第85話 家族になろうよ


「どうした、ユイト。そんなニヤニヤして?」

「え? 僕、ニヤニヤしてますか?」

「誰が見てもニヤニヤしてるって言うと思うぞ?」


 ハワードさん宅から皆のいる広場に戻ると、僕の顔を一目見たローガンさんにそんな事を言われてしまった。

 まぁ、僕の両手にはさっきソフィアさんに教えてもらった手作りのタレと、譲ってもらった醤油ソーヤソースがあるから仕方ないと思う。


「そう言えば、トーマスさんたちはどこに行ったんですか? 見当らないんですけど……」


 さっきから、ハルトとユウマの声はするけど姿が見えない。僕から見えるのは山の様に積んだ藁と、その横でくつろいでいる大きなサンプソンだけ。


「トーマスさんなら滑り台作ってたぞ?」

「え? すべり、だい……?」

「じいちゃんと兄貴が乗り気でさぁ、倉庫から色々持ち出して大人三人がかりで作ってら」


 トーマスさん、ここに来てまで遊具を……?

 しかも、フィリップさんとマイヤーさんまで……?

 まぁ、ハルトとユウマのはしゃいでる声を聞いたら、張り切っちゃうのは分かるんですけど……。


「それで皆、いまどこに……?」

「え? あそこ」


 ローガンさんが指で示した方を見ると、そこには藁の山しかない……。


「藁しか見えないんですけど……」

「そうだよ。その藁で滑り台作ってんの」


 裏の方見てみろ、と言われ向こう側を覗いてみると、トーマスさん、フィリップさん、マイヤーさんが真剣に藁を積み上げ、山のてっぺんから木の板を斜めに立てかけていた。


「トーマスさん、何やってるんですか?」

「あぁ、ユイト! 戻ってきたんだな! 見ての通り滑り台さ」


 僕が声を掛けると、トーマスさんは汗を拭いながら笑顔で振り向いた。いい汗をかいている様だ。


「トーマスさん! この角度だと急すぎて、ハルトくんとユウマくんには危ないかもしれないですね!」

「う~ん……。もう少し低くした方がいいか……」

「なぁ~に、藁は腐るほどあるから、もっと距離を長くしたらどうだ? その方が傾斜も緩やかになって長く滑れるだろうしのぅ」

「じいちゃん! それいいね! ボクも倉庫から追加の板、運んでくるよ!」

「ならオレは藁を持ってこよう。ん? サンプソン、お前も手伝ってくれるのか?」

「ブルル……」

「ならサンプソン、あそこの藁ロールを三個ほど、持ってきてもらえるかの?」


 フィリップさんがそう言うと、サンプソンはノシリと立ち上がり、倉庫の方へ歩いて行った。

 三人とも生き生きとして、いい汗をかいている様だ……。サンプソン、きみもいい子だね……。


「あれ、使ってもいいんですか? 餌とかじゃなくて……?」

「あの藁はな、茎の部分を乾燥させた牛の寝床用だよ。餌になるのはサイレージっていう、牧草を発酵したやつで、別んとこに保管してるから気にすんな」

「そうなんですか、別なんですね……」

「まぁ、藁もよくかじってるけどな」


 なるほどね、勉強になったな……。


「よーし! これで完成だー!」

「「やったぁ~~!」」


 ここでマイヤーさんの大きい声と、ハルトとユウマの歓声が聞こえてきた。

 見に行くと、かなり大きくて長~い滑り台が完成している。これは大変だっただろうな、とトーマスさんたちを見ると、三人ともやり切った表情をしていた……。

 藁を運んできたサンプソンも、満足そうにドシリと座っている。


「さ! 早速滑ってみよう! この麻袋をお尻の下に敷いてしっかり持つんだ!」

「「はぁ~い!」」

「よし! まずは僕がお手本を見せよう! こうするんだよ!」


 そう言って、滑り台のてっぺんからマイヤーさんが麻袋に乗り滑り出すと、始めは緩やかに滑っていたが段々と加速をし、とても楽しそうに歓声を上げている。

 なんだかすごく楽しそう……。ローガンさんもちょっと気になっているみたい。



「おじぃちゃん、はやく、すべりたいです!」

「じぃじ~! ゆぅくんもしゅべりゅ!」

「ハルトとユウマはおじいちゃんと一緒に滑ろうか」

「「うん!」」


 まずはハルトを抱える様にトーマスさんが後ろに座り、いざ出発!

 徐々に加速がついて、ハルトもすごく楽しそうに歓声を上げている。ユウマもそんなハルトの様子を見て早くやってみたいのか、ぴょんぴょんと跳ねて興奮気味。

 すると、ユウマが僕の所にてけてけと駆け寄ってきた。


「にぃに! ゆぅくんしゅべりゅの! いっちょにちよ!」


 まさかのお誘いに僕もびっくり。すると、僕が両手に持つソースの入った容器をローガンさんがひょいと持ってくれた。


「ユイトも滑りたそうだからな。早くユウマと滑ってこい」

「あ、ありがとうございます。ローガンさんも滑りたそうなので、順番ですね!」


 僕がユウマを抱っこしてニヤッと笑うと、ローガンさんは少し照れた様子でさっさと行ってこい! と背中を叩かれた。あ! 容器落とさないでくださいね! 大事なものなんだから! 心の中で叫びながら滑り台へと向かう。

 本当は僕も、やってみたかったんだよね!


