第75話 緊張が解ける方法
僕とオリビアさんがお店で仕込みの段取りをしていると、ぱたぱたと廊下を駆けてくる音がする。すると、扉の前でピタッと音が止み、空いた扉の奥からユウマがひょっこりと顔を覗かせた。
「ばぁば~! えぷぉんできたぁ~?」
朝、開口一番にユウマが発したのは、オリビアさんに作ってもらうエプロンの事。
「ユウマちゃん、おはよう! 心配しなくてもちゃんと出来てるわよ~?」
オリビアさんはユウマを抱き上げ、頬にちゅっとキスをした。
「ほんとぉ? ゆぅくんうれちぃ!」
「ユウマ~? ちゃんと朝のご挨拶した~?」
僕がそう言うと、ユウマはあっ! という顔をしてオリビアさんの顔を見た。
「ばぁば、おはよ!」
「ふふ、ユウマちゃん、おはよう」
「にぃにも~! おはよ!」
「おはよう、ユウマ。ハルトはまだ寝てた?」
「はるくんね、もぅちゅぐ……」
「おばぁちゃん! えぷろん、できた~?」
さっきのユウマと同じで、ハルトも楽しみで仕方ないみたいだ。
僕たちは三人で思わず笑ってしまい、ハルトだけがきょとんとしていた。
トーマスさんも顔を見せ、全員が揃ったところで早速、皆でエプロンを合わせてみる。
「じゃ~ん! おばあちゃん頑張っちゃったわ~!」
そう言ってオリビアさんが広げたのは、オリーブ色の小さいエプロン。
もちろんハルトとユウマ用で、肩からずり落ちないように肩紐が少し太めになっている。僕のは腰紐を後ろか前で結ぶタイプだけど、二人のは腰紐が無く、肩紐を後ろでクロスしていてゆったり着れるようになっていた。これならユウマ一人でも着れちゃうな。
「わぁ~! おばぁちゃん、ありがと、ございます!」
「ちゅご~ぃ! ばぁば、ありぁと!」
「ハルトちゃん、ユウマちゃん、確認するから着てみてくれる?」
「「はぁ~い!」」
二人がウキウキとエプロンを着る様子を、にこにこと目尻を下げて見守るオリビアさんとトーマスさん。
「あぁ~ん! どぅちて~?」
「ゆぅくん、て、こっち」
「ん、はるくん、ありぁと!」
「どういたし、まして!」
ハルトは無事着れた様だけど、ユウマは同じところに頭と腕を入れてしまったみたい。見かねたハルトが手伝ってあげて、ユウマも無事にエプロンを装着。
「まぁ~! 二人ともとっても似合ってるわ! 後ろ姿も見せてちょうだい?」
「本当だ! とってもカッコいいぞ! 立派な店員さんだな!」
「ゆぅくん、かっこいいって! よかったね!」
「うん! ゆぅくんうれち! はるくんもかっこぃ!」
「えへへ……! ありがと!」
「「「かわいぃ……!」」」
トーマスさんとオリビアさんは、デレッとした表情で二人を眺めている。かく言う僕も、二人を可愛いなぁ~って眺めてる一人なんだけどね。
「うん、ちゃんと出来てるみたいで安心したわ! 次はトーマスの分なんだけど、ちょっと丈が足りなくて……」
そう言ってオリビアさんが申し訳なさそうに渡したのは、胸の部分が無い、腰で巻くタイプのエプロン。
「いや、急に言ったからな。ありがとう」
「これも着けてみてくれる?」
「あぁ、……こんな感じでいいのかな?」
どうだろうか? と、トーマスさんが着けたのは、膝下丈のギャルソン風エプロン! すっごく様になっていて、すっごくカッコいい!!
