604. ざまー見ろ
「大通りから丸見えだね」
「せやな」
「本来の目的からだいぶ外れてる気がするんだケド」
「まぁええやんけ。人も多いしそう簡単には見つからへんやろ。背中向けとるし」
「どうかなぁ……」
石造りの湯船へ足を突っ込み早10分。口では他の面々の来襲を気にする真琴だが、段々と足先の暖かさにやられて来たのか、なんとも気の抜けたポケっとした顔をしている。
反対側には玉こんにゃくを無心で頬張り続ける有希。人数分買ったのに全部食べている。なにかを必死で忘れ去ろうとそちらへ集中しているようだ。
「あ、カメラ預けたまんまやったわ。仕方ねえ、スマホでええか」
「なに? また撮るの?」
「ええやん別に。こっち見いや」
「イヤだね。それのせいで悪い思い出ばっかり残されてる気がする」
「なんや、アレも悪い思い出か?」
「断片的に」
ノノと別れるときに回収するのをすっかり忘れていた。せっかく持って来たのにほとんど使ってないな。シャッター切る役も誰かに取られがちな気がするし。
誰かに回収を頼もうにも、都合よくソイツの出番が回って来るかは分からない。大人しくスマホで我慢しよう。今一つ趣味としてハマり切らん。
「なんか、急にやり出したよね」
「昔は撮られるのも嫌いやったんやけどな」
「ふーん……捻くれたガキだったんだね」
「否定はしないが言い方があるやろ」
意地でもカメラ目線にならない真琴を連写で次々と収めていく。段々と恥ずかしくなって来たのか、撮るのを辞めるよう腕をグイっと伸ばして来た。
そんな姿さえも可愛らしくて、大人げない悪戯心も芽生えて来る。足をヒョイっと上げて飛沫を飛ばすと、真琴は驚いたように飛び跳ね、こちらをジト目で睨むのであった。
「おっ、ええ表情」
「なんで兄さん、自分にだけこういうことしてくるの? ウザいんだけど?」
「お前の生意気な面が苦渋で歪むのが最高でな」
「腐り果てた性根だね」
「ホンマに嫌ならやめるで」
「……まぁ、別に良いケド」
呆れ顔でため息を吐くと、仕返しとばかりに脚を上げてお湯を掛けて来る。意外にも熱くて変な声が出てしまって、真琴は小馬鹿にするように微笑んだ。
「ばーか。ざまー見ろ」
「アア? 兄貴に向かって口の利き方がなってねえな」
「知らないし、そんなの。ていうか、兄貴じゃないし」
「ならなんやねん」
「言わなきゃ分かんない?」
悪戯にえくぼを垂らしクスクスと笑う。なんだ、真琴の癖に余裕たっぷりってか。お前のそういう顔は大好きだけど、ちょっと嫌いだよ。
こないだのデートを境に随分と素直になったというか、好意をちっとも隠そうとしなくなったな。偶に長瀬家直伝のツンが出て来るけど。
「ホント馬鹿馬鹿しいよね。一日掛けて兄さんを追い回すなんて。そんなゲームに進んで参加してる自分も」
「しゃーないやろ、こうでもしねえと誰も納得出来ねえんだから。楽しんどる分にはお前もかまへんやろ」
「複数の女子に言い寄られるってどんな気分なの?」
「馬鹿にしとんのか」
「良いから答えてよ」
「…………まぁ、悪い気分ではないな」
「ちょっとは申し訳ないとか思わないわけ?」
「そう考えること自体が申し訳ないって程度には慣れて来た感はある」
「開き直り甚だしいね」
「貪欲と言って欲しいところやな」
「見境無し、の間違いでしょ」
ボロクソである。愛莉の変わりようを間近で見せられている手前、俺たちの関係をある程度客観的に見ている真琴だからこそ出来る指摘だ。
けれど、そんな意味不明の集団に自らも身を投じている。聡明な彼女が理解していない筈が無いだろう。
「姉さんとのこと、昨日聞いた」
「やっぱりお前らにも話行っとんのか……」
「意味分かんないよね。ホント。付き合ってるわけでもないのに、先にそういうことするなんて。思春期も程々にしてくれないかな」
「中学生に言われる筋合いはねえぞ」