「お! ユイトも滑るのか! 案外楽しいぞ? オレもまた滑るつもりだ」

「とっても、はやくて、たのしいです!」


 一足早く滑り終えたトーマスさんとハルトは、楽しそうに話しかけてきた。


「あ~ん! にぃに~、はやく~!」

「はいはい、じゃあにいにの前に座ってね。急に動いちゃだめだよ?」

「うん! たのちみ!」

「じゃあ、いくよ~~? それ~~!」

「きゃあ~~!」


 僕が足で板を蹴ると、麻袋がどんどんと加速しながら滑って行く。下から見ていたときよりも、上からだとすっごく長い! たのしい~~~!!

 ユウマと声を上げながら滑って行くと、目の先にゴール替わりの藁が見え、ユウマと一緒に歓声を上げてゴール! 衝突を和らげてくれる藁に足を突っ込んで、僕とユウマは藁まみれ。それでもすっごく楽しい!

 僕たちは何度も滑り台を楽しんだ。

 あ、もちろんローガンさんも、楽しそうに滑ってたよ!






*****


「いやぁ~! 今日は楽しかったですね! ボクもついついはしゃいでしまいました!」


 いま僕たちは、マイヤーさんの荷馬車に乗って帰路の途中。

 ハルトとユウマも思いっきり遊んで、トーマスさんと僕の膝で可愛い顔をして眠っている。帰るときにまたサンプソンが僕たちの後ろをついて来そうになったんだけど、また来るよ、と言ったら大人しくなったみたい。

 それにはハワードさんもフィリップさんも笑っていた。


「今日はどうだった? ユイトも楽しめたかい?」


 隣に座るトーマスさんは、荷馬車に揺られながら僕の方を向いて優しく問いかけてくれる。


「今日は初めての事ばっかりだったけど、すごく楽しかったです! ソフィアさんにも美味しいソースを分けてもらえたので、また色々作りますね!」

「それは楽しみだな、期待して待ってるよ」

「トーマスさんも楽しめましたか? 滑り台とか……」

「ハハ! 滑るのがあんなに楽しいなんてな! 結構上手く出来ただろう?」

「僕も何回も滑っちゃいました……。ハルトとユウマも、すっごく楽しそうで……」


 僕はすやすやと眠る二人の寝顔を眺めながら、ずっと思っていた事をトーマスさんに伝えようと思った。



「トーマスさん……。あのとき、僕たちの事……。助けてくれて、ありがとうございます……」


 僕の言葉を聞いて、トーマスさんは少し驚いた表情を浮かべた。


「なんだ、急に……。当たり前だろう……」


 出会った時、僕たちは泥だらけで服もボロボロだったらしい。診療所のベッドで目が覚めたとき、カーティス先生が教えてくれた。


 倒れている人間を発見したときは、まず周囲を警戒し、犯罪に巻き込まれる可能性が無いか判断してから近寄ると。騙されて怪我を負って荷馬車ごと奪われるか、最悪の場合は命を奪われる可能性もあるからだ。


 それなのに、トーマスさんは倒れている僕たちを見つけると、カーターさんの荷馬車からすぐに飛び降り、駆け付けてくれたらしい。そして、ちょっと顔は怖いけど、君の事をとても心配していたよ、と。



「僕たち、母が死んでからずっと、ビクビクしながら暮らしてたんです……。でも、トーマスさんとオリビアさんと一緒に暮らす様になって、ハルトとユウマも笑う様になったし……。他人の僕たちに、ご飯も、お腹いっぱい食べさせて、くれ……ッ、」



 僕は涙で言葉が詰まってしまい、続きの言葉が言えないでいた。

 泣いたまま黙って俯いたままの僕の頭を、トーマスさんは何も言わずに優しく撫でてくれる。



「……なぁ、ユイト。……オレはな、お前たちの事を他人だとは思っていない。もう家族だと思っているんだよ」



 僕が顔を上げトーマスさんの方を向くと、トーマスさんもまた僕の方を優しい目で見つめていた。


「お前たちが笑うとオレも嬉しいし、お前たちが泣くとオレも悲しくなる。ずっと見守っていたいと思ってるんだ」


 それはオリビアも同じだよ、と僕の肩を引き寄せ、僕が泣き止む様にやさしく肩をさすってくれる。



「なぁ、ユイト。オレとオリビアを、本当の家族と思ってくれないか?」



 その言葉にまた涙が溢れてくるのが分かった。

 だけど止められるはずがない。


「急にとは言わない。徐々にでもいい。ユイトと、ハルトと、ユウマ。お前たち兄弟の、家族になりたいんだ」



 僕が、ずっとずっと欲しかった、その言葉。

 優しく、そしてとても真剣な目で、トーマスさんは僕をまっすぐに見つめている。



「ぼく……っ、かぞくになって、いいん、ですか……? ぼくたち……っ、とーますさんと……、おりびあさん、の、かぞく……、」



「もちろんだ。ずっとお前たちを、傍で見守らせてくれ」


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