第84話 念願の黒い調味料


「ソフィアさん! このタレの作り方! 教えてくださいっ!!」



 この味! こっちに来てからずっと欲しかった調味料……!

 僕は居ても立っても居られず、立ち上がり頭を下げた。

 今なら昨日のブレンダさんの気持ちが分かる。だってもし、この混ぜてあるタレの材料にアレがあったら、好きな料理がたくさん作れるんだから……!


「このタレ? そんなに気に入ってもらえて嬉しいわぁ」


 頭を上げてちょうだい、とソフィアさんに優しく肩を叩かれた。

 僕の突然のお願いに、周りの人たちはポカンとしている。

 うぅ……、ちょっと恥ずかしくなってきた……。


「あとで教えてあげるから、今はゆっくりお食べなさいな」

「そうだぞ、ユイトくん。まだまだ肉はあるからね!」


 ソフィアさんとハワードさんに言われ、僕は大人しく席に座る。アンナさんやマイヤーさんも美味しかったのね、と微笑んでいるし、ローガンさんは肉もっと食え、とお皿を渡してくれるし……。

 今の僕の顔、多分まっ赤になってそうだな……。


「ユイトがそんな必死になるくらい、このタレは旨いのか」


 トーマスさんがほぅ~、とジンギスカンを食べ始め、納得した表情で僕を見た。


「おにぃちゃん、いっつも、おりょうり、かんがえてます」


 ハルトはフォークに刺したパンをチーズにくるくる絡めながらフィリップさんにどうぞ、と手渡している。

 ちなみに僕の方は見ていない。


「にぃに、しゅごぃねぇ」


 ユウマもトーマスさんの膝に乗り、マイスを食べて揺れている。

 こちらも僕の方は見ていない……。


「うぅ……、おっきな声出して、ごめんなさい……!」


 穴があったら入りたい……!






*****


「まさか、ユイトくんに気に入ってもらえるとは思わなかったわぁ」


 いま僕は、ハワードさん一家のおうちにお邪魔しています……。

 僕とソフィアさん以外はまだ外で遊んでるんだけど、僕がソワソワしていたら、そんなに知りたいなら早速作っちゃいましょう、と連れられ、現在ソフィアさんはキッチンでタレに使用する材料を並べてくれている。


「ソフィアさん、ムリ言ってすみません……」

「いいのよぅ、美味しいと思ってもらえたら、誰だって嬉しいものよ?」


 ソフィアさんはにっこりと微笑んで、食材を一つずつ僕に見せてくれる。


「まずは林檎メーラ、これはなるべく蜜の多そうなのを選んでね。あとはオニオンににんにくガーリク生姜ジンジャーと……。蜂蜜にお砂糖、レモンリモーネを、三つともスプーンに1杯分ずつ。白ワインは三杯ね。最後にこの……、これが味の決め手なのよ」


 そう言ってソフィアさんが見せてくれたのは、壺に入った黒い液体。


「これはね、たくさん入れちゃうとしょっぱくてとても食べれないんだけど、少しだけ加えるととっても美味しくなるのよ~」

「ソフィアさん……。それ……、少しだけ味見してもいいですか……?」

「いいわよ? 小指に少しつけて舐めてみて?」


 僕は小皿の上に取ってもらった液体に、小指を付けてぺろりと舐めてみた。

 ん! しょっぱい……! やっぱりそうだ……!


「ソフィアさん、これって大豆ソーヤを使ったソースですか?」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは目をパチクリさせて驚いた。


「よく分かったわねぇ~! こんなに黒いのに! 私驚いちゃったわぁ」

「じゃあ、もしかしてこのソースって、そんなに知られてないんですか?」


 この村には売ってなかったし、ソフィアさんが驚いたというくらいだから、珍しいのかな……?


「このソーヤのソースはねぇ、行商人さんが誰も買わないって困ってたから、つい買っちゃったのよぅ」

「行商人さん……?」

「隣街にギルドがあるでしょう? あの通りでね、二カ月に一度、行商人の方たちが来るのよぉ。いつも楽しみでね、色々買っちゃうの。このソースの他にも見た事ないものが色々売ってたわ」


 隣街……? ギルドの通り……? 二カ月に一度……!


「これって……、まだ売ってたりするんでしょうか……?」

「ん~、どうかしらぁ……? よく見かける人だったけど、あの黒いのは私も初めて見たから……」

「あぁ~……、そうか……。次に行ってもないかもしれないのかぁ~……」


 じゃあ、次のタイミングで行ったとしても、売ってなかったらショックだな……。


「……ユイトくん、そんなに欲しいなら半分あげましょうか?」


 その言葉を聞いて、僕はバッと顔を上げる。


「い、いいんですか……!? あ、いや、でも……! 貴重なものだし……! お金も、持ってないし……」

「ふふ、いいわよぉ。このソースの使い方もあまり分からないし、お代はいいの。その代わり……」

「その代わり……?」

「美味しい作り方があったら、今度教えてちょうだい?」


 ソフィアさんはにっこりと笑って、僕にソースを半分譲ってくれた。




「それで、この材料を全部すり潰して混ぜて、小鍋で沸騰させたら終わりよ」

「え~! それだけなんですか?」

「そうなの。あとは冷めれば完成! ワインも火にかければお酒は飛ぶし、簡単でしょう?」


 僕がソーヤソースの事を訊いてしまい、タレの作り方が中断していたので、ソース作り再開です。

と言っても、すぐに終わってしまったんだけど……。


 僕はソフィアさんに譲ってもらったソーヤソースと、今回作ったタレを貰って顔がにやけてしまう。

 だって、本当に嬉しいんだもん!


 そんな僕を見て何か思いついたのか、ソフィアさんが閃いた顔をした。


「ねぇ? ユイトくんが良かったら、次の行商市、一緒にお買い物に行かない?」

「行商市にですか!? 一緒に行っていいんですか!?」


 かなり興味があったから、まさかのお誘いにまた嬉しくなってしまう。


「行商市って、次はいつあるんですか?」


 二カ月に一度と言ってたから、日によったら結構先になるかもしれない。

 ソフィアさんは考えながら指を折り数え始める。


「次は……、二週間後ねぇ。あ、でもお店の方は大丈夫かしら……?」

「二週間後ですか? ん~と……、あ! やったぁ~っ! 大丈夫です! お店の定休日!」

「あらぁ! よかったわぁ~! じゃあ一緒に行きましょうねぇ」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 僕とソフィアさんが手を繋いではしゃいでいると、いつの間にか家の中に入ってきたハワードさんとアンナさんに見られてしまった。


 今日の僕は、なんだかカッコ悪いところばっかり見られるなぁ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る