本編とは関係ないエピソードを雑に消化する番外編 その5

775. 甘い学校生活(前)


【謎アピール】


 やっほー。瑞希だよー☆


 久々に早起きしちゃったから、自販機にいるハルとくすみんを捕まえようと思ったら、くすみんしか居なかった。ハルは日直なんだって。つまんね。くすみんモフりまくったから良いけど。



(なんだ、長瀬もか)


 教室に入ろうとしたら長瀬が黒板をせかせか忙しそうに消している。ハルは学級日誌みたいなやつ書いてる。


 昨日の日直がサボって残していった分を先に消化してるわけな。って、誰だよサボった奴は! あっ。あたしだ。



「まったく瑞希ったら、何の仕事もしないで帰ったわね……もう一人って誰?」

「テツ」

「男女のサボり魔ツートップってわけね」


 げー。あたしの悪口で盛り上がってる。なんか入りにくい。いや別にそんなでもないけど、なんかね。なんか。



(写真撮ろっと)


 二人きりの状況を利用して、長瀬はハルとイチャイチャするのを狙っている。そうに違いない! むっふっふっふ……証拠収めてあとでイジメてやるぜ!


 最近みんなの前でデレデレすること少なくなったからな。あたしとかの居ないときにやることやってんだろ! 正体を現せーい!



「…………そんなに書くことあるの?」

「今日の分も先に」

「それただの妄想日記でしょ」

「ええやん別に。誰が担任やと思っとんねん」

「まぁそうだけどさ」


 架空の学級日誌を爆速で書き上げるハル。

 長瀬のことはちっとも見ちゃいない。


 さっきからハルのことチラチラ見てるな、長瀬の奴。なんかこう、バレないように気をつかってるってゆーか?


 黒板の日直欄に縦書きで名前を書く長瀬。頻りに背後のハルを気にしながら、何度も何度も振り返ってはゆっくりとチョークを走らせる。


 全然気にしたことなかったけど、あの二人って名前の文字数一緒だし、瀬の字が入るし、パッと見同じに見えるよね。縦書きだと特に。



「……………………」


 長 廣

 瀬 瀬

 愛 陽

 莉 翔

 

「……………………」キュッキュッキュ


   廣

 瀬 瀬

 愛 陽

 莉 翔


「…………んふふふ」キュッキュ


   廣

   瀬

 愛 陽

 莉 翔


「んへへっ……♪」キュッキュッキュッキュ


 廣 廣

 瀬 瀬

 愛 陽

 莉 翔


「んふっ……むへへへへへっ……!」



 ダルダルに緩んだ頬を抑え、うっとりした目で黒板を見つめる長瀬。えー、なにそのしょうもない遊び。ハルの見てないとこで…………ちょっとキモ。


 付き合いたてのカップルってわけでもないのに、こーゆーとこ長瀬って分かんねえよな……なんか変な動画撮れちゃった。今度ハルにこっそり見せよ。



「うしっ。完成」

「ビヤ゛アアアああアア゛アアああああ゛ァァァ゛ァ゛ーー゛ッ゛ッ!?」

「ううぉっ。ちょ、なんやデカい声出して」

「きっ、急に顔上げないでよぉぉおお!?」

「何故に?」


 大慌てで黒板消しを滑らせ、名前をゴシゴシ消していく長瀬。よっぽど見られるのが恥ずかしかったのか、背中を黒板に押し付け、消した跡まで隠している。


 あたしも相当だとは思うけど、長瀬も輪を掛けて変な奴だよな。あれでフットサル部の常識人気取ってるんだから、笑っちゃうよ。


 …………ふむ。



(廣瀬瑞希……ヒロセミズキ……おーっ。なんかスタイリッシュ!)


 次の日直、いつだったっけな。

 そもそもハルと被ることあるのか。


 ったく、しゃーねえな。面白い遊び教えてくれたから、免じて動画は消してやるよ! そうだっ、ひーにゃんに今度の日直代わってもらお~っ♪




【電撃戦】


 長瀬愛莉です。

 誰か助けてください。



「……とくん、陽翔くんっ」

「流石にもうバレるって……!」

「お願い、もう一回だけ……っ」


(…………また始まった……ッ!)


