本編とは関係ないエピソードを雑に消化する番外編 その4
620. 楠美琴音はスキだらけ
朝方のスクールバスで珍しく瑞希と遭遇し、昨日You〇ubeで観た誰々の動画が面白かったとか、新しく装飾したマニキュアが思いのほか微妙だったとか、何の脈絡もなくタイムズスクエアに行きたいとか、他愛もない話を繰り広げながら正面出入口の下駄箱へ到着。
「くすみんがいる」
「いつものことやろ」
山嵜高校は本館と呼ばれる建物が二つあり、A本館は各クラスの教室。もう一方は実技系の教室が主なB本館と呼ばれている。
この二つを繋ぐのは学校唯一の渡り廊下であり、その道中に自販機が数台並んでいる。始業前に楠美琴音を探し出すのは簡単だ。この自販機で例外なくおしるこ缶を買っている。
「ふっ……ん、んぅぅ~~……ッ!」
「毎度のことながらくすみん超可愛い」
「一字一句同意」
必死に背伸びをして自販機の一番高い列のボタンを押そうと躍起になっている。小柄な琴音にとって、おしるこ缶を購入するのは決して簡単なことではない。
「ふぐっ!?」
最後の一押しでなんとか手が届いたようだ。が、足腰に力を入れ過ぎた弊害か。ガラコンと缶の競り落ちる音とともに、盛大に頭を自販機へぶつけてしまう。
思いのほか短いスカートをはらはらと靡かせ、頭を抱えその場へ蹲る琴音。右腕をぷらぷらさせながら取り出し口に手を突っ込む。
「……ハッ!」
周囲の視線が気になったのか、慌てた素振りで首をグルグル振り回し人目を警戒する。物陰に隠れていたおかげで、俺たちの存在に気付く様子は無い。
フーっと大きく息を吐いて、両手でおしるこ缶を大事そうに抱えちびちび飲み始める。頭を打ったせいか、足取りは未だにフラついていた。
「常々思っていることなのだが」
「はいなんでしょう瑞希さん」
「あんな可愛い生物がクラスでぼっちとか、ぜったいウソじゃん」
「分かる」
琴音は常々「フットサル部以外に友人がおらず悩んでいる」と俺たちへ相談を持ち掛けて来るのだが、あの言動を見るにそれが事実とは到底思えない。
全世界70億人に愛されて然るべきだろ。こんなにちっちゃくてポンコツ可愛い子。檻に閉じ込めて一日中観察していたい。
「あーあー、パンツ丸見えだし」
「アホ、聞こえるぞ」
階段を登り始めた琴音を二人してコソコソ追い掛ける。
生まれ持った骨格の影響なのか、楠美琴音という人間はどうも姿勢が悪い。基本的に猫背なのだ。お凸を覆う前髪がやたら長く見えるのもそのせい。
気持ち前屈みで階段を歩いているので、短いスカートの中身がいとも簡単に見えてしまう。今日は普段に増してお子様チックな淡い水色だった。
チラチラ見えるとかそんなレベルじゃない。肉付きの良いお尻までハッキリ確認出来る。無防備にもほどがあります。
「いや、見すぎハル」
「そら見るやろ」
「まー、あのお尻に突っ込みたくなる気持ちはいたいほど分かる」
「分かられて堪るか」
口では注意しながらもニヤニヤが止まらない瑞希であった。なんでも彼女曰く「くすみん眺めてるとフツーにムラムラして来る」のだそうで、邪な気持ちを抱いてしまうのは男女違えどそう大差無いらしい。
ハァ。クラスでもあんな調子でパンツのバーゲンセール開催してるんじゃないだろうな……心配になって来る……。
(授業中だよ~ζ*'ヮ')ζ)
突然ですが、長瀬愛莉です。
この日の四限は音楽。実技系の授業は選択制だから、違うクラスの子たちと関わりを持つ数少ない機会。
とかなんとか言いながら、音楽、美術、書道はすべて履修しなければいけない。一年ごとに教科が変わるというだけで結果的に全部やる羽目になる。面倒なシステム。
ちなみにハルトは一人だけ美術を取っている。分かってたら合わせられたのに……まぁ去年の春は知り合いですらなかったし、しょうがないんだけど。
「大丈夫かな琴音ちゃん……」
「一年の頃は書道だったんだけどねえ。毎年違う授業取らなきゃいけないって知らなかったみたい」
今年度の音楽を取っているのは私と比奈ちゃん、そして琴音ちゃんの三人。今日は一人ずつ壇上に立って課題曲を歌う学期末の実技試験。
歌唱力に問われず、同級生の前で歌を歌わされるというのは中々に惨い仕打ちだと思う。私も乗り気じゃない。
偶にカラオケ行ってもハルトと瑞希がメチャクチャ上手くて、私は琴音ちゃんとドベ争い。なんでフットボール一筋の脳筋たちが揃って歌上手いのよ。ムカつく。
……いや、でも琴音ちゃんよりはマシだと思う。
だって琴音ちゃん……。
「では、始めます」
「よ、よろしくお願いしますっ……」
教壇に立つと音楽の先生がピアノを弾き始める。本当にあのクールで鉄仮面の琴音ちゃんなのかと疑いたくなるくらい、顔を真っ青にしてガチガチに緊張していた。
「あおーげばー、とおー、とし~……ッ」
「音程が無い……!?」
「がんばれ~琴音ちゃ~ん……!」
比奈ちゃんがよく聞いているボーカロイド? ってやつの機械音でも、ここまで平坦ではなかった気がする。
確かに琴音ちゃん、普段のお喋りも抑揚が無いっていうか、棒読み感が凄いんだけど……あれ、本気で歌ってるのよね? 逆に凄い……。
他の生徒たちもどこか生暖かい目で琴音ちゃんの奮闘を見守っている。幼稚園児のお遊戯会を観に来た保護者みたい。そんな私もそのうちの一人。
「いまーこそー、わかーれめー……い、いざさ、さら、ば、ばっ、ばー……」
リズム感も無い!?
