第82話 お散歩?


「おい! サンプソン! どこ行くんだ!」

「ヒヒィ────ンッ」


 僕たちの後ろから大きな嘶きが聞こえ、ビックリして皆が一斉に振り返ると、目と鼻の先。そこには以前に出会った、あの黒い毛並みの大きな馬が立っていた。


 ブルルっと首を震わせ、短く嘶くと、その場にドシリと座り込んだ。ちょっと目がおかしくなったのかと思うくらいに大きくて迫力のある馬だ……。


「あ、あの子……」

「ハァ、ハァ……、サンプソン! ……全く、どこまで行くんだ……。お客様が待ってるんだぞ……?」

「ブルルッ……」


 ハワードさんが事務所の方から大慌てで走ってきた。肩で息をしながら、サンプソンと呼ぶ馬の方へ駆け寄るが、馬は知らん顔でそっぽを向いている。ハワードさんが焦っているのは、どうやらお客様を待たせているかららしい。


「アハハ! 父さん! そうなったらサンプソンは梃子でも動かないぞ!」

「サンプソンが動くより、他のを何頭か連れて行った方が早いんじゃないか?」

「むぅ……、やっぱりそうなるのか……」


 どうやらこの馬はこうなると全く動かなくなるみたいだな。

 マイヤーさんもローガンさんも慣れている様で、焦りは全く見えない。

 ハワードさんの諦めも早かった。


「おうまさん、まっくろで、かっこいい、です……!」

「おぅましゃん、おっきぃねぇ……! しゅごぃ……!」


 そっぽを向いているあの大きな黒い馬を見て、ハルトとユウマは目をキラキラさせている。僕も興味はあるんだけど、今は乗馬が先なんだ……。あとで撫でれるか訊いてみよう……。


 気を取り直して、僕の前にいる鹿毛の馬に挨拶をしようとすると、その馬はスッと後ろに座っているあの大きい馬の下へと歩き出した。

 二頭は鼻を近付けて、まるで挨拶をしているみたい。しばらくすると、挨拶は終わったのか鹿毛の馬は僕の方へ戻ってきて、僕の顔にスリっと鼻先を擦りつけてきた。

 そして僕の匂いを嗅ぐと、乗ってもいいと言う様に体高を低くして待っている。


「ユイト、怖くないから乗ってみろ」

「は、はい……っ!」


 ローガンさんに言われ、僕は恐る恐る馬に跨ると、馬はゆっくりと立ち上がりカッポカッポと歩き出した。

 頬をそよそよと風が撫で、いつも見る景色よりもなんだか遠くまで見渡せる気がする。


「どうだ? 気持ちいいだろ?」

「はい……! すごいです……!」


 乗馬ってこんなに楽しいんだ……!

 お礼に乗せてくれている馬の首を撫でると、気持ちよさそうにブルルっと首を震わせる。


「わぁ──っ!」

「おい! サンプソン!」


 なんだか騒がしいな、と手綱を握っているローガンさんと後ろを振り返ると、あのサンプソンが僕たちの後ろを悠然と歩いている。

 その真っ黒な毛並みと、普通の馬より二回りほどある巨体は圧巻の一言だ。


「サンプソン……。お前、今日はどうした?」


 ローガンさんは、驚きよりも呆れたと言う様にサンプソンに向かって呟いた。

 それを知ってか知らずか、また低く短い嘶きをあげ、我が物顔で後ろから付いてくるサンプソン。


「いつもこんなカンジじゃないんですか?」

「好みの餌じゃないと、たまぁ~に拗ねる事もあるけど……。普段は優しくて穏やかなんだよ。今日はホントに珍しい」


 ふ~ん、最初に見たときは分からなかったけど、今日のあの行動を見てたら結構自由な性格なんだと思ってた。振り向きながらサンプソンを眺めていると、どこか嬉しそうな雰囲気を感じた。


「なんか、僕たちと一緒に散歩してるみたいですね」


 そう呟くと、サンプソンはそうだ! と言う様にブルルっと首を震わせ低く嘶く。


「……はぁ。なんかそうみたいだな……?」

「ふふ、ですよね?」


 ローガンさんは呆れ顔。

 サンプソンはこの後も、僕の乗馬が終わるまでずっと傍を離れなかった。


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