 新しいクラスになって早々に席替えがあった。去年からずっとハルトの隣をキープしていた比奈ちゃんは、あの手この手でくじ引きに不正を働き(橘田さんを何らかの方法で買収したらしい)再び隣の席をゲットしたのであった。


 場所は勿論、お決まりの窓際最後尾。ちなみにハルトの前が私でその隣は瑞希。琴音ちゃんは比奈ちゃんの横。ここでも不正が行われたらしいけど、真相のほどは定かではない。



「この問題は簡単だなー。メロスは何故自宅に戻ったのか。Melos was enraged, but his temperature was over 37.5 degrees Celsius, so he went home.,メロスは激怒したが、熱が37度5分以上あったので自宅に戻った。答えはBの37.5。次の問題はー……」


 模試対策の結構真面目な英語の授業だというのに後ろはヒソヒソとお喋りが止まらない。教室中の目を盗み二人が励んでいるのは……。



「んっ……んぅ……っ……じゅるっ、ひりゅ……んぅぅ……っ」

(ぜっったいキスしてるーーーーッッ!!!!)


 ピチャピチャと絡み合うような音が背中を伝う。振り返って確認しようにも勇気が出ない。というか見たくない。怖い。


 授業中に隠れてイチャイチャするのは二年の頃だけど、進級してから更に悪化している……信じられない、誰かに見られたらどうするつもりなの……!?



「…………」ツンツン


 隣の瑞希に肩を叩かれる。

 ノートの切れ端に……何か書いてある?



『前からこんなことやってんのあの二人』


 やっぱりというか当たり前だけど、瑞希も気付いているみたい。教師の声が大きいから私たちまでにしか聞こえないのが幸いだけど……橘田さんが前の席で本当に良かった……ッ。



『ここまでじゃなかった』

『もしかしなくても、みんなが固まってるせいでエスカレートしてる?』

『かもしれない』

『コイツ去年委員長だったんだよな?』

『でも比奈ちゃんだし……』

『なっとくしてしまう』


 日頃から簡単に手を握ったり頭を撫でたり、お凸がくっ付きそうなくらい近付いたり、ハルトとの距離感が誰よりもおかしい比奈ちゃん。


 もう恥ずかしいなんて概念は存在しないのだだろう。バレるかバレないか、ギリギリのラインを楽しんでいるんだ。



『なんでハルもことわらんわけ?』

『おどされてるのよ。嫌がったらわざ大声出して注目集めるの。去年もやってた』

『ゲスい』


 ううん。きっともう、バレてもいいと思ってるに違いない。ハルトのことが好き過ぎてちょっとおかしくなってる。


 出逢った頃はこんな子だったなんて思いもしなかった。というか去年の春先とはもはや別人。


 普段の清廉さも真面目な姿も、すべて破滅願望の裏返しだと考えたら……これから大丈夫なのかしら。心配になって来る。


 ……なんて、私も人のこと言えないか。やっぱりハルトって、女を狂わせる特殊能力でも持っているのかしら……?



「あわわわわわわわわ……!?」


 そして親友の暴走を間近で見せつけられる琴音ちゃんがもっと心配……。




【瑞希さんと遊ぼう】


 倉畑比奈で~す。

 特技は陽翔くんを困らせることで~す。



「ハルぅ~お腹空いたぁ~!」

「首筋を噛むな俺はご飯じゃない!」


 お昼休み。お手洗いから戻って来ると、陽翔くんと瑞希ちゃんが早速イチャイチャしていました。

 愛莉ちゃんは橘田さんに捕まっています。最近よくお喋りしてるんだよねえ。橘田さんの方から一方的にだけど。


 今日は四限が共通の現代文だったので、みんなそのまま教室にいる。どうしよう出遅れちゃった。って、あれ。琴音ちゃんもかな。



「一人でどうしたの? 琴音ちゃん」

「はあ。いつも通りの昼食ですが」

「陽翔くんと遊ばなくていいの?」

「……なんですか。まるで私が陽翔さんと常に一緒でなければ不満だとでも言いたげですね。私にも堪え性というものがあります。舐め過ぎですっ」

「そこまでは言ってないよ~?」


 他の子がいると恥ずかしがって強くアピール出来ない、いつも通りの琴音ちゃんです。でもその気持ちはわたしもよく分かる。特に瑞希ちゃん相手だと。


 今年から同じクラスになった瑞希ちゃんは、隙を見つけては陽翔くんにちょっかいを掛けて遊んでいます。


 わたしたちも普通に話し掛ければ良いんだけど……なんて言えば良いのかなぁ。二人の独特の空気って言うか?


