725. それは名案だ
練習後。谷口に談話スペースへ来て欲しいと言われ一年を連れそちらへ赴くと、例の五人がしょぼくれた顔で待っていた。
時折聞こえて来た怒号から察するに相当絞られたようだ。ご自慢の生意気面もすっかり影を潜め、雷にでも打たれたみたいにガックリ項垂れている。
「あの……練習の邪魔して、すいませんでした」
「申し訳ありませんでした……」
「全然、そういうつもりじゃなかったんすけど……見下すようなこと言って、すんません……」
「さーせんした……」
口々に反省の弁を述べる四人。ここまで神妙に謝られても困ってしまうというのはある。一年たちも似たようなことを考えていたようで、どう返せば良いものかと苦笑いでやり過ごすばかり。
正直に申し上げると、もう彼らに対しほとんど関心を持っていなかった。試合も至ってもとっくに二時間前の出来事で。
練習へ没頭するうちに忘れ掛けていたのもあるし、彼がそちら側に立って物を言うのであれば、答えは既に出ているも同然。
「気にすんな。こっちも良い経験になったしな。フロレンツィアでの名声も高校じゃ通用しねえ。これに懲りて、面を汚すような言動は控えておけ」
「そういうことだよ。廣瀬くんが世代別代表だって知ってたら、絶対にあんな態度取れなかっただろ? 驕りが態度に出てるんだよ……ッ」
「元な、元。そこ重要」
和田以外の連中がやたらビクビクしていると思ったら、俺の身の上も話したのか。谷口も谷口で窘め方がズレている気がするが、まぁなんでもいいや。
長々とお説教を続けるつもりも無い。同じクラスの奴もいるのだし、今後の関係性に尾が引いても困る。何度も言う様だが、もう興味が無いのだ。
改めて謝罪を受け取りこの件はおしまい。谷口は四人を引き連れ新館を後にした。残る和田少年は、それはもう気まずさ全開の青白い顔色を浮かべ、このように話を始める。
「……結局、オレの覚悟の問題なんです。オレがいつまでも煮え切れないでいたから、フットサル部に問題を持ち込むようなことになっちゃって……」
「そんな……和田くんは悪くないよっ」
「いや、違うんだ。オレの曖昧な態度を取っていなければ、早坂さんもあんなことを言われなかった。だから、本当にごめん……」
和田少年が一歩前へ出て、困惑する有希へ深く頭を下げる。試合中に真壁が言い放った暴言のことだろう。元を辿れば有希が和田少年を庇ったのが発端ではあるし、負い目を感じるのも不思議ではない。
続いて俺の方を向いて、和田少年はなんとも居心地悪そうに目線を合わせたり外したりしながら、こんなことを言うのであった。
「廣瀬先輩に言われた通りです。みんなと上手く行っていないストレスとか、不満とか……そういうのをフットサル部にぶつけていただけだったんです」
「ああ。そう」
「フットサル部で頑張っても……変な言い方ですけど、それってオレにはあんまり意味の無いことで。全然、努力する方向性が違ったんですよ」
連中との関係性に思い悩んでいるうちには、どれだけフットサル部の活動に打ち込めど彼には逃げにしかならない。
先のお悩み相談はまったくの無駄足でしかなかった。その時は彼らの事情など知る由も無かったのだから、どうしようもないことではあるのだが。まぁ終わったことを悔いても仕方ない。
「オレ、みんなと対等になりたかったんです。ピッチの中でも外でも、勝手に蓋をして諦めて……自分を下に見ていたのは、他でもないオレ自身なんです」
「じゃあ和田くんは……やっぱり、サッカー部に入るの?」
「ごめん早坂さん。オレ、後悔はしたくない。廣瀬先輩にも言ったんだ。少しでも引っ掛かったままなら、それはオレにとって、やっぱり逃げなんだよ」
有希はちょっぴり残念そうに肩と落とす。生真面目な彼のことだ。本当に必要なモノ、やらなくちゃいけないことはなにか、もう分かっている。
和田克真の抱えるジレンマを解く鍵はフットサル部には無い。サッカー部、彼らとの関係性のなかでしか見つけられないものだ。
楽な方へと流れることも出来た。だが、彼には彼のプライドがある。プレーヤーとしてだけでなく、一人間として彼が次のステージへ辿り着くために。理想の姿を得るために、乗り越えなければならない壁がある。
「すいません、廣瀬先輩。色々と良くして貰ったのに、結局こんな形で……」
深く頭を下げる和田少年。本当によく謝る奴だ。
自覚があるのか無いのか分からないが、こうやってすぐ下手に出るのも連中に舐められた一因だろうに。まったく先が思いやられる。そんな調子で上手くやっていけるのだろうか。
仕方ない。最後の施しだ。
自力で吹かせてみるか。先輩風。
「最後のシーンやけどな」
「……はい?」
「有希が決めてくれたから良かったけど、もし入らなかったらカウンターで逆に失点してもおかしくなかった。守備の準備も枚数も足りとらんかったし」
「それは……そう、ですね……っ」
「お前が倒れている間は数的不利のままや。どっちにしろ立ち上がるまで時間が掛かり過ぎなんだよ。もっと体幹鍛えろ」
