776. 甘い学校生活(中)


【ルーティーン】


 ウチ、世良文香!

 大阪生まれの超絶美少女!!

 洋画は意地でも字幕で観るタイプ!!



(おっ。おったおった! にゃっふふ~ん♪ 後ろから声掛けてビックリさせたろ~)


 お隣さん(厳密にはユッキの隣やけどな)なったっちゅうんに、はーくんはウチを置いてさっさと学校に行ってまう。

 せっかくスクールバスなん便利なモンがあるんに、わざわざチャリキでご苦労なことや。


 初給料でやっすい原付買うてな、バス乗らんと坂道かっ飛ばして来たんや。まさかウチがこの時間におるとは思ってへんやろなぁ~。


 はーくんは渡り廊下の自販機で飲み物を買うてるみたいや。しっかしさっきから妙にキョロキョロしとるな。

 せっかく隠れとるのにバレてまうやないか…………ハッ!! まさかウチの気配を感じ取っている……!? それはもう愛、愛やではーくん!!



(にゃにゃっ?)


 渡り廊下の反対から人影がにゅるんと現れる。あれは……ことちーやな。楠美琴音。三年でいっちゃん小さい先輩や。

 流石に覚えたで名前。あんなアニメキャラみたいなロリ巨乳覚えられへんわけないわ。



「陽翔さん。おはようございます」

「おはよ琴音。早速だが残念なニュースや……ついにおしるこ缶が撤去された」

「!?」


 そういや市川が言うてたなぁ、毎朝この自販機でおしるこ缶買うてるって。あんなギドギドの飲み物どこが美味いんやろか。舌バグッとるなぁ。



「そう、ですか。仕方ないですね……あれは冬の飲み物ですから。いつかはその日が来ると覚悟は決めていましたが……いざ直面すると、これは中々の……っ」

「去年はどうしてたんだよ」

「……ふるふるソーダにハマっていました」

「意外と浅かったんやな、おしるこ缶の歴史……ふるふるソーダなん自販機にあったっけ?」

「それも去年の冬にラインナップから消えてしまったんです……私が好むものは自然と淘汰されていく、そういう運命なのです……っ!」

「んな大袈裟な」


 ガックリを膝を付き項垂れることちー。


 ふむう。フットサル部の活動ではいっつも仏頂面やってのに、はーくんの前やと随分と表情豊かになんねんなぁ。まるで別人や。


 冬休みに会うたときもエライべっぴんやとは思うとったけど、あのロリ巨乳で制服姿は反則やなぁ。ウチの美少女ぶりも霞むわぁ……。


 ……クッ! おっぱいなんただの脂肪に過ぎひんねんで! あそこまで育ったらむしろ下品っちゅうもんや! フシャーッ!!



「しかし、困りました……これでは日々のルーティーンがっ……今のラインナップはどれもしっくり来ませんし……」

「別に無理して買わんでもええやん」

「ですが陽翔さんっ。私たちは朝一のおしるこ缶を楽しむというお題目でこの時間に顔を揃えていたのです。それが無くなってしまったら……」

「なら他のルーティーンでも作ればええねん。飲み物買わへんでも他の方法で」

「……他の方法、ですか?」


 なぁ、聞いた? 今の聞いたか?


 味の好みが合うからちゃうねんで。朝一ではーくんと逢いたいがために続けてたって、自分から暴露してもうてるやん。ことちー気付いてへんのか?


 …………あ~、そっかぁ~。はーくんにコマされとるの、あーりんだけやないんやもんなぁ……。


 エロいことなんなんも知らなそうなことちーも、ちゃっかり毒刃に掛かってもうてるっちゅうことかぁ……ホンマゲッスイわぁはーくん……。



「例えば、こういうのは?」

「ふぇっ……ひっ、ひゃぁ……っ!?」

「毎朝会ったらハグ。ほら、これならおしるこ缶飲まへんでもあったかいで」

「やっ、やめてくださいっ、こんな学校の中で……っ!? だっ、誰かが通り掛かったら、どうするんですか……っ!」

「来ねえよ。部活組はまだ朝練やし、普通に登校するには早過ぎるし……はぁ~。あったけえ~柔らけぇ~」

「……ぅぅうぅぅぅぅ~~……っ!」


 見とるで。ウチが。おもっきし。


 あー、もうメッチャ普通にハグとかしてもうてるんやなぁ……なんやねんあのホクホク顔、変態のソレやん……。



「そもそもお前、おしるこ缶ダシにして俺と逢いたいだけやろ。分かっとるで」

「……ちっ、違いますっ。メインはおしるこ缶なんですっ。陽翔さんはただのオマケです。ついでです……っ」

「超可愛いっす琴音さん」

「うっ、うるさいですっ……違います、全然違いますっ……ぅぅ……っ」

「嫌ならもっと抵抗しろよ」

「…………そうは、言ってませんけど。ただ他の方に見られるのが恥ずかしいだけで、嫌とは一言も…………はふぅ……っ」

「馴染んどるやん」


 あっという間に絆されてもうた。口元ニヤニヤし過ぎや。かんっぜんにデレデレやん。アホくさ。 


 あんな鉄仮面で隙の無さそうなことちーまで堕としてまうなんて、はーくんが凄いのか、それともことちーがチョロいのかどっちなんやろか……。



(もっとアピールせんとアカンのかなぁ……)


 偶に部屋で遊んでもゲームして終わりやもんなぁ。せやかて、あんなんただの恋人みたいなモンやし、ウチはこう、ちょうど良い距離感でアオハルを楽しみたいっちゅうか、あっこまで行ったらもう後戻り出来へんし、でも今のままやとことちーにボロ負けやし……!


