524. こんにちはこんにちはこんにちは
翌日。有希ママに取り次いでもらい、放課後に面接が行われることになった。
とは言っても半分顔合わせみたいなもので、何だったら早速手伝って欲しいものがあるのだという。いったい何をやらされるのやら。
「ここか……」
そんなこんなでやって来た交流センター。早坂家の最寄り駅から10分ほど歩いたところで、区役所のなかに併設されているようだ。
正式には「多文化交流総合センター」と言うそうで。階段で五階のフロアへ上がると、受付の奥に広がる多数のパーテーションで仕切られたブース。
フロアの中央には大きな円卓があって、窓側には幼児向けの遊び場みたいなものもある。
「廣瀬くん! こっちこっち!」
声を掛けて来たのは、スーツ姿にメガネ装備という見慣れない恰好をした有希ママであった。隣には皺と白髪の目立つ中年男性が。
「ほらほら、この子が廣瀬くんですよ。中々イケメンで可愛い子でしょ?」
「ははは。随分盛って話すと思ってたら、本当に噂通りだね。あぁ、初めまして」
「どーも。廣瀬陽翔です」
「ここの館長をやっている関根です。よろしくね。じゃあ早坂さんは……あぁ、グエンさんがお見えだね。そちらをよろしく」
「はいはーい。廣瀬くん、またあとでね~」
続けて現れた外国人女性へ声を掛けブースへ案内する有希ママ。お手伝いさんという割にはしっかり仕事してるな。
関根と名乗る館長。見た感じどこにでもいる、ちょっと気弱そうだけど人当たりの良いおじさんって感じだ。
あんまり関わったことの無いタイプの人だな。実は怖い人だったらどうしよう、人見知りしちゃう。初対面の人って基本ダメなんだよ。忘れてたわ。
「今お見えになったのは、ベトナム人のグエンさん。英語が堪能なんだけど日本語はまだ話せなくてね。来日してまだ数週間で、早坂さんが生活アドバイザーを担当しているんだ」
「へぇー……」
「さっ、立ち話もなんだしこっちへおいで。軽く説明をするから。そんなに堅くならなくても良いよ……緊張してる?」
「わ、割と……」
どうしよう。今まで味わったことの無い感覚だ。世代別ワールドカップやトップ昇格を賭けたガンズ戦より緊張している。これが社会に出るということなのか。いや、たぶん違う分からん。
以下、関根館長の詳しい説明。
この多文化交流総合センターは、この地域で生活している外国人の生活サポート、法律、行政、教育に関する手続きの相談場所として機能している。よく聞くNPO法人ってやつだそうだ。
割合としては出稼ぎに来ている東南アジアや中南米の相談者が多く、英語よりもスペイン語、ポルトガル語、フランス語を話せた方が仕事はやり易いとか。
別に話せなくても色々と仕事は出来るらしいが、可能なら語学堪能なアドバイザーが欲しいとのこと。
「へぇー、サッカーやるために勉強を……まだ高校生でしょ? 若いのに凄いねえ。スペイン語なんてほぼネイティブじゃないか」
「んな大したモンちゃいますよ」
「いやいや、これならすぐにでも働けちゃうよ。うーん、真面目そうだしちゃんと資格の勉強とかして貰って、法務関係の手続きとか任せたいんだけどなぁ」
「それはちょっと……」
「しかも関西弁も話せる! 正真正銘のマルチリンガルだね! あっはははは!」
「ははは……」
愛想笑いでどうにか躱し切る他ないこの状況。語学に長けた日本人などそう簡単には見つからないそうで、いつも人手不足で困っているそうだ。
関根さん、思ってたよりだいぶ喋るな。おっかない人じゃないのは助かったけど、これはこれでやり難さも。関西人みんな面白いと思い込んでるタイプだ。
「早坂さんに聞いたんですけど、俺くらいの年齢にうってつけの仕事があるとか」
「あぁっ、そうそう。ほらあっちの……子ども向けの遊戯スペースがあるでしょ?」
小学校高学年から幼稚園児くらいまでの幅広い年齢層の子どもたちが、一人で本を読んだり玩具で遊んだり。国籍も肌の色もそれぞれ違う。
「相談に来る方の六割くらいがお母さんで、たいていお子さんも連れて来ているんだ。母国語で描かれた絵本とか沢山置いてあるからね。あの子たちにとっても憩いの場なんだよ」
「なるほど……」
「ただ……日本語の話せない子が多いからね、学校に馴染めない子もいる。ここで同じ言語の子と仲良くなったりすることもあるけど……」
そうか……親の都合で日本に来た子が多いだろうし、生活に馴染むのも大変だよな。言葉が通じないのは子どもにとっても大きなストレスだ。
