれない。それで緊張しているのかもしれないな」


 オレがわざとそう笑いながら言うと、殿下もフレッドたちも安堵の息を吐いた。


「ハルトくん、私と一緒に行きましょう!」


 ライアン殿下はハルトに向かって手を差し出し、手を繋いでくれる様だ。


「うん……。て、はなしちゃやです……」

「はい! 大丈夫です! 父上の所に行きましょう! その後はお庭です! あ、鳥もたくさん飛んでくるんですよ?」

「とりさん? みたいです……」

「はい! その後は一緒におやつです!」

「ライアン様、その前に昼食ですよ?」

「あ、そうです! その後に、ユイトさんのおやつです! 楽しみですね!」

「うん……!」


 どうやら殿下のおかげで、ハルトは少し笑顔が戻った様だ。

 オレの腕の中で小さくなるユウマは、まだ時間が掛かりそうだが……。

 どうしたものか……。






「おや? トーマス、ユウマくんはどうしたんだ?」


 煌びやかなソファーでどっしりと寛ぐバージル陛下は、未だに酒が抜けきらないのか顔がまだ赤みを帯びている。


「いや、きっと豪華な屋敷に委縮してしまったんだろう。そのうち元気になると思うんだが……」

「そうか……」


 陛下の傍らに立つアーノルドとイーサンも心配そうだ。

 すると、陛下がオレの腕の中で小さくなるユウマに話しかける。


「ユウマくん、おじさんの所においで。面白いものを見せてあげよう」

「ん……、おもちろぃ?」

「あぁ、気に入ってもらえると嬉しんだがな。ほら、こっちにおいで」

「ん……」


 バージル陛下が腕を伸ばすと、ユウマも周囲をチラリと確認し、陛下の腕に大人しく抱き寄せられた。

 ユウマを抱えたままソファーに座り、陛下はライアン殿下とハルトも近くに呼び寄せる。


「父上、あれを見せてくださるのですか?」

「あぁ、ライアンも好きだろう? ハルトくんとユウマくんも、気に入ってもらえるといいんだが……」


 そう言うと、ユウマを膝に抱えたまま自分の掌を合わせ、その中で何かを捏ねているような仕草を見せる。

 しばらくすると、指の隙間から光が徐々に漏れ出した。

 それにはハルトとユウマも、先程の怯えなど忘れているかの様に興味津々だ。


「おぃちゃん、おててひかってゆ!」

「すごいです……!」

「ほら、よ~く見ておくんだぞ?」


 そう言ってゆっくりと手を開いていくと……、


「わぁ~……! きれい……!」

「しゅごぃねぇ……!」


 陛下の掌からは、光を纏った蝶が次々と飛び立ち、ひらりひらりと宙を舞っている。

 ハルトやユウマの近くまで、さながらダンスを舞う様に。

 はしゃぐ子供たちの頭には蝶がゆらゆらと留まり、まるで髪飾りの様で可愛らしい。

 久方振りに見たが、やはり美しいものだな……。


「私も、早く父上のように魔法を操りたいです……!」

「まほう?」


 静かに興奮するライアン殿下の言葉に、ハルトは首を傾げた。


「はい! この蝶も魔力を練り上げて、本物のように動くのです……! だけど、私はまだまだで……」


 そう言って、ライアン殿下も同じ様に掌を合わせるが、光の粒子がさらさらと零れ落ちて消えてしまう。

 殿下はまだ若い。魔法を修得するのも、もう少し先になるだろう。

