724. 見誤るなよ
「おおっ! ナイスパスゆっきー!」
「シュートまで行けますよっ!」
瑞希とノノが身を乗り出し口々に叫ぶ。左サイドの和田少年は完全なフリー、枚数もこちらの方が多い。一気にカウンターのチャンスだ。
流石に自由にさせるわけにはいかないと踏んだのか。慧ちゃんにピッタリ付いていた茶髪野郎がマークを外し半ば投げやりに食らい付く。
素早いプレッシングに一瞬狼狽える和田少年だが、足元の冷静さまでは失っていない。アウトサイドの細やかなタッチでボールの置き処を変え、焦ることなくキープし続けている。
「オーバーラップ来るぞッ!」
「分かってるっつうの!!」
和田少年の後ろを真琴が追い越す。中央には有希が走り込み、二つの選択肢が生まれた。連中はそれを警戒し和田少年へのマークを一瞬ばかり緩める。
笑えるくらい予想通りの動きだな。これだからアカデミー出身の温室育ちはダメなんだよ。なんて、俺が言うべきじゃないけど。
真っ先に潰すべきはボールホルダーだというのに、まだ起こりもしていない次の展開ばかり考えている。アリバイ臭い守備しやがって。
「……いやいや、駄目だって。あんなにスペースがあったらもう……」
「後は料理するだけやな」
谷口もお察しのようだ。
あの距離感じゃボールは奪えないよな。
アウトサイドで鋭く切り返し、中央へとカットインを図る和田少年。単騎で仕掛けて来るとは予想外だったのか、マーカーの出足が僅かに遅れた。
そう。これこそが狙いだ。少ない人数、限られたスペース。だからこそ、一人ひとりがいかに違いを作るか……。
『――――ええか少年。序盤に女性陣が畳み掛けるまで、絶対に目立った動きはするな。一人で打開しようとか考えるなよ』
『えっ……でもそれじゃ、アイツらの守備を崩すのは難しいんじゃ……』
『よく考えろ。お前一人に負荷が掛かるような状況になったら、それこそお前が潰されたらチームとして終わりやろ。ギリギリまで味方に頼るんだよ』
『……じゃあ、タイミングを見て?』
『ああ。四人が必ず、お前のための時間を作ってくれる。そこで仕掛けろ。絶対に見誤るなよ……そこで一点決まるかどうかで、この試合の結果が見える』
試合前。俺は和田少年にこんな言葉を掛けてコートへ送り出した。なにも彼の実力を疑っていたからではない。勿論、女性陣に無理な頑張りを強要したかったわけでもなかった。
そもそも和田は前線向きの選手じゃないのだ。機転の利いたポジショニング、素早い出足。派手さは無いが堅実なボールコントロール。そしてここぞという場面での危機察知能力。
まさにボランチの特長。それも宮本のような刈り取るタイプのクラッシャーでも、日比野のような長短のパスを織り交ぜるプレーメーカーでもない。
攻守両面におけるポジショニングの妙。全体のバランスを整え、チームの特長を最大限まで引き伸ばす。これぞ和田克真というプレーヤーの真骨頂。
「おっ、繋がった!」
「慧ちゃんっ、簡単に叩くんですっ!」
中央に鎮座する慧ちゃんへ鋭い縦パスが入る。ノノの指示通り、慧ちゃんは相手を背いながらワンタッチで和田へリターンパス。
地味ながら完璧なポストプレーだ。彼女も彼女で望外のクオリティーを発揮してくれている。
だが今回ばかりは主役が違う。パスを受けた和田少年、更にダイレクトでサイドへ開いていた真琴へ一気に展開。
フロレンツィア出身の実力者と言えど、ダイレクトでこうもハイテンポなパス回しを披露されれば処理も簡単ではない。真琴は完全にフリーとなった。
(仕上げは誰かな)
切り裂くようなグラウンダーの鋭いクロス。目当ては慧ちゃんでも有希でもない。更に奥、ファーサイドへ走り込んでいた……小谷松さん!
「あっ!?」
「トラップが……!」
比奈と琴音が悲鳴にも似た声で叫ぶ。ドフリーの小谷松さん、そのまま合わせれば問題なくゴールの筈だったが、ここで痛恨のタッチミス。
スピードのあるラストパスを処理し切れず、軸足の左脛に当たってしまう。斜め後方へ転がったボールは真壁のもとへ……。
「いやっ、まだ切れてへんでっ!」
「突っ込め和田ッ!!」
身を挺したスライディングで真壁の足元へ滑り込む和田少年。互いに脚を伸ばし切ったギリギリの攻防。勝負の行方は……!
「――――早坂さんっ!!」
ガチンと何かが叩き割れるような音が響いて、ルーズボールが天高く舞い上がった。
先に触ったのは真壁。だが和田少年も負けじと脚を競り上げつま先を伸ばし、方向を変えた。ボールはそのままゴール前へ!
