970. デバフ
変に関心を持ってしまった、或いは関わった時点で既に悪手だったのか。大会四日目、予選リーグ最終節。決戦を前に縁起の悪い与太が続く。
「ヒロセ先輩、ヘアゴム切れ掛けてるっス!」
「あぁっ!? 私のあげたミサンガ!?」
「にぃに、靴紐が……」
「センパ~イ! 紐パン切れちゃいました~!」
「終いにゃ俺がキレっぞオラァァ゛ァァン!!」
身に着けていた装飾品が揃ってプッツン。幸いこの日の最終試合だったので、いっそのことと近場の美容室へ飛び込み事なきを得た。ノーパンでコンビニへ買いに行ったノノの方が悲惨ではある。
他にも兆候は見られた。峯岸は首を寝違えて痛そうにしているし、真琴は新調したスパッツが動きにくくて気になるとか言ってるし、シルヴィアは湿気で髪型が決まらないとか抜かしてるし。いや最後。どうでもよ。
「いたたたたっ……今日はハプニングいっぱいで楽しいねえ~……?」
「涙止まった?」
「うぅ~っ、まだしょぼしょぼするよぉ~!」
試合直前、サブアリーナで待機中の面々はいつもに増して喧しい。
比奈もコンタクトが上手く着けられないとかで、ワンデイのやつを五日分くらい無駄に消費していた。偶にあるよな。角膜と相性悪い日。
みんな揃って小さなイレギュラーが発生している。いつもならちょっとしたアクシデントで事足りる、それはもう些細なものばかりではあるのだが。なにも今日起こらなくても、とは思う。
「これウチが悪いんか……?」
「じゃあお前のせいな」
こちらは星座占い、血液型占い揃って貫禄の最下位だった文香。まぁキッカケの一つではある気がする。
皆見を焚きつけてからというものの、あらゆる要素が東雲学園、延いては皆見と山本さんのために動いているような、そんな気がして止まない。
確かに山嵜は強者の立ち位置で、東雲学園はチャレンジャー側かもしれないけれど。こうも露骨に見えざる手が発動しなくても良いだろと。いっぺんに来るなよと。バランス考えろよと。
「お帰り聖来。どうやった?」
「うんにゃっ……埼玉美園の勝ちじゃ」
「お凸冷やせ。氷むっちゃあるし遠慮せんで」
前の試合の偵察に行っていた聖来が帰って来る。同じく四連勝で無傷の西ヶ丘と並び、決勝トーナメント進出を決めたようだ。
ちなみに聖来もさっき、ドアに頭をぶつけてコブを作っていた。可哀そうに。
俺たちの試合が一番遅い時間なので、他会場の結果はすべて出ている。町田南、川崎英稜と、ウチに関わりのある高校はすべて予選を突破した。
この状況も妙に気持ち悪い。当然勝てるだろうという無言のプレッシャーに刺されているようだ。
ジャイアントキリングに相応しい条件が着々と揃っている、みたいな……流石に考え過ぎだろうか。
「あー、首だっる……」
「おい監督。この温い空気なんとかしてくれや」
「えぇ~? 私の仕事じゃないだろ~……へいへい、やりますよっと。はい、ボード注目! 爪弄ってる場合じゃねえぞ金澤!」
集合時間まで五分。最後のミーティングだ。マーカーで首筋をぐにぐに押すと、峯岸はホワイトボードへ矢印を幾つか書き込んだ。
「スターターはさっき伝えた通り。フィクソに廣瀬と早坂、アラが長瀬姉と世良の2-2ボックス。手数を掛けず前に重心を掛けろ」
琴音へキャプテンマークを渡す瑞希。今日まで東雲学園の対策に勤しんだ結果、スタートの人員とシステムに大きな変化があった。
まず彼らの特徴として、エースの皆見が出場しているか否かで戦い方に大きな違いがある。右アラに構える皆見の足元へボールを集め、ポゼッションを握りたがる傾向が強い。
一方、彼が交代すると重心がグッと下がる。最後尾の山本さんと男子のゴレイロを中心に壁を作りリトリート。侵入する気を与えない。
これを踏まえ、開始直後は敢えてポゼッションを譲り、最前線の愛莉と文香へ素早く供給しカウンターを狙うわけだ。
皆見を出し抜けば、残りはゴレイロを除き女性陣のみ。二人の決定力なら多少状況が悪くてもゴールへ迫れるという算段。
「前の結果と内容はすべて忘れろ。奴らは『フットサル部』さね。これまでのサッカー崩れとは話が違う」
「フッ。そうは言うものの……別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「隙があればな。安易に仕掛けるなよ。あと靴紐ちゃんと結べ栗宮」
予選で猛威を振るっているミクルや瑞希のドリブル突破だが、流石に警戒している筈だ。簡単にはスペースを与えてくれないだろう。
それでも強引に突破するのが二人の良さでもあるが、ここまで無失点で来ている東雲学園だ。守備の堅さは十二分に考慮しなければならない。たった一度のミスも致命傷になり得る。
得失点差の関係上、引き分けでも突破が決まる山嵜。無理に攻め込んで逆襲を喰らい、不利な状況へ追い込まれる展開だけは避けなければ。
「まぁ、なんだ。今日の作戦は敢えてそうしているという面も、無いこともない。ここまで皆見を含め、ファーストセットのプレータイムが極端に短いからな……ウチとの対戦に標準を合わせている筈さね」