 早いうちに魔法を修得した兄たちを見て、焦っているのだろうが……。


 しょんぼりと肩を落とすライアン殿下だったが、ハルトとユウマにはそうは見えなかったらしい。


「らいあんくん! まほう、つかってます!!」

「おててひかってゆ! しゅごぉーぃ!!」

「え、スゴイ……、ですか?」

「「うん!!」」


 嘘のない二人の言葉に、殿下も照れながら嬉しそうにはにかんだ。

 どうやら少し自信が持てたようだ。

 先程から啜り泣く声が聞こえるが、きっと幻聴だろう。

 ユウマはおぃちゃん、だぃじょぶ? と陛下を心配しているが、まだ酔いから抜けていないだけだ。

 しかし、二人の怯えが無くなって安堵した。

 陛下に感謝しなければな。




「ハルトくん、ユウマくん! 庭に行きましょう! サンフラワーもたくさん咲いてます!」


 最後の蝶が消え、子供たちはすっかりいつもの元気を取り戻していた。


「うん! みたいです!」

「ゆぅくんも! ん~……、おぃちゃんもいっちょ、いこ?」

「え? 私もかい?」

「ん!」


 ユウマはバージル陛下の抱っこが気に入ったらしく、一緒に行こうと誘っている。

 少し嫉妬を覚えるが、ユウマが楽しそうだから辛抱だ……。


「せっかくのお誘いだからな、私も行こうかな」

「うん!」


 陛下はオレの顔を見てにやりと笑い、そのままユウマを抱えてスタスタと庭へと歩いていく。

 くそ……、面白がっているな……。



「ユウマくん! 早く~!」

「ゆぅくん! おはなのとんねる、すごいです!」


 庭に出ると、ライアン殿下とハルトのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 その声に遊びたくなったのだろう、ユウマは陛下にはやくいこうと急かしている。

 それにはオレもアーノルドたちも苦笑いだ。


 しかし庭の一角に咲く、このサンフラワーの見事なこと……。

 太陽に向かって伸びていくサンフラワーは、大人の背丈よりも高い。

 子供たちの居場所が分かりづらいのが難点ではあるが、その分子供たちも秘密の遊び場のようで楽しそうだ。


「おぉ~! これは素晴らしいな! お前たちもこちらに来て座ってみろ!」


 バージル陛下に呼ばれ、オレとアーノルド、イーサンは、ユウマを抱えた陛下の傍で地面に膝をつける。

 ふと上を向くと、そこにはサンフラワーのトンネルと、青空が広がっていた。


「これはこれは……! まさかこの庭に、こんな素晴らしい眺めがあるとは思いませんでしたね……!」

「子供目線だとこれは楽しいだろうな!」

「おぃちゃん、ゆぅくんもあっちいきたぃの~! いこ!」

「え~? おじさんはもう、フラフラなんだが……」

「ん~……、だめぇ……?」

「いやいや、あっちだな? よし、行こう!」

「おぃちゃん、たのちぃねぇ!」

「ハハハ! そうだなぁ! 楽しいなぁ!」


 笑いながらユウマを抱えてサンフラワーの隙間を搔い潜る陛下に、オレは頭が上がらない……。

 唯々、申し訳ないのと感謝の気持ちとで、先程の嫉妬はどこかへ吹き飛んでしまった。

 ユイトたちには面白がって伝えていないが、この方は国王なんだぞ?

