484. 馬鹿は馬鹿でも


 大阪を離れるまで残り一日。


 新年早速仕事へ出掛けて行った両親を見送りいよいよ暇になってしまい、先に荷造りでも始めようかと朝早くスーツケースの整理をしていると。



『おはよう陽翔。どうせ暇でしょ?』

「ご挨拶やな。殺すぞ」

『初蹴り顔出しなよ』

「だからヒマ前提で話進めんな」

『え? 忙しいの?』

「ヒマだけれど」


 内海に呼び出され、懲りずに舞洲へ顔を出すこととなった。


 年末から用事も無いのにめちゃくちゃメッセージ飛ばして来る。女子か貴様は。仮にも日本サッカー期待の逸材だろ。もっと取材とか受けろ。俺に構うな。



「工事終わったんやな」

「陽翔が退団してちょっとあとくらいかな。四月に新しくなったばっかりなんだよ」


 舞洲にセレゾンの練習場を含め幾つかの競技施設があるのは周知の通り。

 ここ数年しばらく工事しっぱなしだった舞洲アリーナもその一つだ。ここはスタンドも無くてほほぼ普通の体育館だけど。



「なんやお前もおるんか」

「一応ね、セレゾン名義で借りてるから。流石に個人で借りると高いんだよ。下手したら俺の月収の半分くらい……指導者って意外と安月給なんだよなぁ」

「聞いてねえよ一人で落ち込むな」


 コートへ顔を出すと、当たり前のように財部が待ち構えていた。

 年始からお前も暇な奴だな。そろそろいい歳だろうに、ガキの相手してないで結婚相手でも探せ。



「内海もう稼いでんだろ、出したれや。勝利給とか結構ええ値段するんやろ」

「いやあ、その辺お母さんに預けっぱなしだから……ていうか夏以降公式戦ほとんど勝ってないし、そもそも出場数減ってるし……」

「傷を抉ったか……」


 忘れていた。今年のセレゾンって内海を昇格させなければいけないほど怪我人続出で大低迷したんだった。それでも最初の数試合は結果残す辺り流石だけど。


 まぁコイツもコイツで大変だよな……結果を残したと言ったって、確か5試合くらい出て3点とかだろ。

 それでいきなり国内組中心の親善試合とはいえA代表入りとか、プレッシャーも相当に違いない。ここ数年の日本サッカーもスター不在とはいえ、なんだかな。



「つうか初蹴りってお前だけ?」

「いや、雅也と小田切先輩と……」


 内海に釣られ出入り口へ目を向けると、大場、小田切さんに続いて黒川まで現れる。え、マジかよ。何故に呼んだ。



「おいおい、本当に居るのかよ。てっきり大場の冗談かと思ったら……どの面下げて帰って来たんだ? とっくに部外者の筈だろ」

「隼人、喧嘩しに来たんじゃないだろ……久しぶり廣瀬、案外元気そうじゃん?」


 爽やかに笑い掛ける長身イケメン、俺や内海の二学年上の小田切航オダギリワタル。ジュニアユース時代からの長い付き合いで、世代別代表でも共にプレーした間柄である。

 昨年からトップへ昇格し、僅か一試合だがカップ戦でプロデビューも果たしたセレゾン期待のセンターバックだ。


 その後ろにユース時代のライバル……と言えるほどのものでもなかったが、何かと折り合いの悪い黒川隼人クロカワハヤトが引っ付いている。ユースの頃は別に仲良さげでもなかったけど、何か接点でも出来たのだろうか。



「公式発表はまだだけど……隼人も功治と同じで、今年からプロ契約なんだよ。で、航と一緒に京都へレンタル移籍ってわけ」

「ほーん。宮本の気持ちが分かったってか」

「なに? 誰が舎弟だって?」

「ハッ。お山の大将ちゅう自覚はあったんやな」

「だから、辞めろって二人とも!」


 苦笑いの財部が慌てて止めに入る。とはいえ雰囲気としてはそれほど険悪いうわけでもない……肝心の黒川も相変わらずだが、以前のようなあからさまな敵対心は無いようにも見えた。