戦術ボードを険しい顔で睨む峯岸。この一週間、試験問題の作成もおざなりに東雲学園対策へ相当時間を割いていた。なんでも相手のベンチワークで気になる点が幾つかあるらしい。
「何か奇策を打って来る可能性がある、と?」
「恐らく。得点源の長瀬姉はともかく、金澤や栗宮に関しては様子を見たい。複数で潰して来るかもしれないからな。楠美、リーダーシップ取れよ」
「はいっ、任せてください」
「廣瀬も。早坂のフォローはお前の仕事さね」
ここだけの話、有希がスターターに抜擢されたのも峯岸の妙案によるもの。
ドリブラーの二人と同様に、フィクソの比奈と真琴にもなんらかの対策が施されている可能性があると、彼女は話していた。
まだプレータイムの少ない有希を使って、相手の目先を混乱させたいそうだ。果たして上手く行くかどうか……。
「……確かに個々の技術は、前の三校より高い。高いが、傑出はしていない。皆見の他にもう一人男子のフィールドプレーヤーがいるが、葉山中央の瀬川より落ちる。女性陣に至っては、山嵜と比較するまでもない。奴を除いてだが」
「美桜ちゃんですか?」
「勿論7番、山本は要警戒だ。守備の要だからな。だがそれ以上に、チーム全体の守備意識、組織力さね。相当緻密に仕込まれている……馬鹿正直に突っ掛かると、痛い目見るぜ」
戦術ボードを閉じ話し終えると、サブアリーナは暫し沈黙に包まれた。ようやく緊張感が出て来たのは喜ばしい限りだが。
やはり東雲学園、一筋縄では行かない相手のようだ。詳しい事情はともかく、バフの掛かった絶対的エース率いるチームへ、デバフの掛かりまくった山嵜は呑まれずに対抗出来るか……。
この日もスタンドは半分以上埋まっていた。県予選の三位決定戦があるサッカー部勢はまだ来れないが、山嵜の生徒も少しずつ増えているように見える。
整列し主審のホイッスルで一礼。割れんばかりの拍手とファビアンら子ども応援団、保護者会の歓声に包まれ、アリーナは比較的和やかな雰囲気。
が、コート内はと言うと……。
「チッ……!」
「ちょっと、ソータ!?」
キャプテンマークを巻いた皆見に、差し出した手をスルーされる。パトリス・エヴラかお前は。なにがリトル俺だ、やったことねえよ握手拒否なんて。
すぐ後ろの山本さんはギョッとした目で、俺と審判の顔を交互にキョロキョロ。どうやら試合までに昨日の勘違いは正せなかったらしい。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!? あとで私からちゃんと言っておきます!! あーもう、ソータぁぁーーっ!」
(不憫やなぁ……)
かなり強い口調で叱責する山本さんだが、皆見は無視を決め込んでいる。残るスターターに至っては、二人へ関心すら寄越さずアップを始めていた。
やはりチームメイトから見ても皆見の心証は相当悪いらしい。あれでは山本さんが割を食うばかりか、全体の士気に影響が出兼ねないのでは……あんな調子でよく無失点の全勝で来られたな。
「なーんか噛み合わへんのよなぁ~」
「なにが?」
「センセーの言うとったことと、あっちの雰囲気がっちゅうか。ゆうほど警戒するような相手ちゃう気がするねんけどなぁ」
「それだけ皆見って人が突出しているのか、守備が良いのか……どちらにせよ、隙があるなら見逃せないわね」
伸脚をしながら敵陣の様子を眺める文香。愛莉も同意見なのか、靴紐を結び直し皆見を睨んでいた。お前は私怨が出過ぎ。関わり無いやろ。
「相手の監督さんも女性なんですねっ」
「ん。ホンマや」
有希はベンチが気になるらしい。確かに峯岸と同世代くらいの若い女性だ。短髪のスポーティーな装いはどことなく威厳を感じさせる。
ベンチワークと守備組織を警戒していた峯岸だが……あの女性監督がかなりのやり手ということだろうか。
上手く言えないが、確かに『一杯食わせてやろう』という並々ならぬ闘志が、瞳の奥からも垣間見える。ような。
「お待たせしました。こちらのキックオフです」
「お疲れ琴音……さっ、始めっか」
円陣を組みコートへ散らばるスターターたち。対面の皆見はセットされたボールもおざなりに、険しい目で俺を睨み続けている……。
(ハッ。気合十分ってところか……まっ、精々裏目に出ないとええけどな)
なんて考えておいて、うわあ悪役っぽい台詞だなぁ~、とかどうでもいいことまで脳裏を過ぎる。あまり余計な頭回させないで欲しい。本来の目的を見失いたくはない。
恨みマシマシでも、因縁が重なっても。
なんでも良いけど、俺ばっか見んなよな。
少なくともこの試合が終わったら。
俺はもうここには居ないんだぜ。
そこからどうするのか、ちゃんと考えとけよ。
【グループF 最終節】
GK
No.1 楠美琴音 No.1 池田崚平
FP
No.5 廣瀬陽翔 No.4 鈴原舞
No.9 長瀬愛莉 No.5 皆見壮太
No.10 世良文香 No.7 山本美桜
No.14 早坂有希 No.11 東瀬里奈
【山嵜高校(神奈川)-東雲学園高校(東京)】
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