「もう違うよ。来週の木曜で卒業。あと一か月で高校生……姉さんと同じ」
やたら含みのある言い方に、だからなんだと無碍な一言を返すのは憚れた。もはや一切の我慢が効かなくなった姉と比較するのもまた違うが、彼女とて同じ気持ち、衝動を抱えた一人。
「時に真琴」
「なに」
「……知識としてはどこまで持ってんの?」
「中学生の耳年増ぶり舐めないほうが良いよ。クラスではもう経験済みの子だっているし。こないだ、兄さんが自分になにをしようとしたのかは分かる」
「……そ、そうか」
「期待しないでね。姉さんと同じ男に絆されるのは流石に気分悪いから」
筋金入りのシスコンと言えど、姉妹で俺を分け合うような展開はお望みでは無いらしい。だが、俺の知る限りお前も……。
「どうしても相手して欲しいってなら、姉さんのことは諦めてね。お生憎、姉さんと違ってそこまで盲目じゃないから」
「……まぁ、それが普通だよな」
「こないだはちょっと流され掛けたけど……その辺の線引きはしっかりさせときたいから。だから、こんな馬鹿馬鹿しいゲームも本気にならざるを得ないんだよ」
あくまでも自分は自分のやり方で。そんな真琴のプライドというか、彼女が彼女足り得るアイデンティティーの一片をここでも見せつけられる。
どれだけ険しく果てしない道のりか、勿論分かっているだろう。それでも彼女は、自分の気持ちに、決して折れないプライドに真正面から立ち向かうと決めたのだ。
「抜け道とか、裏技とか、自分には似合わないし。ていうか、出来ないし。正攻法で勝負するから。精々手を出さないように気を付けるんだね」
「……出したらどうなるんだ?」
「正式に兄さんから卒業するだけさ」
「ホンマ言うようになったな」
「どこの誰のせいなんだろうね?」
変わってしまったとは思わない。これこそ真琴が本来持っているもので、幾多の葛藤を経てようやく辿り着いた真琴らしさなのだろう。
春からも気が抜けないな。男っぽいとか、女っぽいとか、あんまり関係無い。これからも真琴は真琴らしく成長していくだけだ。
「なんで足湯に来たくなかったのかって? こういう話をすることになるからだよ。もっと自分たちらしいデートがしたかった。ジッとしてるのは嫌いなんだ」
「……なら、向こう帰ってからな」
「姉さんには内緒でね」
「そうするか」
……さて、彼女の話もそこそこに。
隣で硬直しているコイツの相手もしなければ。
「言うて今日は、有希は連れて来たんやな」
「その場の流れもあるからね。まっ、自分なりの余裕の表れってことで、ここは一つ。有希、そういうわけだから。ごめんね、こんな形で伝えちゃって」
「……ま、マコくん……っ」
「先、上がってるね。有希もそろそろハッキリさせたほうが良いんじゃない……って、お節介すぎたかな?」
水滴をタオルで拭き取って屋内へと消えていく。親友へ向けるにしてはちょっと意地悪な、勝ち誇ったような表情が印象的だった。
もう有希に対してもあんな感じか。これからの関係性に響かなければ良いが、この二人に限っては余計な心配だろうか。
一日掛けて温泉街を歩き回るためのパワーも充電されたところだが、もう少し長風呂が必要だ。有希は明らかに動揺している。
併せて聞いておきたいこともいくつかあった。何だかんだで俺たちの間では、一番交友が長い彼女だ。
甘酸っぱい停滞期間も悪くないが、こうも尻に火を付けられては有希も無心で玉こんにゃくを頬張っている場合ではないだろう。
「…………廣瀬さん……っ!」
「おう。どした」
「……マコくんって、廣瀬さんのこと、好きなんですか……ッ!?」
「あ、そこからっすか」
「どっ、どういうことなんですかっ!? 教えてくださいっ! わたしなにも知りませんっ! お二人の間でなにがあったんですか!?」
「落ち着け落ち着け落ち着け」
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