「……まっ、今更こんなことで腹を立てたりしねえよ。ドロップアウトしたお前と違って、俺は正真正銘プロだからな。どうだ廣瀬、サインでも書いてやろうか?」

「隼人、あんまり調子乗るなよ、なっ!」

「ウゴォッ!?」

「お前みたいな自己中野郎でもレンタル先からしたら即戦力なんだから、迂闊な真似は出来ないよな! ファンサービスだってプロの仕事のうちだろォ!?」

「イだダダダダダッ!?」


 美しい羽交い絞めだ。そういや小田切さんって見た目の割に武闘派というか、この手のハードな後輩イジリ大好きなんだよな……黒川の教育係としてはうってつけか。



「えー? でも先輩も去年全然試合出れなくてレンタルされてるわけだし同じようなもんじゃないですかー?」

「この光景目の当たりしてよう言えるな……」


 怖いもの知らずというか、マイペースにもほどがある大場も大場で問題である。黄金世代と一括りにすれど、実態は奇妙奇天烈な連中ばかりだ……俺含めて。



「ほらほら、いつまでもやってないで……午前中しか借りてないんだから、さっさと始めなよ」

「はいはーい。あれ。財部さんも?」

「ここのところ散々面白いもの見せられて、ちょっと血が騒いでるんだよね……陽翔が入ればピッタリ3対3だろ?」


 ああ、お前もそんな調子か。懐かしいな、そういう大人げない顔して選抜の頃からミニゲームに乱入して、一人で無双噛ましてよ。


 馬鹿は馬鹿でも、サッカー馬鹿ってか。

 まぁ嫌いじゃないよ。特にここ最近。






「はぁーキッツぅー……ッ! オフってこんなに体力落ちるんかぁ……!」

「ハァー、ハァー、ハァー……クッソ、なんでコイツ……うェッ……!」

「だらしないなあ二人とも。引退した俺の方がよっぽど走れてるんじゃない?」


 俺と内海と大場、残る三人で分かれミニゴールを使ったゲームが繰り広げられた。序盤こそ「始動前に怪我でもしたら堪らない」と軽く流していた面々だったが、途中から熱が入ってしまったようで。


 コートに力無く倒れ込む黒川と小田切さん。対照的に財部は涼しい顔をしている。おかしい、あのなかで一番走り回っていた筈なのに。引退撤回しろ。



「いっ、いやいやっ……廣瀬お前、あん頃と全然変わってなくない!? むしろ今の方が上手いじゃねえかよ!」


 息も絶え絶えに驚きを露わにする小田切さん。黒川も似たような顔で俺を睨み付けるが、本格的にスタミナ切れなのかすぐにフローリングへ寝転んでしまう。



 そう。勝った。なんか普通に。


 ほとんど内海と大場が決めたゴールだが、俺も何点か取れてしまったし、思っていた数倍は通用している。


 流石にあっけらかんとしている二人と違い、体力的には厳しいところもあるが……技術は勿論フィジカル面やクイックネスでも、それほどプロ二人に遅れを取ったという印象は受けない。



「陽翔、今はフットサルをやってるんだよ。別にセレゾン辞めて遊び惚けていたわけじゃないのさ……なんなら室内のコートなんて、陽翔のホームみたいなものだろ?」

「言うて半年の短い歴やけどな」


 自分のことのように得意げに語る財部。内海と大場は俺の活躍などもう見飽きたとでも言うように、少し離れたところでリフティングをして遊んでいる。



「うん。この間の練習試合でもう一皮剥けたみたいだね。ゴールへの積極性が戻って来た……コートが狭くなって、逆に視野も広がったんじゃない? あの頃より周りも見えているし、無理に突っ込むことも無くなった」

「辞めとけってホンマに……12月頭から暇しとるんやろコイツら。こちとら温いトレーニングでも一応続けとるんやから」

「あぁー、懐かしいこのナチュラルに見下して来る感じッ……! そうだよなぁユースでも世代別でも一回も対人で勝ったこと無いんだよなァ……!」

「王様気分は変わらないってわけか……ッ」


 死屍累々の二人が何やら呟くが、これは一旦スルー。財部の褒め殺しは続く。



「しかし凄いよな……女の子に囲まれて、いくら運動部とはいえ普通ならトレーニングも疎かになるだろうに。流石に体力は落ちてるけど、現に航や隼人を圧倒しているわけだしさ」

「だから言い過ぎやって……」

「んー、俺ちょっと疲れちゃった。じゃああとはみんなで適当にやってて。陽翔とデートしてくるから。プロ相手にユースコーチの指導なんていらないでしょ?」

「財部さーん。自分まだユースだよー」

「雅也も似たようなもんでしょ!」


 不満を口にする大場を置いて、財部は俺を引き連れコートの脇へと外れていく。なにが疲れちゃっただ。この中で一番余裕あるだろうが。



 すぐ外の自販機で飲み物を買い戻って来ると、既に四人はミニゲームを再開していた。そこまで本格的なものではなさそうだ。すぐにスイッチ入るだろうけど。


 壁にもたれかかり二人ゲームを眺める。まだまだ若いねえ、と満足げに微笑み、財部は話を始めた。



「本当に凄い世代だよ。今どき10代でのデビューやプロ契約も珍しくないけど……ユースからこれだけ一気に昇格するなんてさ。航は二つ上だけど、功治に雅也、隼人……セレゾンを離れた選手も、みんなどこかしらで活躍している」

「俺だけやろ暇しとるの」

「まぁ不思議な話ではあるよね……世代のトップをひた走っていた陽翔だけ表舞台から遠ざかっているんだから。でも、実際どうなのさ?」


 含みのある言い方に思わず首を傾げると、財部は水を一口含んで更にこう続ける。



「こないだと似たような話になっちゃうけど……やっぱりさ、使えるものは全部使った方が良いんだよ。今まで築き上げて来たサッカーの実力も、陽翔にとっては自分自身、人生の一部。大きな財産だろ?」

「それも内海に言うた。戻る気はねえよ」

「今のところは、でしょ……やっぱり厳しいよ、フットサルのプロは。一部を除いてほとんどの選手がアマチュア契約で、副業をこなしながら現役を続けている。サッカー選手と違ってネームバリューも劣るし、セカンドキャリアだって簡単じゃない」


 彼の話す通り、フットサルというスポーツは人口や知名度に比例せず、プロへの道が極端に狭い競技だ。バスケやバレーボール等と似たような立ち位置に居る。


 多くの選手がプロクラブの下部組織からの昇格組で、日本サッカーのように高体連のプレーヤーが新卒で加入するケースは極めて少ない。



「依怙贔屓でもなんでもなく、サッカー選手としても十分通用すると思うよ。今の陽翔でも。もっとも、三部でスタメンを取れるかも分からないひよっこよりはマシって程度で……功治には完敗した。足元の技術とプロで結果を残せるかは、まったく別問題だからね」


「今の調子で続けても、二部のクラブでギリギリ控えに入れるかなってレベルで落ち着くんじゃないかな。キミの描いていたプランには程遠い……でも食べてはいける筈だ。ユース時代の実績もあるからね。引退後も仕事には困らないと思うよ」


 ハッキリ言ってくれるな。だがその通りだ。今の俺はこれまでの貯金とほんの僅かな才能を食い潰しているだけ。

 トレーニングを続けているとはいえ、一人で出来る範囲と強度は限られている。彼らとの差はこれから開く一方だろう。



(尽きねえな、ホンマに)


 こんなものは、俺が抱えている解決しようの無い悩みの一つに過ぎない。現実問題として、すぐ先の未来さえあやふやなまま。


 心が通じ合ったとして、具体的にどうすれば良いのだろう。どのような道を辿れば、俺たちは幸せを掴めるのか。望む未来を手に入れられるのか。



 かけがえのない仲間。大切な家族。

 愛しい恋人、信頼出来る友人たち。


 今の俺にとって、何よりも必要な存在である一方。それらは決して、俺の人生を保証してくれるものではない。



「陽翔の人生だからね。俺がとやかく言う立場でもないけど。でも今からウチに復帰すれば昇格は難しくても……二部以下のクラブに拾われたり、大学サッカーで準備するだけの余裕は生まれる。活躍すれば可能性は無限に広がる……これだけは確かだ」

「結局勧誘かよ」

「あくまでも選択肢の一つってだけさ。けど陽翔にとっては理想的な形なんじゃない? 他の仕事とかどうしたってイメージ沸かないでしょ?」


 それこそ余計なお世話だ。これでも学業優秀な部類なんだから、サッカー以外でも何かしら道は開けて来る筈だ……たぶん。



「常に最高の未来を掴む準備だけはしていくべきだよ……キミがどう生きていくか、それだけが重要だ。もっとどん欲に、欲張りにならないとね」

「……考えとくわ」

「取りあえず夏まではフットサル部で頑張りな。それからのことは幾らでも相談乗ってやるから。トラショーラスさん、今期から横浜の監督だよ。話通しておこうか? 陽翔のことずっと気にしてたし」

「いま言うたやろ。一部や無理やって」

「先のことは分からないさ」



 理想とする最高の未来、か。


 アイツらが隣に居て、飯を食って行くのに困らない程度の仕事が出来て、全員が幸せな、不自由の無い生活……まぁこんなところだろうか?



(ノンビリしてらんねえな……)


 なに一つ決まっていない、一歩先すら不明瞭な俺たちの将来。けれど、今からでも出来ることがきっとあるのだろう。


 駄目だダメだ。この手の類は座り込んでいても解決しない。身体動かしてぜんぶ忘れよう……もう十分休んだだろ、財部。



「お喋りは辞めや……お前の考えとることなんなんでもお見通しなんだよ。結局俺がボール蹴ってるとこ見たいだけやろ」

「はははっ。悪くない推理だ」

「年寄りが出しゃばるのもここまでやな」

「じゃ、年季の違いってやつを見せないとね」



 未来のことばっかりでも意味が無い。

 目の前の幸せを噛み締めるのも大切だ。


 なーにがサッカーは引退だ。シャキッとしろ。

 どうせ死ぬまで俺の一部なんだよ。


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