 邪魔しちゃいけないなぁ~って気分になっちゃうんだよねえ。見えない壁みたいなものが確かにある気がする。



「さっさと購買でメシ買って来いよ。俺は愛莉の美味しいお弁当食べるけど」

「えぇ~。だるい~」

「揺らすな。食べ辛い」


 席をくっつけて陽翔くんの膝に寝そべっている。クラスメイトみんな居るのに……あれを躊躇いなく出来ちゃうのが瑞希ちゃんの凄いところだよねえ。



「ねぇゲームしよゲーム」

「どういう?」

「ザ・ドゥクシ」

「ザ・ドゥクシ?」

「昨日考えた。やる?」

「…………やる」


 相手しちゃう陽翔くんも陽翔くん。一応クラスのみんなには『愛莉ちゃんと付き合ってる』っていう設定なんだから、人目を気にして行動した方が良いと思うんだけどなぁ。まぁでも、甘やかしちゃうよねえ。可愛いもん瑞希ちゃん。



「ルールは?」

「あたしがハルに『ドゥクシ』ってする」

「ルールとは?」

「……ドゥクシ!」

「……………」

「ドゥクシ、ドゥクシ! ………ドゥっ……ドゥクッ……ドゥクシ!!」

「なにが楽しいそれ?」


 陽翔くんのお腹を指先で突っつく瑞希ちゃん。あんな風に近い距離でイチャイチャするのも、この一年で随分と見慣れた光景。

 本気で楽しそうにしているから、陽翔くんも怒るに怒れない。わたしもあとでやってみよ。



「なんか他のゲームにしてくれよ」

「しゃーねえなあ。じゃーんけーんぽい」

「ぽいっ」

「あっち向いてーー!!」

「……………」

「じゃーんけーんぽい! そっち向いてーー!!」

「いやお願いされても」


 よく分からない遊びに付き合わされて、陽翔くんも自然と笑顔が零れている。彼を笑わせることに関して、瑞希ちゃんの隣に出る人は居ない。


 わたしと陽翔くんだけのロマンチックな雰囲気も大好きだけど、ああやって性別関係無しに遊んだりお喋り出来る、仲良しなお友達みたいな関係性もちょっとだけ羨ましかったりする。あれは瑞希ちゃんの特権だなぁ……。



「なんだよ、あっち向けよ!」

「やだよそしたら負けになんだろ」

「じゃあにらめっこな」

「おっしゃ。絶対負けへんで」

「にーらめっこしって来ったよ~~♪」

「いつ誰とだよもう終わっとるやん」

「はいあたしの勝ちぃ~~っ!」

「違う、今のは笑ってない! 呆れただけや!」

「でも笑ってるじゃ~ん! はい負け~ザコ~!」

「ウザすぎるッ!」


 二人の愉快なやり取りをクラスのみんなも温かい目で見守っている。このまま放っておいたらいつまでお喋りしてるんだろう。


 う~ん。友達みたいな恋人って、やっぱり憧れちゃうなぁ。わたしももうちょっと抑えめに行けば、あんな風になれるかな?



「わたしたちもやろう。ザ・ドゥクシ」

「イヤです。どこにドゥクシするつもりですか」

「おっぱいですが~?」

「だから嫌だと言っているんです……比奈。最近そういうの、ちょっと多いです。女性として恥ずかしくない言動を心掛けてください」

「えっ? う、うん。分かった」


 真面目な顔で諭されてしまった。よりによって琴音ちゃんに、女性としての在り方を問われるなんて……わたし、何か変なことしたかなあ〜?


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