 ……あぁもぉぉー!! ウチは朝っぱらからなにを悩んどるんやッ!! なんもかんもはーくんが悪い!! ウザい!! ムカつく!!



「これからは俺がおしるこ缶ってことで、いかがでしょう。お嬢さん」

「……まったく、どうしようもない人ですっ……」


 ……あれぇ? おっかしいなぁ。

 なんでウチまでほっこりした気分に……?


 


【本懐】


 やぽぽぽーい! 市川ノノでーす!!

 今日も元気に、イエス、ノートルダムッッ!!



「もっしもっしふ~みか~せらふみか~♪」


 五限が終わりお昼休み。四月はまだ下旬ではありますが、連日暑い日が続いています。早く夏になって欲しいです。夏そのものですから。ノノ。



「世界のうちにお前ほど~♪」


 あと誕生日あるし。こないだの合同パーティーは超楽しかったです。

 ノノの番が今から待ち切れません。プレゼントは勿論、陽翔センパイのアツアツダクダクな……くふふふふっ♪


 ……おっと、危ない危ない。学校で催したら一巻の終わりです。最近センパイのこと考えるだけでムラムラしてくるんですよねぇ。困った困った。


 先にお手洗いへ行っておきましょう。他の男子の前で色付かないようにって、センパイから口酸っぱく言われているんです。でも、そんな過保護で束縛したがりなところも素敵☆



「キュートで可愛いせ~らふみか~♪ どーしってそんなにせらふ~みか~~♪」

「…………」


 そろそろ触れてあげましょう。

 さっきからずーっと歌ってますこの人。



「なんや市川、ジロジロ見よって。ついにウチの美貌に平伏したかぁ?」

「別にそーじゃないですけど……いっつも歌ってますよねその変なの」

「変なのやとぉ!? 15年変わらないウチのテーマソングやでっ!」

「はぁ」


 今度は音程の取れない鼻歌を響かせ、ご機嫌で教科書を片付けます。クラスのみんなもクスクス笑っていまますが、世良さんは一切気にしません。


 春からクラスメイトになった彼女ですが、なんと言いますか……普段の言動がナチュラルでバグってるんですよねぇ。

 まったく人目を気にしないし、急に元気になるし、絡み方が雑過ぎるし……ノノに負けず劣らず変な子です。


 いやまぁ、センパイを追い掛けて上京しただけでも十分変な理由にはなるんですけど。それを差し引いても不思議なオーラで溢れています。



「なぁ市川。おもろい話して」

「急になんですか。イヤですよ」

「えぇ~~!? いっつもフットサル部でクソつまらんギャグやっとるやん!」

「センパイたちがちゃんと笑ってくれるから出来るんですよ、あーゆーのは。普段のノノにそーゆーの期待しないでください」

「しゃあないなぁ……ほなウチがやったるわ」

「そうはならなくないすか?」

「いやぁ~今朝おもろいの思い付いてなぁ~!」


 と、こんな風にいきなりオリジナルギャグを披露します。なんの脈絡も無く。

 スベり続けてもやめません。もはやクラスの名物です。正直恥ずかしいからノノの遠くでやって欲しい。普通に。



「今日は趣向を変えて落語を一つ……」

「ほほう」

「ではでは早速…………饅頭こわい」

「鉄板ですね」

「ティラミスは平気、おはぎも余裕! いやパティシエの価値観ッ!!」シャキーン

「結局ギャグ」


 渾身の変顔が開けっ広げの窓から風と共に空へ流れて行きます。お世辞でも笑ってくれるって有難いことなんだなぁ。センパイたちに感謝しないと……。

 


『んふふフフっ……!! どうしてマンジュウはダメで、ティラミスはヘーキなのっ……!! ンククククク……っ!!』


 シルヴィアちゃんだけ爆笑。

 どこがツボったのかは謎です。

 そもそもスペイン語が分からない。

 


「なぁなぁ市川ぁ~、これならはーくん笑ろてくれるかなぁ~?」

「いやぁ。どうでしょうかね……」

「ホンマ不思議やねんなぁ。一緒に新喜劇で育って来た同士やってのに、笑いのツボが全然違うねんで! 関東の浅い笑いに毒されてもうてるわ!」

「それは大阪の笑いを過大評価し過ぎですよ」

「にゃっはーん……! ほんなら手本っちゅうもんを見せてくれるんやろなぁ!?」


 嗚呼、またこんな流れです。

 結局ノノも披露する羽目になるのです。


 うぅっ、フットサル部の皆さん相手なら良いですけど、クラスでスベるのは嫌なんですよぉ! 普通に居心地悪くなるし! 断れないノノもノノだし!



「……良いですか! センパイはもっとこう、瞬発力のある隙の無い笑いが好きなんですっ! 準備させると真面目にツッコまれるんで!」

「ほえー。そんなモンかぁ?」

「例えばですね…………じゃあやりますよ?」

「おー。やってやって!」

「えっ、面白いことやって良いんですか!? やったー! わーいわーいワイパ~~!!」クイックイックイッ



 ……………………



「ホンマ市川って、フットサル部やないと輝かへんねんな。悲しくなるわ」

「なんですかそのリアクションはッ!? 人に無茶振りさせといて!!」

「ウチがもっかい手本見せたるわっ!」

「いやもう良いですって! ホントに! お昼食べさせてくださいよぉぉ!」


 みんなノノたちのやり取りを冷ややかな目で眺めています。嗚呼、理想の青春は何処へ。せめてクラスでは普通の美少女キャラで居たかったのに、これじゃ絶対無理ですよねぇぇ……。



『アハハハハハハハっ!! わっ、わ、ワイパっ……! んうほほへへへへwwwwww』


 そしてシルヴィアちゃんはゲラ過ぎる。

 これはこれで普通に嬉しい。助かる。


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