第86話 晴れて
「マイヤー、今日はありがとう。また今度礼をさせてくれ」
「いえいえ! ボクたちも楽しかったですから! ユイトくんは楽しめたかい?」
「はい! とっても楽しかったです! 皆さんにもありがとうと伝えてください!」
「そうか、よかった! じゃあボクはこれで! ユイトくん、また遊びにおいで!」
朝に乗せてもらった場所を過ぎ、家の近くまで来ると、マイヤーさんにお礼を言って帰路に着く。
荷馬車に揺られている間、マイヤーさんは一言も話さなかったけど、顔を見たら少し鼻が赤かった気がした。
「おかえりなさい! あらぁ~! ハルトちゃんもユウマちゃんもぐっすりねぇ~」
家に入るとオリビアさんがいつもの優しい笑顔で迎えてくれ、トーマスさんと僕に抱っこされて眠る二人を見て目尻を下げた。
「ただいま、オリビア。変わった事はなかったか?」
「えぇ、大丈夫よ。心配性ねぇ」
「オリビアさん、ただいま戻りました」
「ユイトくんも楽しかっ……、あら? どうしたの? 何かあった?」
僕の顔を見た途端、オリビアさんの笑顔が消え、真剣な表情に変わっていく。
「……あ、えっと……」
「ユイトとな、オレたちとちゃんと家族になろうって話したんだよ」
なんて説明しようかと悩んでいると、トーマスさんが僕の肩を引き寄せ、オリビアさんにそう伝えた。
オリビアさんは目をパチクリさせると、再び僕の顔を見る。
「あら……? もう家族だと思ってたんだけど……」
「どうやらそう思っていたのはオレたちだけみたいだ。言葉足らずだったよ」
「ふふ、それでこんなにまっ赤になっちゃったの? 冷やさないと腫れちゃうわ? ユイトくん、先に顔、洗ってらっしゃい」
話はそれからね? と僕の腕からユウマを受け取り、まだ熱を持つ僕の瞼をそっと撫でてくれた。
「ばぁば~! ゆぅくんね、にぃにとしゅべったの! びゅーってね、たのちかった!」
「トーマスさんがフィリップさんとマイヤーさんと一緒に滑り台を作って、そこで皆で遊んだんです」
「まぁ~、また作ったの? ユウマちゃんも楽しかったのね~!」
「おうまさん、おっきくて、みんな、ちっちゃかった、です!」
「サンプソンっていう、他の馬より倍くらい大きい馬がいて、その子と並ぶと他の馬が子供みたいに見えるんです」
「そんなに大きいの? 怖くなかったのかしら?」
起きてきたハルトとユウマは、ソファーに座るオリビアさんに今日の楽しかった出来事を伝えようと必死だが、興奮してよく分からない事になっている。
だから僕が隣に座って、目下説明中だ。
「さんぷそん、とっても、かわいいです!」
「しゃんぷしょんおっきぃの! そぇでね、にぃににちゅぃてくゆの!」
「ユイトくんに? なつかれたのねぇ」
「後ろを振り向いたらいて、びっくりしました……。でも、滑り台を作るのも手伝ってくれてましたよ」
「滑り台を? ふふ、面白い子なのねぇ。私も会ってみたいわ」
「見たら驚くぞ? たぶん想像よりデカいからな」
僕の後に顔を洗いに行ったトーマスさんが戻ってくる。オリビアさんも、トーマスさんが言うなら相当だろうと楽しそうに笑っていた。
皆が揃ったところで、トーマスさんとオリビアさんが僕たちに向き合い、ハルトとユウマにも話を始めた。
「さぁ、ハルト、ユウマ。おじいちゃんが、いまからとっても大事な話をするぞ?」
「おはなし、ですか?」
「おはなちだぃじ?」
「そうよ? ちゃんと聞いていてね」
「「はぁ~い!」」
ハルトとユウマも姿勢を正し、トーマスさんの話を真剣に聞く様だ。オリビアさんも僕たちの方に体を向け見守っている。
「ハルト、ユウマ。おじいちゃんと初めて会った時の事、覚えてるか?」
「さいしょ……。ぼく、おぼえて、ます……」
「ゆぅくんも……」
二人とも、僕の顔をちらりと見て俯いてしまった。
泥だらけで倒れていた僕の事を思い出したのかもしれない。
オリビアさんは二人を慰める様に、優しく髪を撫でている。
「あの時、しばらくうちにおいでと言っただろう? ユイトの目が覚めたら、お兄さんもうちに来るんだって」
「おうち、おいでって、いってました……」
「ん~……。ゆぅくん、おぼえちぇなぃ……」
「ハハ、そうか。それでな、ちゃんと伝えてなかったな、と思ってな。ちゃんと聞いておいてくれよ?」
そう言うと、今度はトーマスさんが姿勢を正し、真剣な表情で僕たち三人に向き合った。
「ユイトにはもう言ったんだがな。ハルト、ユウマ。オレとオリビアと、家族になってくれないか?」
「かぞく……?」
「じぃじとばぁばとぉ……?」
二人は首を傾げ、きょとんとした顔で聞き返すが、トーマスさんが微笑みながら付け加えた。
「そう。おじいちゃんと、おばあちゃんと、本当の家族になってほしいんだ」
「あなたたち兄弟の、本当のおじいちゃんとおばあちゃんに、なりたいの」
どうかしら? とオリビアさんも二人に問いかける。
すると、隣で二人がもじもじしているのが目に入った。
「ほんとうの、おじぃちゃんと、おばぁちゃん……?」
「ゆぅくんのじぃじとばぁば……?」
「「…………」」
ふふっと小さな手で口元を隠し、可愛らしく笑う二人は、天からの使いなのかもしれない。
……とか、思ってるんだろうな……。この人たちは……。
グゥッと唸るトーマスさんとオリビアさんを見て、僕は口を開けて笑ってしまった。
僕たちは今日、晴れて“家族”になりました。
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