730. アへえ


「いやぁ~、いい汗掻いたっス……! 最後にサウナでこう、キュッと締めるのが良いんスよね~! …………あれ、廣瀬先輩?」

「ん。あぁ。せやな」

「なにかお探しっスか?」

「いやぁ。妙に視線感じて」

「誘拐犯とでも勘違いされているのでは」

「お前が背中から降りれば事済む話や」


 すっかり一人かくし芸大会状態になってしまったので、慧ちゃんが飽きたタイミングで一緒にジムを出て来た。

 張り合って無茶をしてしまった琴音は自力で立つことも出来ない。もっと恥ずかしがれ。仮にも後輩の前でシャンとしろ。



「本当にスポーツやって来なかったのか?」

「たま~にバスケ部とかバレー部の助っ人で呼ばれるくらいっスね~。家の手伝いが忙しくて、高校入ってやっと解放されたってカンジっス」

「ほーん……あぁここか。ホンマ駅近やな」


 学校の最寄り駅すぐ近くに構える療院。二階に自宅も兼ねているそうだ。何度か通り掛かったことがあるけど、慧ちゃんのご両親の店だったのか。


 曰く『自分のペースに付き合わせて無理させてしまった』と変に責任を感じているようで、せっかくならウチで施術を受けて行かないかと誘われたのだ。


 テナントの文字は半分くらい擦れていて読みにくい。店頭には赤が基調の小さな看板。療院というより繁華街のいかがわしいマッサージ屋を想起させる何かがある。詳しくないが。


 今まで意識して見たこと無かったけど、看板の顔が見切れている女性、慧ちゃんだよな。やたら胸元強調した写真だし。娘の扱いどうなってんだよ。



「はいはいどうぞどうぞ~! 親父ー! タダ働き頼むわーー!!」

「アァン!? 誰がするかよ馬鹿野郎ッ!」


 内装はそれほど凝ったものではなく、普通に人んちの玄関みたいな風貌だ。自動ドアを潜り慧ちゃんが大声で呼び掛けると、身長190センチを優に超えるだろう髭面の大男が奥から現れた。



「なんだ、学校のダチか?」

「フットサル部の先輩! 初回サービスってことで、良いでしょ!」

「カァーッ、先輩かァ。なら仕方ねえなァ~。あぁ、慧が世話になってるな。なんもねえところだがゆっくりして行ってくれ。腕には期待してくれていいぞ! これでも地元一の整体師で売ってるからな! ガッハッハッハ!!」


 馬鹿みたいなデカい声で笑う慧ちゃんパパ。背丈も声の大きさも、竹を割ったような豪快な性格も父親譲りというわけか。

 綺麗な白衣姿なのにすね毛と髭面のせいでまるで清潔感が無いな……熊みたいっていうか、熊。威圧感強すぎる。琴音超怖がってる。



「親父はこっちの先輩ね。楠美先輩はアタシがやるんで、ご安心を! 超気持ちいいっスよ!」

「アァン!? なんでぇお前美味い方持って行きやがって! ひっさびさに女の客だってのによぉ!」

「そーゆーこと言うからお客さん増えないんでしょーが! ほらっ、さっさと行った! ほんじゃ廣瀬先輩、ごゆっくりっス~!」


 二人は別の部屋へと消えていく。良かった、いくら慧ちゃんのパパとはいえこの人に琴音の施術を任せるのはちょっと……ただでさえ男苦手だし。


 あれ、ちょっと待て。じゃあ俺がこの人に? そもそも俺はマッサージ受けるなんて一言も言っていないのだが? あれ?



「おうっ、お前が一人しかいねえ男の先輩か! 廣瀬って言ったな?」

「お手柔らかに……」

「ガッハッハッハ! そう緊張すんじゃねえよォ! 慧に手ェ出すってんなら話は別だが、どうせあのべっぴんさんとイチャコラしてんだろォ!? ったく若いくせによォ羨ましいなァァエエ!?」

「ソ、ソウッスネ……」


 背中をバシバシ叩かれ施術室へ連行される。痛みとかは感じない。恐怖の方が圧倒的に勝っている。


 着替えることも無くマッサージベッドに寝かされる。内容や治療方法は聞いていないが、この感じだと足腰のツボを押していくタイプか。セレゾン時代もこの手のマッサージは受けたことないな……。



「ほーう、良い身体してるじゃねえか! こりゃ中々……あぁ、腰周りは特に解した方が良いな。だいぶ溜まってるぜ」

「見ただけで分かるんですね」

「そりゃそうよ、これが生業だからな! うっし、ちょいと痛むぜ!」

「ホホッ゛!?」


 タオルを掛けられ施術が始まる。まったく準備していなかったので、ゴリゴリに体重を乗せられ変な声が出てしまった。これがなんとも痛気持ちいい。


 指圧を駆使した非常に繊細なマッサージだ。良し悪しはサッパリだが、身体の固い部分をポンポイントで解されているのがなんとなく分かる。腕は本物のようだ……このままうつ伏せのまま終わって欲しい。顔はあんまり見たくない。



「慧が男を連れて来るなんざ初めてでなぁ。ガサツなとこばっかり俺に似ちまったもんでよぉ、男に囲まれてるとどうしてもああなっちまうのかねえ!」

「……奥さんは?」

「十年前に出てっちまったよ! アイツも腕だけは確かでなぁ、おかげで女の客がすっかり消えちまってよォ。慧には期待してたんだがなァ……まぁでも、流石に高校生にもなって親の言いなりってのも可哀そうだろ?」


