723. わたしだから出来ること
(すごい、すごいっ! 本当に廣瀬さんの言う通りですっ!)
慧ちゃんと聖来ちゃん。三人で肩を組んで喜び合って、自分たちの陣地へと戻ります。その途中、廣瀬さんはとっても意地悪な顔でわたしに向かってグーサインを送って来ました。ついつい嬉しくなって、控えめなピースを返してしまいます。
夢を見ているかのようでした。聖来ちゃんのセンタリング? クロス? はまるで瑞希さんやノノさんのようで。
慧ちゃんの火が出るようなヘディングシュートは、愛莉さんが得意にしている物凄いゴール。
いつもコートの外から見ていた、遠い世界で起こっているような物凄いプレーを、慧ちゃん、聖来ちゃん。マコくん。そして和田くんだけで、再現してしまったんです!
「有希っ! 集中集中っ!」
「う、うんっ! だいじょうぶっ!」
ゴールシーンを頭の中で再現していると、隣のマコくんからちょっと強めな声が飛んできて、わたしは大慌てで走り出します。試合はもう再開していました。
ふろれんつあ? の四人は、さっきとは比べ物にならないほど真剣な表情をしています。いや、もしかしたら怒っているのかも。
きっと驚いているんだと思います。こっちは女の子四人と和田くん。わたしと慧ちゃん、聖来ちゃんは初心者なんですから。まさか一点取られるなんて……そう思っているに違いありませんっ。
「おっしゃーー!!」
「ああもうッ、うぜえなッ!」
ボールをキープしている人が、それはもう面倒だという焦った顔でコートの端へと逃げていく。慧ちゃんが元気な声を飛ばしてプレッシャーを掛け続けています。きっとパスコースが見当たらないんですっ。
『慧ちゃん、難しいことは何も無い。とにかく相手のゴールの近くでパスを要求するんだ。ボールを奪われたら全力で取り返しに行く。躱されても諦めずに、何回でもチャレンジしよう。そしたら必ずええことがあるから』
廣瀬さんの指示を慧ちゃんは忠実に守っています。何度も何度もボールを追い掛ける姿は、いつの日かドキュメンタリー番組で見た、獲物を探しサバンナを駆け巡るライオンのようです!
わたしも経験があります。ミニゲームの時、愛莉さんにプレッシャーを掛けられると凄くドキドキしちゃうんですっ。やっぱり背が大きいって、それだけ大きな武器になるんですね……っ!
「ゲッ!? いつの間にっ!?」
「…………っ……!」
慌ててパスを出した先には、なんと聖来ちゃんがいました。パスを要求していた男の子もとてもビックリした顔をしていますっ。
聖来ちゃんは本当に足が速いんですっ。今のプレーも、男の子よりずっと後ろの方に構えていたのに……物凄いスピードで、先にボールへ触ってしまったんです!
『小谷松さんは、慧ちゃんと反対の動き。なるべくボールから離れて、ここにパスが来そうだなって思ったら、一気に走り出すんだ。攻撃でも守備でも一緒』
『試合中、必ず誰も居ない大きなスペースが生まれる。そこが小谷松さんの一番輝く場所だ。パスが来なくても、何度でもトライして欲しい』
これも廣瀬さんの言う通りでした。それでも聖来ちゃんは不安そうな顔をしていましたが、続けて廣瀬さんはこんな風に話していたんですっ。
『上手い下手はあんまり関係無いんだよ。大事なのはゲームに対する姿勢とコンディション。どれだけ気持ちを切らさず走り抜けるか』
『ほら見てみな。アイツら、適当にパス交換するだけでまともに身体動かしてないだろ? これから本気モードの試合だってのに、全然準備が出来ていない』
『その隙を突いて、一気に攻め込むんだよ。たった五分の短いゲームや、先に点を取った方が圧倒的に有利……こっち次第でどうにでもなる』
『フットボールの有難い格言を教えてやる。強いチームが勝つんじゃない。勝ったチームが強いんだよ。お前ら五人なら、それを証明できる!』
買いたての新しい玩具を手に取ったみたいな、キラキラ輝いた瞳が印象的でした。ちょっと子どもっぽくて、でもすっごく大人びて見えて。
本当に、本当に不思議ですっ。廣瀬さんが大丈夫だって、必ず出来るって、そう言ってくれるだけで……本当になんでも出来ちゃいそうな気がするんですっ!
「小谷松さん、落ち着いてっ!!」
「あっ……聖来ちゃんっ!?」
和田くんの大きな声がコートに響きます、って、大変ですっ! 少し考え事をしている間に、聖来ちゃんがボールを奪われてしまいました!
同じクラスの真壁くん、小柄な聖来ちゃんにも容赦ありません。肩をぶつけて聖来ちゃんを弾き飛ばしてしまいました! ううっ、大人げないっ!
「有希っ! 遅らせてっ!!」
そのまま真壁君がドリブルで仕掛けてきますっ。マコくんの指示通り、わたしは真壁君の前に立ち塞がりました。
身体を半身にして、ゴールに近付けないように、サイドへ追いやるんですっ。比奈さんから教えて貰ったディフェンスのコツを今こそ……!
「調子乗ってんじゃねえぞ!」
「ひゃあッ!?」
加速して縦へドリブルする真壁くん。だっ、ダメです! こんなに速いドリブル追い付けませんっ!? どうしようっ、このままじゃシュートを……!