そこでつっかえる人はじめて見た!?
「可愛いな~……♪」
「その感想はどうかと思うわよ……」
誰よりも試験の結果を心配すべき親友の比奈ちゃんさえこのリアクション。こんな風に昔から「これも琴音ちゃんの個性なんだよ~」みたいな感じで甘やかして来たってわけね……って、これは悪口か……。
うーん……確かに欠点が欠点に見えないって、それはそれでちょっと羨ましい気もする……だって必死になってる琴音ちゃん、普通に可愛いんだもんなあ……。
「身を立てっ、名をあげっ、やよはげめよっ!」
(急にラップ調!?)
が、がんばれ琴音ちゃん……!
(放課後だよ~ζ*'ヮ')ζ)
「ノノ、突っ込むな! 下がってコース消せ!」
「もう止まれませーーん!!」
「何故にッ!?」
水曜日は例外なくフットサル部の活動日である。 途中から有希と真琴の中学生二人も合流して、4対4のミニゲーム。既にこの日三本目。
前線からプレスを掛けたノノが瑞希にアッサリいなされてしまい、真琴とのワンツーからゴールを奪う。同じくビブス組の比奈と有希も混ざってハイタッチを決める四人。
これで3点差。俺と愛莉、ノノが同じチームだというのに、ここまで差を付けられるも珍しい。スタミナ自慢なのは良いことだが、ノノはもっと効率的な守備を学ばなければいけないな……。
「うし、一旦休憩。五分後にチーム入れ替えて再開。琴音は俺とゴレイロの練習な。あ、ノノ、ちょっとこっち来い。お説教」
「むえ~~厳しい~~」
もうすぐ試験期間。今のうちに苦手なところは潰しておかないと、春休みで余計な時間を食ってしまう。練習中も仲良しこよしのグータラ軍団ではいられないのだ。
ぶー垂れるノノに守備の動きを事細かくレクチャーし、俺も水分補給。この後の時間は琴音の個人練習に付きっきりの予定。
残る六人は休憩も疎かに再びミニゲームへ興じ始めた。ビブスを脱いで琴音の待つもとへと向かうが……。
「……おい、始めるぞ」
「…………ふぇ。あ、はい」
「なに黄昏てんだよ」
「いえ……少し休憩を」
コートの端っこで体育座りをしながら空を眺めている。一応グローブを着けて準備は出来ているようだが……。
(気を抜くとすぐこれだからなぁ)
練習中に限った話でもないが、琴音は誰とも会話せず一人で時間を潰す際、このように半開きの眠たそうな目でどことも取れぬ場所をふにゃ~んと眺めている。
トレーニングウェアだからまだ良いけど、制服姿で談話スペースのソファーに座っているときなんか、もう無警戒にもほどがあって凄く心配になる。
時間が経つに連れて力が抜けていくのか、段々と脚が開いていくんだよな。で、やっぱり中身が見えると。
「お前、ホンマ隙だらけだよな」
「……私が? 隙だらけ?」
「自覚もねえのかよ」
「馬鹿なこと言わないでください。私はいつでも集中して、周囲の意識に気を配っています。いったい誰の話をしているのですか」
「もうなんも言わん」
これ以上追及しても無駄足と踏み、さっさとゴレイロの練習を始める。ボールを投げてキャッチさせる、これを二十回3セット繰り返し。
続いてシュートに切り替え、十回3セット。真正面のイージーなものはほぼ取り溢さなくなった。半年前までズブの初心者だったとは思えない機敏な動き。
「はぁー、ハァー……っ!」
「休んでる暇ねえぞ。次、複合練な」
「あ、あれですか……もうちょっと時間を戴きたいのですが……っ!」
「ダメ。拒否」
複合練、という言葉を前に琴音の表情は露骨に曇る。シュートを一回止めたあと、マーカーコーンをサイドステップで往復し、再びセービングに戻るというメニューだ。
反射神経は悪くないが、一度止めたあとのリカバリーに課題がある琴音。切り替えのスピードとポジショニングの精度を磨き、更に体力強化も見込める。彼女にうってつけのトレーニング。
……どうしてそんなに厳しいんだ、と疑問を持たれるところだろうが。実のところ、この練習には隠れたもう一つの目的がある。
「スタート! ボールから目ェ切らすな!」
「はっ、はいっ!」
サイドステップでライン上を往復する琴音。一回目から既に足並みが乱れているが、飛んで来たボールになんとか食らい付く。しっかり集中しているな。
(おー。今日もサービス満点)
……そう。小柄な琴音がステップを踏んでぴょんぴょん飛び跳ねるのだ。必然的に身体が上下にブレて、同時に胸元も激しく揺れ動く。
彼女は気付いているのだろうか。必死にトレーニングへ明け暮れている間、その相手がまったく違うことを考えていると。
まっ、バレなきゃ問題は無いわけですよ。琴音のレベルアップに繋がっているのは本当だし。誰も損してない。ウィンウィンの関係性ですから。
「はぁっ、ふぁあ、ひいいっ……ッ!」
「ええぞ、その調子や琴音っ!」
「はいっ!!」
少し角度の厳しいコースも、琴音は必死に飛び付いて見事に止めてみせる。地面と交錯した双丘がド派手に形を変えた。人工芝、その場所代われ。
はぁ。やっぱり隙だらけだよ、お前は。
願わくばその姿、俺にだけ見せて欲しい。なんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます