596. 愛しているのだが?
この手のゲームには疎いので瑞希とノノにルールを決めて貰う。まず、明日一番に起きて俺を連れ出した奴が最序盤の時間を確保することが出来て。
それからは文字通りの鬼ごっこである。エリアはゲレンデと温泉街。あちこち歩き回り、誰かに発見されたら相手を交代。これを繰り返す。
上手く逃げ続ければ時間を独占出来るが、人の集まる観光スポットに出向くと見つかってしまう。
逆に追っ手は俺たちの向かいそうなところを考察して先回りするなど、戦略性と多少の運が求められるわけである。
相手が交代したら逐一連携を取る。協力もオーケー。制限時間は午後5時半。細かいルールはおおよそこんな感じ。
「題して!!」
「……題して?」
「…………鬼ごっこ!!」
「時間返せや」
というわけで瑞希の宣言と初期案通り、この遊びは鬼ごっこと命名された。
自分が誰と出歩くかをゲームで決めるなんて馬鹿馬鹿しいというか気持ち悪いにもほどがあるが、選ぶ選ばないの判断をしなくていいのは大いにあり難かったり。
むしろ、アレだ。こんなときだからこそ全力でふざけなければならないのだ。楽しむための修学旅行であって、余計な悩みやしがらみに振り回されるよりこちらの方がよっぽど良い。
誕生日が理由かは分からないが、みんなも俺の意図をしっかり汲んでくれた。後腐れも無ければ都合が良かったのだろう。
『とか言うて全然寝ないやん』
『ホントね』
『夜型だから問題ねえぜ』
『ミズキ、アウト! NGワード「問題無い」よ!』
『エェ゛っ!? こんなに粘ったのにぃっ!?』
日付が変わるまでは早寝の真琴を除いてみんな起きていたが、琴音、有希、愛莉、比奈、ノノの順番で次々と脱落していった。
明日の一番手を狙うために夜更かしは厳禁なのだが、深夜2時が近付いても瑞希とルビーは寝ようとしない。
せっかくスペイン語圏の人間が残ったので、バレンシア語でワードウルフというまぁまぁ難解な遊びに挑戦している。ネイティブじゃない俺が一番不利かと思ったら瑞希がクソ弱すぎる。
そろそろいい時間だな……というか俺が眠たくなって来た。昼間で寝ていたらゲームそのものが成り立たないし、ここらで区切りにするか。
『寝るか』
『はっ? 勝ち逃げか?』
『7連敗のクソザコにそんな台詞は許されん』
『チッ、しゃーねえな。シルヴィア、長瀬から枕取って。あたしの分使われてる』
『はいはーい』
明かりを消して寝る支度。二つ枕を使っていた愛莉の首が一段ガクンと落ちて、苦しそうな寝息を立てた。
そう言えば気にもしていなかったけど、もうテツオミや谷口らナイター組もとっくに戻って来てるんだよな……探しに来る気配も無いし、俺が女子部屋にいるものと割り切っているのか。知らんけど。
ついでに、この時間までハンチョウや峯岸の見回りは一度たりとも来なかった。こうも都合よく成功するものか。苦労が無いな。
『……ヒロ、戻らないの?』
『あ? なんで?』
『なんでって、女子の部屋でしょ?』
『んなもん知らん。嫌ならお前が自分の部屋に戻れ。男女の隔たりとかそんな次元はとっくに通り越してんだよ。そっちが慣れろ』
『えぇっ……』
当たり前のように女子部屋で寝ようとしているので、フットサル部の集いは何だかんだ初参戦のルビーは若干引っ掛かったようだ。
冷静になるまでもなくルビーが圧倒的に正論ある。が、やはり戻る気は一切無かった。
なんでこうなっちゃったんだろうな。夏合宿で男女同じ部屋になってあれだけひと悶着あったというのに、もはや誰も気にしていない。あの頃のピュアな気持ちはどこへ行ったんだろう。
『ちょっと、隣はダメよっ! せめてアイリかコトネを間に挟みなさいっ!』
『なんでその二人なんだよ』
『ブラインドになるでしょ!』
『どこ見てそう判断したか言うてみ? ええ?』
枕を抱えて布団の中へ潜り込むルビー。そうだよな、男と同衾するならこの反応が普通なんだよな。良かった。ルビーに常識があって。
『よいしょっと』
『お前みたいなプライベートゾーンガン無視の奴がいるからルビーが困惑するんだよ』
『あっ? なんだよ。ていうかもう日本語で良くね?』
「それは確かに過ぎるが」
ここぞとばかりに瑞希が同じ布団に入って来る。誰に咎められるわけでもないし、日本語ならまだ起きているであろうルビーにも何も悟られはしないが。
同じ空間で寝るのはともかく、布団の中まで一緒となると少し話は変わって来る。いやもう、気にし出したら一向に止まらんから程々にするけど。