結局はただの部外者でしかなかった俺やフットサル部だが、何もかも無かったことにするのは惜しい気がしている。つまるところ俺のエゴなのだが。
親身に相談へ乗ってやったのだから、一つくらい収穫があったことにしておいて欲しいという、ただただ個人的な我が儘だ。
「なんでも飛び込めばええわけやない。先に触らせてトラップ際を狙うとか、パスコースを消して攻撃を遅らせるとか、やりようは幾らでもあった。まぁ、ゴールになった以上それも正解やけどな」
「は、はぁ……?」
「サッカー部、月曜は自主練メインなんだろ? 谷口から聞いた。日曜はだいたい練習試合で、試合に出たメンバーは別メニュー。参加も強制じゃない。テツなんていっつもどっか遊びに行くらしいし」
「……あの、廣瀬先輩?」
「克真。お前、月曜だけ顔出せよ。ただでさえフィジカルも弱いし走れねえんだから、鍛える場所は幾らあってもええやろ」
下の名前で呼ばれただけでも随分な驚きようだが、続く提案に克真は目を見開き小さく声を漏らす。そんな彼の様子など露知らず、有希も『それは名案だ』と言わんばかりに頷いた。
「わあっ! じゃあこれからも、一緒に練習出来るってことですよねっ!」
「谷口には俺から話しておく。兼部は無理やろうけど、活動に参加しちゃいけないなんてルールはねえからな」
ちょうど良い落し処だと思う。フットサル部のレベルはとうに証明済みだし、克真にとっても悪い話ではない筈だ。
俺たちにもメリットはある。これからチームとしての成熟度を上げて行かなければならないなかで、初心者らに時間を割くのは実際のところ中々難しい。そこに克真だ。慧ちゃんと小谷松さんにも良い見本になるだろう。
「で、でもっ……それじゃ先輩も、皆さんにも迷惑になるんじゃ……?」
「一人増えるくらい大して変わらねえよ。それとも、女だらけじゃ集中出来ねえってか?」
「いやいやいやいやっ!?」
茶化し半分に問い掛けると、克真は大慌てで手を振り後退り。そんな彼を見て、真琴は呆れた様子で小生意気に鼻を鳴らし。
「先輩が許可出すってんだから、一年が文句言ったところで意味無いでしょ。好きにすれば?」
「……長瀬さん」
「真琴で良いよ。姉さんと紛らわしいし。ついでに言っとくケド、あくまで練習生だからね。そっちのけで色目使うようならすぐ出てってもらうよ」
「そっ、そんなことしないって!?」
口ではそんなことを言うが、試合中も楽しそうにしていたしな。同じくらいのレベルでやり合えるライバルが出来て、内心喜んでいる筈だ。克真の存在は真琴にとっても大きく作用するだろう。
「アタシも全然オッケーっす! むしろ色々教えて貰えるなら大歓迎っすよ! ねっ、セーラちゃん!」
「…………」
これといって気にする素振りも無い慧ちゃん。小谷松さんも大きく頷く。とはいえ喋らないし視線も合わせてくれないので、克真はやり辛そうだが。
勿論、残る彼女も賛成してくれる筈だ。
実のところ、目的の半分は有希。上手く言えないけれど、根っこの部分がよく似ている気がするんだよな。この二人。
真面目で努力家だけど、ちょっとだけネガティブ思考。でもそれを飲み込んだ上で、しっかり前を向けるだけの強いメンタリティーを持っている。
プライベートの面は真琴が一緒だけれど、フットサルの実力やチーム内での立ち位置という意味で、有希はちょっと宙ぶらりんなところにいた。
慧ちゃんと小谷松さんは完全な初心者だから、やっぱり同じ視点に立つのは難しい。
となると、サッカー部で似たような立ち位置に置かれている克真の存在は、有希にとっても大いに刺激になるし、何より支えになると思うのだ。相乗効果で互いに得るモノも多い筈。
「わたしも和田くんに色々教えて貰いたいですっ! 月曜だけと言わず、いつでも大歓迎ですよっ!」
「あ、ありがとう、早坂さん……っ」
「一緒にがんばろうねっ!」
屈託の無い笑みを振り撒く有希に、それはもう分かりやすく照れる克真である。なんともよそよそしい反応だ。
有希も普通に可愛いからな。こんな同級生どう足掻いても気になるわ。真琴が心配していたのもこっちの方だったか。
「使えるものは全部使え。一度チームメイトとして同じコートに立った以上、お前もフットサル部の仲間や。遠慮はいらねえ」
「……先輩……っ」
「こないだの相談、改めて答えを出してやる。どっちか選ぶ必要は無い。やりたいこととやらなきゃいけないこと、なんもかも程良くつまみ食いして、上手いことやるんだよ。賢く貪欲に生きろ…………次の月曜、楽しみにしとるで」
「…………はいっ!!」
力強い返事を返して貰ったところで、この話は本当に終わり。残念ながら勧誘失敗だ。だが仕方ない。抗えない運命だったのだろう。
(……とはいえ、な)
峯岸に貰った入部届、あとで返しに行かないと。
やっぱり本当は、なんて、流石にナシか。
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