「トーマスさん! すっごくカッコいいです!!」
「おじぃちゃん! かっこいい!!」
「じぃじ! かっこぃ~!!」
僕たち兄弟はカッコいいしか言ってないけど、ホントにカッコいいんだから!! ハルトとユウマは興奮してトーマスさんの腕を掴み、ぴょんぴょん跳ねている。
「そ……、そうか? そんなに褒められると照れるな……」
「本当ですよ! ね! オリビアさん!」
「えっ!? ……そ、そうね! とっても素敵よ、トーマス!」
オリビアさんの方に話を振ると、ポーっと見惚れていた様で少し慌てていた。
「そうか? 嬉しいよ。ありがとう、オリビア」
トーマスさんも嬉しそうに笑っている。
オリビアさんは顔が赤いけど、僕の気のせいではないと思う。
「おばぁちゃん、おかお、まっかです……」
「ばぁば、おねちゅ……?」
「シィー、照れてるだけだから、そっとしとこう……」
「「はぁーぃ……」」
僕たちが三人でシィーっとポーズをとると、トーマスさんは豪快に笑って、オリビアさんは聞こえてるわよ、とまたまっ赤になっていた。
*****
先に朝食を食べ、仕込みの続きを開始する。
買い出しはトーマスさんが代わりに行ってくれてるので、すっごく助かった。昨日のダリウスさんたちが結構食べてたからまた追加で仕込み中。
ハルトとユウマも、コロッケのタネ作りを唇をとんがらせて真剣な様子でお手伝い中。一度やった事があるから、こちらもスムーズに進んでいる。
「おにぃちゃん、できました!」
「あ、ありがとう~! 二人とも、前より早くなったねぇ! スゴい!」
「えへへ~! がんばっちゃもんね!」
「ねぇ~!」
ハルトとユウマは二人で顔を見合わせてにっこり。
オリビアさんも生クリームを泡立てながらにっこりしている。
泡立ては結構疲れるんだけど、オリビアさんは凄いなぁ……。
今日はビフカツサンド以外のサンドイッチは、予め準備しておく事に。なんせ、イドリスさんとブレンダさんがサンドイッチ大好きだから、絶対間に合わなくなると思って。
ブレンダさんが昨日持ってきてくれた食材を使って、今日は特別にいつもと違うメニューを作る予定。気に入ってくれるといいんだけど。
「ただいま。ユイト、注文していた物受け取ってきたぞ。ここでいいか?」
「おかえりなさい、トーマスさん! そこで大丈夫です! ありがとうございます!」
トーマスさんが持って帰ってきたのは、買い出しとは違う、別注の大量のミンチ肉。昨日ブレンダさんが持ってきたお肉を、慌ててエリザさんのお店に行ってダメ元でお願いしたんだけど、いつも注文してくれるからと笑顔で引き受けてくれた。
「買い出しはこれでいいのか? まだあるなら行ってくるが」
「いえ、これで大丈夫です。助かりました!」
トーマスさんはもう二回も買い出しに行ってくれたから本当に有難い。これでトーマスさんも大好きなあのメニューが出来るな!
「オリビアさん、僕の方はなんとか終わりました! 他に残ってる事はありますか?」
「こっちもあとは片付けだけよ~! お疲れ様!」
「なんだか開店前に一仕事したって感じですね」
「ホントねぇ~。もうすぐ開店だから、気合入れて頑張りましょ! 皆もいい?」
「「はぁーい!」」
ハルトとユウマは、念願の店員さんをやれるから満面の笑み。
その一方で、トーマスさんだけが浮かない顔をしている。
「む……。オレは少し、緊張してきたな……」
「え? トーマスさんでも緊張するんですか?」
「皿を下げたりはしたが、接客は初めてだからな……」
そんな会話をしていると、僕の服をくんと引っ張る感覚がした。
「おじぃちゃん、きんちょう、ですか? ぼく、あれ、してあげます!」
「あ~! ゆぅくんもちてあげりゅ!」
ハルトとユウマは、以前僕にしてくれた緊張が解ける方法をしてあげたいらしい。
「あれだね! トーマスさん、ちょっとしゃがんでください!」
「ん? こうか?」
そう言ってトーマスさんがしゃがむと、ハルトとユウマが小さな手でトーマスさんの頭をなでなでし始めた。
「おじぃちゃん、きんちょう、なくなりましたか?」
「じぃじ、だぃじょぶ?」
「ハハ! あぁ、嘘みたいに元気になった! これは効くな!」
「わぁ! よかった、です!」
「やったぁ~!」
トーマスさんはビックリしていたが、次に見たときには照れ臭そうに笑っていた。
オリビアさんがとても羨ましそうに眺めていたので、ハルトとユウマはおばぁちゃん、がんばれ~! と頭を撫でてあげてる。
これで今日はなんとか乗り切れるかな……?
しばらくすると、六時課の鐘が村中に響き始めた。
さぁ、開店の時間だ。 僕も頑張らなきゃ!
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