493. 鎌倉にいったい何があるというんですか? その3


「はぁ~……陽翔くんあったか~い……♪」

「辞めろや人前で……」


 海岸でのやり取りで妙なスイッチが入ってしまったらしく、再び江ノ電に乗り込んでからすっかり甘えん坊になってしまった比奈さんである。


 乗り合わせた乗客の「こんなところでイチャイチャするな」的な視線も意に介さず、ひたすら俺だけが心労を重ねる不条理極まりない空間が構築された。



 烏帽子岩を遥か遠目に、電車は俺たち二人を目的地の江の島へと運んでいく。海岸沿いを走る車両は観光客半分、地元の高校生が半分といったところ。


 江ノ電に乗って毎日登下校するのも楽しそうだな。どこを切り取っても映画のワンシーンになりそうで、ちょっとだけ憧れる。かも。



「部活か何かかなあ」

「土曜だしそうかもな」

「この辺りの高校にフットサル部ってあるのかな……山嵜からも結構近いし、練習試合とかしてみたいよね」


 乗降者を繰り返す制服姿の高校生たちを眺め中身の無い会話を繰り広げる。


 同じ県にフットサル部のある高校がどれだけあるかとか、真面目に調べたことも無いな……いい加減半年後の全国に向けて準備を始めても良い頃だが、相変わらず進展は無いままだ。