「ナイスカバー、早坂さんっ!」
そのときですっ! わたしの後ろからバビュンと現れた和田くんが、代わりに身体をぶつけて真壁くんへ立ち塞がりますっ!
きっと真壁くんはわたしに気を取られて、和田くんのことが見えていなかったんだと思います。脚を上手く入れて、コートの外に出してしまいましたっ!
……あっ、危なかったぁ~……っ!!
「クソがッ……! あんなまぐれゴールで調子乗ってんじゃねえぞ! 女の味方してそんなに楽しいかよっ!」
「……なんだって?」
「お前のそういうところが駄目なんだよッ! いっつも安全なところにいて、なんのリスクも負わない……ハッ、いかにも和田らしいプレーだなっ!」
キックインの準備をする間、真壁くんは太々しい態度でそんなことを言い放ちます。和田くんは悔しそうに歯を食い縛りましたっ。
わたしだって黙っていられませんっ。和田くんはわたしたちのために、必死にプレーしてくれているのに……そんな言い方って、無いと思いますっ!
「まぐれじゃないっ! みんなの力を合わせて取った、ちゃんとしたゴールですよっ! 実力なんですよっ!」
「……あぁっ?」
「和田くんは和田くんの仕事をちゃんとやってるんですっ! 一点負けてるのに、そんな言い方は良くないと思いますっ! 負け犬の遠吠えってやつですよ!」
「……なんだとォ……ッ!?」
怒りを溜め込みわたしを睨み付ける真壁くん……やっ、やってしまった! ついつい言い過ぎてしまいましたっ……!ど、どうしようっ!?
いっつもマコくんにも『有希の案外強気なところ結構好きだけど、一言多いからハラハラするんだよ』って言われてるのに……またやってしまいましたっ! ううっ、でも仕方ないじゃないですか! つい口に出ちゃうんですよぉっ!
「ハッ! 一番下手くそな奴が粋がってんじゃねえよ! お前も和田と一緒じゃねえか……!」
「……へっ?」
「上手い奴に囲まれて、守られて、自分も上手くなった気でいるんだろ? 一人じゃなんも出来ねえ、おんぶ抱っこの癖してよ……!」
……おんぶ抱っこ。
わたし……みんなの足を、引っ張ってる?
「ユーキちゃん! なんかピンチっぽいっす!?」
「ふぁっ!?」
ボールが少し後ろにまで戻っています。慧ちゃんのディフェンスは簡単に躱されてしまって……今にもシュートを撃たれそうですっ。
誰も守備に行けていない、フリーの状態です。どうしよう、このままじゃ……わたしのせいで、ゴールを取られちゃう……っ!
「――――だから、ボーっとし過ぎ!」
地面から火が噴き出すようでした。ハスキーな声色がコートに響いて……マコくんが決死のスライディングで、シュートをブロックしたんですっ。
「有希ッ! 言われっぱなしで悔しくないのっ!」
「マコくん……っ!?」
「あの人も言ってただろっ! いつまで初心者ぶってるんだよ! 有希にも、有希にしか出来ないことがある! このチームの中に有希は入ってないの!?」
背中ごと押し潰されそうになりながらも、マコくんは必死にボールをキープしています。あんな鬼のような形相、初めて見ました。
いや、そうじゃないんですっ。マコくんが頑張っている姿は、中学の頃からずっと見て来ました。サッカー部の練習もそうでした。あんな風に凄い顔をして、必死にボールへ食らい付くんです。
でもそれは、わたしに向けたものじゃなくて……わたしにはいっつも優しくて、ちょっと気取ったカッコいい顔ばかりしていて。
そんなマコくんが、初めて本気の顔でわたしを怒ったんですっ。それはきっと……わたしのことを、同じチームの選手として、認めてくれているから。期待してくれているからなんですっ。
(上手い下手は関係ない……気持ちが大切……っ!!)
ついにマコくんは押し潰されてしまいます。それでもなんとかボールだけは死守して、わたしの足元へそれは転がって来ました。
(そうだ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ背伸びするんだっ! 本気で頑張れば、なにかが見えて来る……っ!)
我に返ったわたしは、ボールをトラップして、前を向きます。左サイドから和田くんが駆け上がる姿が見えました。
すぐに真壁くんがボールを奪い返そうと近付いてきます。でも、不思議と怖くはありませんでした。今ならどんなことでも出来てしまいそう。
ごめんなさい。心配掛けちゃって。
でも、もう大丈夫。ちゃんと思い出せました。
二人から。みんなから貰った勇気が、わたしを奮い立たせます。まぐれでもなんでもない。早坂有希が、早坂有希だから。わたしだから出来ること。
廣瀬さんのような、魔法みたいなプレーは出来ない。先輩たちのようなカッコいいプレーも出来ない。
勿論、マコくんには到底及ばない。慧ちゃんと聖来ちゃんが見せてくれた、物凄い個性は一つも無い。
でも、それでもっ! わたしだけの、わたしにしか掛けられない、そんな魔法がある筈なんですっ!
「和田くーーん!!」
右足に精一杯の力を込めて、蹴り出したパス。脚がもつれると同時に真壁くんに身体をぶつけられて、地面へ倒れ込んでしまいます。
でも、わたしの勝ちですっ。
和田くんに、パスが通りましたっ!
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