 男手一人で慧ちゃんとお兄さんたちを養って来たのか。慧ちゃんはクソ親父だなんだと前に話していたが、良いお父さんじゃないか。顔怖いけど。



「今となっちゃなんでも良いんだけどな。兄二人とも専門学校出て戻って来てくれてな、俺に似てイケメンでよぉ! これで心配無用っつうわけだ!」


 でも手つきがやらしくて不評なんでしょ。それも慧ちゃんから聞いたよ。うーん、技術は確かなのに余計なところで客を逃している……。



「っし、じゃあ本気出すから」

「え? 本気? 今までのは?」

「んなんウォーミングアップってやつよぉ! オラッ、行くぞッ!!」

「あっ、ちょ、待っ――――イ゛ッでええ゛ええ嗚゛呼アアア゛ア!!!!」


 太もも周りをあり得んパワーで握られ思わず絶叫。もう片方の手で肩を押さえ付けられ身動きも取れない。



「ガッハッハッハ!! 顔に似合わず女みてぇな声出すんだなァッ!!」

「ギブギブギブ゛ッッ!゛! タ゛イ゛ムッ!!」

「フットサルにタイムもクソもあるかぁい!」

「あるん゛だよッ!! タイムアウトッ!!」


 ゲラゲラ大声で笑いながら超指圧を繰り出し続ける慧ちゃんパパ。

 いやちょっ、無理無理ムリッ、痛いとかそんなレベルじゃないッッ!! こんなん施術じゃなくて破壊、破壊だからッ!! 右脚千切れる゛ゥッ!!



「オラ、次は足裏だ! 覚悟しろ軟派野郎ッ!」

「ちょっ、偏見が過ぎッ、アァァああ嗚呼゛アアア゛アア゛ァアア゛ァ゛クッソ痛てエ゛エェェ゛ァァア゛アアア゛ァァーー゛ーー゛!!゛」






「……聞いてた話と違げえよォ……ッ!」

「ガッハッハッハ! ったく男が情けねえなァ! 痛がりと早漏は嫌われっぞ!!」

「じゃかあしいわ!!」


 たった十五分の施術とは思えない。永遠に続くかのような地獄を見せられた。

 パイプ椅子に腰掛けグロッキー状態のところ慧ちゃんパパが水を持って来てくれる。この程度の施しで許しはしない。一生恨んでやる。



「どうよ、だいぶ軽くなっただろ?」

「……うん。まぁ、凄いっすね」

「たりめえよォ! 俺の腕に掛かれば死に掛けのジジイもあっという間にオリンピック選手へ様変わりっつうわけさ!」

(安易にツッコむのはやめておこう……)


 施術前と比べると身体は飛躍的に軽くなっている。ジムの疲れは勿論、昨日のフィジカルトレーニングによる足腰の疲労も吹っ飛んでしまった。垂直飛びしたらありえん記録を叩き出せそうな気分。


 なんなら上京してから一番コンディションが良いかも分からん。こんなに効果があるなら大会前にも世話になるべきか。

 いやでも、あの痛みはなぁ。一生分の苦痛を味わった気がする。今ならお産にも耐えられそうだ。



「っと、他の客が来ちまったな。悪いけど慧の方にでも行っといてくれや。毎回タダってわけにはいかねえが、ちっとはサービスしてやるからよ。また頼むぜ!」

「お気遣いドーモ……」


 玄関にヨボヨボのお爺さんが現れ、慧ちゃんパパは爺さんを連れ隣の部屋へ。言われた通り二人が施術している部屋は……そのもう一つ奥か。


 パパさんの話だと、元々は跡取りにされる予定だったという慧ちゃん。それなりにマッサージ技術を仕込まれているとのことだが。

 さっきから微かに声が聞こえてるんだよなぁ。もしかしなくても琴音の叫び声だと思うのだが。



「チェストォっ!!」

「んほおおおおおおおおォォォォ!?」


 それらしい白衣に身を包み、ガウン姿でうつ伏せになった琴音の背中を肘でグリグリ押し込みまくる慧ちゃん。扉を開けると艶めかしい嬌声が弾け飛んで来た。


 続いて馬乗りになり肩をギュッと握ると、身体をグラグラと揺れ動かし全身を刺激していく。

 シーツを掴み甲高い悲鳴を挙げる琴音、よく見ると枕もとがよだれでベチャベチャだ。そ、そんなに気持ちいいのか……。



「いやぁ~、楠美先輩カラダ超硬いんでやり甲斐あるっスわ~!」

「だっ、大丈夫か? 顔ヤバない?」

「アタシは気持ちいいマッサージ専門なんで、心配ご無用っス! はいはいっ、お尻のとこ一気にグイっと行くっスよぉ!」

「アヘええええエエぇぇェェ……ぅッ!!」


 アヘえ、って。琴音さん。

 そのリアクションはちょっとダメでしょ。


 ベッドの前に回って顔を覗き込んでみる。目の焦点はまるで合っておらず、危うく白目を剥き掛けていた。美少女の面影ゼロ。普段のクールぶった佇まいとは程遠い情けない面だ。


 というか、若干○○掛けてない? その顔は何回か昇天してません? 琴音さん? まぁまぁハードな18禁ゲームのそれなんですが? 大丈夫ですか?



「こらこらっ、駄目っスよ先輩! 部屋にいるのは構わないっスけど、施術中のお顔だけは保証できないんで! デリカシー大事っス!」

「あ、うん。ごめん……」

「んあへええええぇぇェェ……!!」


 陸に打ち上げられた魚みたいにビクビク跳ね上がる琴音の小さな身体。

 極上のマッサージであることだけは確かなようだ……シャワーを貸して貰えるか今のうちに交渉しておこう。


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