 ……これでもな。



 少し進むと、サイラスとフレッドの頭が見えてきた。

 足元にはライアン殿下とハルトが座っている。

 先に進んだバージル陛下とユウマも一緒の様だ。


「トーマス! ユイトくんのクッキーを出してくれ!」

「え?」

「バージル様、まだ昼食が済んでいませんが……」

「なんだ、フレッド。少しくらい、いいじゃないか! こんな所で食べるおやつはさぞかし、美味しいだろうなぁ~?」


 この言葉に、子供たちはハッとした表情を浮かべ、一斉にフレッドの方を向く。

 バージル陛下はしたり顔だ。


「フレッド! 私も食べたいです……!」

「ふれっどさん、ぼくも……」

「ゆぅくんもたべちゃぃ……」


 どうやら子供たちのお願いが効いている様だ。


「むう~! 今回だけですよ!?」

「「「やったぁ~!」」」


 フレッドも折れた様で、オレにクッキーを出してください! と迫ってくる。

 まぁ、オレはいいんだが……。

 この子は大丈夫なのだろうかと、フレッドの事が時折心配になってくるな。


 オレがユイトから預かったおやつの袋を取り出すと、子供たちはキラキラとした目で見つめてくる。

 まぁ、オレもどんなクッキーか興味はあるしな……。

 オレが陛下に袋を渡し、皆で中身を覗くと、


「うわぁ~! 可愛いです……!」

「これは器用な……」


 ユイトの作ったクッキーは、様々な動物の形をして見た目も可愛らしい。

 顔も果実を埋め込んでいる様で、なかなかに旨そうだ。

 これは普段、手の込んだ料理を食べている陛下たちも感心していた。


「くっきー、くまさんです! あ! あどるふもいる!」

「あぁ~! ほんちょ! あどりゅふ~!」

「こっちはさんぷそんです!」

「しゅご~ぃ……!」


 ハルトとユウマの指差す方を見ると、そこにはキースの従魔であるアドルフと、ハワードの牧場にいるサンプソンを形どったクッキーが……。

 ……ん? よく見ると、“森の案内人”もあるな……。

 これにはオレも驚いた。

 料理でこんな事も出来るんだな……。

 うちの子たちは贔屓目抜きに天才……、もしくは天使なのかもしれないと、最近本気で思っている。


「さ、食べる前には手を拭きましょうね」


 そう言って子供たちの手に袋から取り出した水をかけ、ハンカチを渡すフレッド。


「ふれっどさん、ありがとう、ございます!」

「ありぁと!」

「コホン……。いいえ、これは私にとっては当たり前の事ですので、お気になさらず」


 顔が満更でもなさそうなので、きっと嬉しいのだろうな。


「よし! では頂こう!」

「「「いただきま~す!!!」」」


 子供たちが思い思いに、気に入った形のクッキーを手に取り、一通り眺めたあとに嬉しそうにパクリと頬張る。


「「「おいしぃ~!!!」」」


 何とも美味しそうに食べるな……。

 子供たちの笑顔を眺めていると、こちらまでつられて笑顔になってしまう。


「じぃじもたべよ!」


 そう言って、ユウマがオレにアドルフの形をしたクッキーを笑顔で差し出した。

 この可愛らしい笑顔を永久保存できる物はないだろうか、と一瞬考えるが、やはり宮廷画家の様な者を雇うしかないか……。

 真剣に悩んでいると、ユウマがクッキーを持ったまま首を傾げている。


「じぃじ、いらにゃぃの?」

「いや、食べたいなぁ。分けてくれるのかい? ありがとう」

「うん! みんなでたべよ!」


 ユウマの言葉に、アーノルドやサイラスたちも座ってクッキーをつまんでいる。

 こんなサンフラワーに囲まれた場所で、王族がおやつを食べているなど、王都の人間は誰も思わないだろうな、と少し笑えてしまった。




 皆で和やかな時間を過ごしていると、遠くの方から何かが凄い速さで飛んでくるのを感じた。

 子供たち以外は気付いている様で、ピンと空気が張り詰める。


 クソ……! こんな視界の悪い場所ではこのサンフラワーを切り裂いていくしかないな……。

 この子たちが悲しむが、仕方ない……。


 そう考えていると、何やら見た事のあるものが……。


 ……オイオイ、嘘だろう? なぜこんな所に……!


 アーノルドとサイラスは剣を抜き、気配のする方へと注視している。

 そしてそれがオレたちの下へ近づいた瞬間、斬り掛かろうと構えた。



「オイオイ、待て! 剣を向けるな!」



 オレの焦った様子に皆驚くが、オレが一番驚いているよ……。

 この後の展開を想像し、頭が痛くなってくる……。



「わぁ! おっきい、とりさんです!」

「かっこいぃねぇ~!」

「すごい……! こんなに綺麗な梟、初めて見ました……!」


 子供たちは突然現れた梟に大興奮だ。

 そしてその後、もっと叫ぶ事になる。



「「あっ!! のぁちゃん!!」」



 梟の背中からひょっこりと姿を現したのは、オレたちが隠そうとしていた妖精、ノアだった……。

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