「少し思ったんだけどね」

「おん」

「陽翔くん学校のすぐ近くに住んでるから、普段はあんまり電車乗らないでしょ? なんか、ちょっとだけ惜しいなあって」

「惜しい?」

「スクールバスは一緒に乗れるけど……毎日同じ電車で学校に行くのって、なんだかロマンチックじゃない?」

「……そんなもんかね」


 登下校で起こる出来事をキッカケに……という創作物もさして珍しくはない。二次元趣味を拗らせている比奈もその手の憧れはあるのだろう。


 俺以外の連中はみんな電車乗って山嵜まで通ってるんだよな。気持ち悪いくらいに美人揃いだから、痴漢を筆頭に危ない目に遭わないか心配だ。特に琴音。



「んー…………毎日一緒に電車乗るのと、近所に住んでていつでも会えるの、どっちが良いんだろう?」

「そりゃラクさで言えば後者やろ」

「もう、分かってないなあ。勿論近くにいられるのも嬉しいけど、今日は同じ電車に乗って近くに座れるかなって、そういうドキドキも欲しいんだよっ」

「ほーん……」


 シチュエーションにはこだわりたい比奈さんである。


 俺とてピンと来ないというわけでも無いのだが。何が違和感って、その手の「片思いの煩わしさ」みたいな段階を俺たちは全部素っ飛ばして来ているのがまた。


 でもどうだろうな。仮に今の家よりちょっと離れたところに住んでいて電車通学だったら。同じ車両で比奈を見掛けたら、きっと目で追っていたのかも。


 ……いや、待て。そんなこと無いわ。これだけ関係を築いているのが前提なのだから、ただ見掛けるだけじゃ絶対に興味持たんわ。だって俺だし。うん。



「ホンマ良かったな。クラスメイトで」

「……へ? どういうこと?」

「なんでもねーよ」

「あっ、そうやってはぐらかす」


 結果的にこうして出逢えたのだから、同じ教科係だったという以上のシチュエーションは不要な妄想、ということだけ伝えておきたい。言わんけど。恥ずかしいし。



 そんなこんなで江ノ島駅へ到着。繁華街を抜けると大橋があって、お目当ての江の島はすぐ目の前だ。例に漏れず具体的な目的はなにも無いが。


 近くには著名な水族館もあるが、昼頃から動いているだけあって時間ももう遅い。せっかく行くならもっと余裕のある時にしようと、今回はお預けとなった。


 わざわざ鎌倉・江ノ島まで来ているのに、それぞれ一番の観光名所をまったく回らないという中々の暴挙である。これだから俺たちはダメなんだ。反省しろ。



「龍恋の鐘って知ってる? 観光スポットらしいんだけど、行ってみない?」

「え? なんその縁起悪い名前」

「リュウレン、だよ?」

「……あぁなんだ。留年かと思った」

「天然も程々にね~」


 言われるがまま手を引かれ坂道を登っていく。良かった、学業不良の呪いを掛ける陰湿な祈願スポットとかじゃなくて。


 江ノ島と一口に言っても中々に広いようで、細長い坂道を結構な時間を掛けて進んでいく。

 途中で振り返ると海近の街を一望することが出来て、そこらじゅうが展望台になったようだ。この景色を見れただけでも苦労して登った甲斐はある。



 道中、まさにその展望台の麓までやって来る。オープンカフェのようなものも沢山あって、この辺り遅い時間でもまだまだ人は多い。


 特に気にも留めず目的地へ向かう比奈だったが、とあるものが目に付いて思わず足を止めてしまった。



「陽翔くん?」

「…………クレミアか」

「気になるの?」

「ちょっと前に瑞希が食ったらしくてな」

「あー、グループで写真上げてたねえ」


 名前はなんとなく聞いたことがあるが、実際に食べたことは無い。

 なんでもちょっと硬めのソフトクリームみたいなやつらしいが……何故だろう、無性に気になる。



「珍しいねえ、陽翔くんがこういうのに興味示すのって。じゃあ食べてみよっか」

「比奈は食べたことあるのか?」

「いやぁ、実は無いんだよね~…………んふふ。お互い初めて、だね?」

「なんやその含みのある言い方」

「なんでもありませんよ~」


 謎にご機嫌な様子であった。俺が珍しく興味持ったからってなんやねん。子ども扱いするな。いやでもあの台詞からして逆に大人扱いか。分からん。さっさと買お。



「はーいお待たせしました~。トンビには気を付けてくださいね~」

「トンビ……? あぁあれか……」


 二人分のクレミアを受け取る。忠告通り天を見上げると、広場の観光客を窺うように数匹のトンビが旋回を続けていた。


 張り紙にも「トンビに食べ物を取られないよう気を付けましょう」と書いてある。まぁ滅多に攻撃されることは無いだろう。流石に。



「ほい。お待たせ」

「わぁっ、美味しそ~♪」


 こういうところは至って普通の女子高生らしい反応を見せる比奈さんである。言うて俺も楽しみ。普通に。



「あっ、食レポしようよ食レポ。動画撮って」

「あいあい」


 言われた通りスマホを掲げカメラを動画モードに切り替える。フットサル部随一の録画魔である瑞希に並んで、最近は比奈もこういうのにノリノリだな。



「はーい、今回は陽翔くんと一緒にクレミアに初挑戦したいと思いまーす♪ それじゃあ早速……ひゃあああああァァああ!?」

「ううぉぉっ!?」


 いよいよ一口目を頬張ろうとしたその瞬間。背後から物凄い勢いでトンビが飛んで来て、比奈のすぐ目の前を通過しクレミアへ体当たりを決める。


 突然の出来事に俺も彼女も素っ頓狂な声を上げ、それから暫し沈黙を続ける。口を付けられることも無く無残に転げ落ちるクレミアの残骸…………。



「…………本当に狙ってるんだねえ……」

「勿体ねえことしたな……」

「あははっ。縁が無かったってことなのかな……って、陽翔くん後ろ!?」

「どあッ!?」


 今度は別のトンビが俺のクレミアを狙って飛んで来る。比奈の注目も虚しく手元へ激しく衝突したトンビがそのままクレミアの一文を奪い去り空へと戻っていった。


 …………ま、マジかよ……。



「……テメェこの野郎ッッ!! 初めてのクレミアやぞッ! どうしてくれるんじゃゴラァッッ!!」

「あはははっ! もうっ、怒っても仕方な……んっ、くふふふふふ……っ!!」

「笑ってる場合かッ! あぁもう、クッソムカつくゥ……ッ!」



 箸が転がったように笑い転げる比奈。口元を白く汚したトンビが俺たちを馬鹿にするように空を飛び回るばかりで、状況が好転する筈もない。


 …………取りあえず落っことした分はちゃんと紙に包んで捨てよう。はぁ、勿体ない。食べたかったのに、クレミア……っ。



「凄いところ撮っちゃったねえ~!」

「もっと悔しそうな顔しろよ……ッ」

「えー? だって面白いんだもんっ♪」


 当人が満足ならそれはそれで構わないが…………なんで俺たちのデートって、いっつもこんな感じなんだろうな……。


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