それこそ小学生くらいの年代じゃ、ちょっとしたことでイジメに遭ったりもするだろうし。
日本人の集団のなかに外国人が一人ぼっち。
チームメイトだったジュリーもそうだったな。
まともに会話出来るのが俺だけで、それこそ江原は自分がポルトガル語を勉強するとかそういう発想も無かったから、ピッチ内外での苦労も多かった筈だ。まぁアイツの性格上、それほどナイーブになることも無かっただろうが。
俺が退団してすぐにジュリーもセレゾンを辞めて、ブラジルの強豪チームのユースに移籍したんだっけ。それ以来なんの情報も入って来ねえなあ。今度内海か大場辺りに聞いてみよう。
「つまり、子どもたちの面倒を見て欲しいと」
「そういうことさ。子どもの相手は好き?」
「得意かどうかと聞かれると……」
「まぁこれも経験だよ。さっ、チャレンジチャレンジ!」
「あの、なんか雇用書とかそういうのって」
「ちゃんと今日の分の時間も数えておくから! そんなのあとあと! レッツゴー!」
超軽いノリで背中を押され、子どもたちの待つ遊戯スペースへと向かわされる。
数にして七人、全員男の子だ。みんな不思議そうに、或いは不安そうに俺のことを見つめている。
そりゃそうだ、怖いに決まっている。無駄に背が高くて前髪で目が見えないヒョロヒョロの兄ちゃんだぞ。俺がガキの頃でもこんな奴いたら避けてたわ。
「あー。じゃあ、順番に……『
英語、スペイン語、ポルトガル語で片っ端から挨拶。子どもたちはまだキョトンとしている。あれ、発音間違ってたっけ……?
「廣瀬くん、それだとちょっと固いかな。『オラ』で大丈夫だよ。スペインとポルトガルならほぼほぼ一緒だから。あと出来ればフランス語も」
「えーっと……オラ、ボンジュール……こ、こんにちはー……っ」
最後に何故か日本語が飛び出る。
ヤバイ。コミュ障炸裂してる。
なんでジュリーやトラショーラスとはあんな自信満々で会話出来てたのに、子ども相手だとキョドるんだよ。帰って来いあの頃のオレ。
「どれが一番得意?」
「あー……まぁ、スペイン語ですかね」
「オッケー。こっちの三人は母国語で、あとの子はフランス語だから。僕が同時通訳するよ。好きに話してみて」
英語とポルトガル語無駄打ちかよ。
そういうの先に言ってくれって。
しかし、好きに話せと言われてもどうすれば良いものか……子どもが興味を持ちそうなことってなんだろう。駄目だ、そもそもの人生経験が浅すぎる。手に負えん。
仕方ない、分かりやすく自己紹介だ。というかそれしか無い。なんで勤務初日からこんな逆境に立たされているんだ。いやだからまだ雇用形態すら無いんだって。
『こんにちは、ヒロセハルトって言います。みんなと仲良くなりたくて、ここへ遊びに来ました。一緒に遊びませんか?』
スペイン語を関根さんがフランス語に直す。これで全員へ伝わった筈だ。おかしなことは言っていない筈……ど、どうだ?
『……ぼく、ファビアン』
『ファビアン? よろしく。ファビアンは何をして遊びたいんだ?』
『……サッカーがしたい』
『サッカー? 好きなのか?』
『うん。ここならいつでも本が読めるけど、それだけじゃつまんない』
浅黒い肌の少年が答える。すると、他の子たちの反応が明らかに変わった。関根さんの通訳でフランス語圏の子たちも一斉に目を輝かせる。
「関根さん、この辺りに公園とかって」
「あぁ、建物の隣にグラウンドがある。今日は予約とか入ってないから、好きなだけ使ってくれ。ボールも用意あるし」
『……よし、じゃあサッカーやるか。みんな、俺に着いて来てくれ。この変な髪型と白いシャツが目印だ。さあ、おいで』
少年たちへ語り掛けると、みな慌てて立ち上がりほったらかしにしていた靴を履いていく。なんだ、全員サッカーやりたかったのか。そんな都合の良いことあるか?
「そうなんだよねぇ……外遊びなんて一番仲間外れにされやすいから、みんな鬱憤が溜まっているんだよ。ただでさえ肩身の狭い生活だからさ」
「なるほど……」
「ほらっ、良かったじゃないか得意分野で。みんな待ってるよ!」
気付けばスラックスをガッチリと掴んで離さないファビアンを筆頭に、みな外へ出るのを今か今かと待ち構えている。
子どもとサッカーするなんて久々……いや、初めてかも分からないな。上手く行くかはともかく、気晴らしにはなるかも。
『よしっ、行こうぜ!』
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