慧ちゃんはヘディングで押し込もうとその場で垂直にジャンプ。が、間一髪のところで相手に邪魔をされ、上手く飛ぶことが出来ない。ライン上に構える浅黒い肌の青年がクリアに掛かる。
でも、もうおしまい。無駄な抵抗だ。
波状攻撃はこれを持って完結する。
最後まで希望を見捨てなかった、一人の少女の頑張りが。すべてを報い、新たな扉を開いたのだ。
「――――やああああっ!!」
もうほとんどズッコケているようなものだった。腕を大きく広げて身体ごと投げ出すようにボールへ飛び込む。
バウンドの乏しいフットサルボールは不規則な回転を描き、早坂有希の控えめな胸元へと着弾。
足元に身体ごと飛び込んで来たこともあって、浅黒肌の青年は脚を振り上げるのを躊躇ってしまった。反応出来なかったのだ。
青年のちょうど膝上をすり抜け、ボールはゆったりとした速度でネットへと収まる。一瞬の静寂を待ち、新館裏コートに爆音の歓声が轟いた。
「やっ、やったああああ!!」
「ううぉっしゃーーーー!! ユーキちゃん、超ナイスガッツっすよ!!」
「ナイスゴール、早坂さんっ!」
「あーあ。美味しいとこ持ってっちゃって!」
ゴールまで倒れたままの有希に四人が駆け寄り歓呼の輪を弾ませる。コートサイドも狂気狂乱。ノノとルビーまで抱き合って喜んでいた。
これで2-0。五分一本の予定だったが、ストップウォッチは既に試合終了10秒前を指し示している。今は亡きゴールデンゴールということで、まぁ良いか。
「ほ~、こりゃエライ気持ちの入った……ユッキもようあそこおったな~!」
「居たんじゃねえよ。パスに反応したんや。和田からラストパスが来るって、信じて走ったからこそのゴールや」
小谷松さんが一発で仕留められなかったのを見て、すぐに零れ球へ反応出来るよう切り替えたんだ。出足も非常に速かった。
今までは試合中アワアワしていることが多かった有希だが、どうやらアレは自分がボールを持っているとき限定みたいだな。
機を見たスペースメイクとその活かし方……どこにボールが零れて来るか、しっかり予測出来たんだ。
偶然でもなんでもない。
有希が有希だからこそ生まれたゴールだ。
「で。どうすんだよ。まだやるのか? あと数秒しか残ってねえけど」
「……んなんだよっ……! なんでこんな、女だらけのチームに……!」
「いっ、いやいや先輩ッ! ほら、よく二点差は危険なスコアって言うじゃないスかァッ! こっから俺らも本気で……!」
「だ、そうだけど。どうなんだよ部長」
ここでフロレンツィア四人衆。試合を観察していた谷口の存在にようやく気付いたようだ。和田少年までギョッとした顔で固まっている。
軽く背中でも押してやろうかと思ったが、どうやらその心配も無さそうだ。フットサル部に押し掛けて、まぁまぁな迷惑掛けているわけだからな。流石の温厚な部長も黙っていられないだろう。
「……百歩譲って、試合は良いさ。フットサル部は強いからね。みんなにも良い経験になっただろ…………でも、その態度はどうなんだよ。試合中克真にも、いまゴール決めた子にも……結構なこと言ってたよな!?」
「いっ、いや、それはあくまで試合中の話で、オレらそんな……ッ!?」
「貴重な時間を割いて試合してくれたんだぞ!? リスペクトの欠片も見えない、その上からな態度はなんだよっ! マジでふざけんなよッ!?」
こっちへ来いと強気な語尾を飛ばし、四人を談話スペースへと連れていく谷口。完敗を喫したショックと部長を怒らせてしまった気まずさも相まって、皆揃ってガックリと肩を落としていた。
「へっ。いい気味だなっ」
「やめとけ、瑞希。傷口に塩塗るような真似するな…………なに。どうした?」
滝のように汗を流した和田少年が、俺の前に立ち尽くしている。次に何を言い出すのかはだいたい予想が付いた。
「……オレも行って来ます。結果的にフットサル部へ迷惑掛けちゃったんで……ごめん早坂さん。オレのせいで酷いこと言われちゃって」
「う、ううんっ。それは全然大丈夫だけどっ……でも和田くんは?」
「良いんだ。オレ自身のケジメでもあるから……すいません、廣瀬先輩」
「おう。行ってきい」
丁寧に頭を下げ新館へと消えていく和田少年。そんな彼の背中を見つめ、ようやく具合が良くなったのか愛莉がコソコソ近付いて来てポツリと一言。
「良いの? ハルト」
「言ってたろ、アイツなりのケジメなんだよ。それに答えも出たみたいだしな…………あーあ、貴重な新戦力やったのになぁ……」
「へっ?」
「じゃ、練習再開な。一年は一旦休憩で、上級生はそのままミニゲーム。ほら、チンタラすんな。身体冷えちまうぞ!」
つい数分前の激闘が嘘のように、新館裏コートへ和やかな空気が帰って来た。これにて一件落着というわけだ。
そんなに不思議なことでも無いだろ、愛莉。まぁすぐに分かるから。取りあえず切り替えろって。お腹抑えてないで。
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