「ぬっふっふっふ。この瞬間を待ちわびていたのだよ、ワトスンくん。さあ、欲望のままにあたしのからだをじゅーりんするが良い!」
「しないからはよ寝ろ」
「むえ~」
まだまだ寝るつもりは無さそうだ。
明日もあるってのに大丈夫なのか。
「ったく、みんな分かってねえな。そりゃデートも大事だけどさ、時間で考えたら夜更かしする方がハルと一緒にいられんじゃん」
「まぁよくよく考えりゃな」
「なんだよ、リアクション薄いな。疲れてんの? 大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉むほど無いやろ、と言いたいところだが過去の行動を顧みるにこれは不適切な返しやったな」
「なげーよツッコミ。ぺ〇ぱかよ」
「知らん」
視力が悪ければ暗闇の中だから、なんとなくしか目視出来ないけど。浴衣がだいぶ着崩れている。ちょっと頭の位置をズラせば見えてしまいそうだ。
性欲より睡眠欲が勝るこの時間帯では大きなダメージにならなかったのが幸いだが。ただでさえ愛莉との一件があったのに、これが日常になったらいよいよ歯止めが利かなくなりそうで。なんて、暢気に考えられているうちはまだマシか。
「なんか、長瀬と約束したらしーね」
「…………え、アイツ喋ったの?」
「風呂でお口ツルってたけど」
「あ、そう……」
なら瑞希だけじゃなくて、他の面々も知っているのか……なんでそういう大事なところでガバガバなんだよお前は。いや、いつも通りか? いつも通りか。
「なんでそうなったん?」
「まぁなんと言うか……話の流れでそうなった、というわけでもなく、必然が生んだ偶然の産物とでも言いましょうか……」
「説明になってねーよ」
「耳たぶつねんな痛い痛い痛い」
先を越された形になるのだから、瑞希としてはやはり不満もあるのだろう。少し前に比奈とギリギリまで行った手前、思うところもあるに違いない。
瑞希に限らず、他の奴らを蔑ろにしているわけではないのだが。こればかりは本当にタイミングなんだよな、よりによって月曜って言われちゃったから。それより先にとなると修学旅行中しか無いし。
「まっ、別にいーけどな。貰えるモンは貰っときたいけど、ダメならダメで。順番気にしてても悩み尽きんし」
「んだよ。自棄に物分かりが良いな」
「あたしだって色々考えてるんですぅー」
もぞもぞと動いて肌を密着させて来る。暖房にやられたのか布団の暖かさが故か、華奢な身体は燃え上がるような熱を帯びていた。
本当ならもっと怒って良いし、怒られて然るべきなんだけどな。この超然としたところが瑞希の凄さで、ちょっとだけ心配だ。
「……どーせずっと一緒なんだから、いーの」
「…………そう、だな」
「彼女とかペットとか、そーゆーめんどくせえ役回りはアイツらに任せっから。あたしとハルの繋がりは、言葉じゃ説明出来ない」
「でも、なんか欲しいだろ。分かりやすいモン」
「んー…………じゃあ、パートナーで」
「パートナー?」
「そっ。友達より上で、実質恋人で、実質家族。ちょっとラフな感じでな。それならエロいことも出来んだろ。カンペキだな」
「都合のええ括りやな……」
言われてみれば瑞希との関係は、分かりやすい男女の間柄というよりもそちらのほうがしっくり来るかもしれない。
言いにくいこともハッキリと伝えられる、堅い信頼の上でしか成り立たない特殊な関係。そうか、こんな奴が隣にいるんだから、わざわざ友達を作ろうとも思わなくなるよな。
「……でも、たまに甘えるけど」
「それは一向に問題無い」
「あ、NGワード」
「もう終わっとるやろ」
「ダメ。罰ゲーム。春休み初日、あたしの処女貰う罰な」
「……なんやそれ」
「とにかく、決まりだから」
「…………ええよ。なら水曜日な」
「おっしゃ」
あまりにも心地良いやり取りの弊害か、断る気にもならなかった。愛莉のときとはまるで違う軽々しい約束だが、これはこれで俺と瑞希らしいのかも。
「うし、満足した。ハル、おやすみのチュー」
「…………照れとるやろ」
「調子乗んな、うざ」
「好きだよ、瑞希」
「はっ? あたしは愛しているのだが?」
「どういう意地の張り方しとんねん」
幸せなキスを交わして終了、というわけにもいかない。明日はもっと幸せで、馬鹿馬鹿しい一日が待っている。目が覚めたとき、俺を引っ張り出すのはやはり瑞希なのか、それとも…………。
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