408. Boyhood 2-3
「よし、最後はミニゲームだ。今日は陽翔が戻って来たから、ちょうど偶数で出来るな。えーっとチーム分けは……」
「
「ああ、そうなの? ならそのチームで頼むね。システムや戦い方は各々で決めてくれ。三分後にそのまま始めるから、よろしく!」
黒川の自信あり気な受け答えに、名簿を片手に組み分けを考えていた、財部と呼ばれた細身で端正な顔つきの男は、再びホイッスルを咥え解散を促す。
男の名は、
自身もセレゾン大阪の下部組織で育った元プロサッカー選手であり、ユースからトップチームへ直接昇格を果たし、その将来を有望視された一人でもある。
イマジネーション溢れるプレーでバイタルエリアを攻略する、パス良しドリブル良しシュート良し、三拍子揃った天才肌のアタッカー。
フィジカル面の弱点こそ抱えていたが、ユース世代での実績はずば抜けたものがあり、クラブのエースナンバーである8番を背負うのも時間の問題と言われていた。
しかしプロ入り直後のキャンプで右膝半月板を損傷。これを機に、以降も度重なる怪我に泣かされた。二度のレンタル移籍を経験し、若くしてトップチームに定着したが、スタメン確保には至らず。
24歳を迎えたシーズン。試合中に相手DFから激しいタックルを受け、右足関節脱臼骨折の重傷を負う。
選手生命を脅かす致命的な怪我に、アスリートして伸び盛りであったはずの財部は「このまま引退か、将来歩けなくなるリスクを負って現役を続けるか」という究極の二択を迫られることとなった。
以前のプレー強度を取り戻せないことを財部自身も悟っており、そのシーズンを持って現役引退を決断する。
将来を期待された生え抜きプレーヤーのあまりにも早すぎる引退を、サポーターだけでなく日本サッカー界に携わる誰もが惜しんだ。
引退後はリハビリと並行して、すぐさまセレゾン大阪の下部組織で指導者としてのキャリアをスタートさせた。
昨年は小学生の選抜クラスを全国優勝へと導き、そのまま指導に当たった世代と共にジュニアユースのコーチへ異動。
温厚で誰からも好かれる好漢であり、指導者としても選手の適材適所を見抜く慧眼と、優れた戦術指導力を発揮。
トップチームの監督候補として、早くも首脳陣から高い期待を寄せられている人物だ。
(あー、こりゃまた綺麗に分かれたなー……やっぱりこっちで分けるべきだったかも……)
二チームに分かれてシステムの確認を行う選手たちを眺め、財部は苦笑を浮かべた。選抜クラスからの昇格組と、セレクションを経て加入した外様グループで固まってしまったからだ。
思春期の少年たちを指導する彼に悩みの種は尽きないが、ジュニアユースのコーチに就任してから、また一つ大きな問題を抱えていた。
同じチームの仲間でありながら、この昇格組と外様グループはどうにも仲が良くない。特に黒川を中心としたメンバーは、昇格組への敵対心を隠そうともしない。
(って、あれ? 藤村もあっちのチームなのか…………あー、ってことはこれ、アンチ陽翔連合軍ってわけね。また厄介な……)
よくよく観察してみると、選抜クラスからの昇格組である
藤村は陽翔へ鋭い視線を飛ばすと、次に財部へ向かって似たようなモノを寄越して来る。
財部も思うところが無いわけではなかった。藤村は
同世代の陽翔へ、昔からライバル心を剥き出しにしていた少年だ。外様グループに混ざって、陽翔へ一泡吹かせてやろうという考えなのだろう。
これには財部も頭を抱えてしまった。これから長い年月、同じチームの仲間として切磋琢磨し合うのは悪くないとして、こうも敵対心を露わにしてしまうのも……。
(まぁ、陽翔はなぁ……)
藤村の気持ちも財部にはよく分かるのだ。
彼が小学4年生のとき、特例で選抜クラスのセレクションを受けたあの日。財部は陽翔の圧倒的なプレーに、比喩でもなんでもなく本気で腰を抜かしそうになった。
年上の選手たちを軽々と振り切るスピード。ディフェンスの足をピタリと止めるゴール前での多彩なアイデア。身体を寄せられてもビクともしない体幹の強さ。
公式戦への出場を認められる5年生に上がり、彼が6年生を差し置いてチームの10番を背負ったことに文句を言う人間は誰もいなかった。
付け加えれば、財部はまだ幼い陽翔に自身をどこか重ね合わせていた。同じポジション、同じ利き足、同じ境遇。
初めて彼のプレーを目にした瞬間、財部は思い知らされたのだ。この少年を自分のような。いや、自分以上のプレーヤーに育て上げることが、自身に与えられた使命なのだと。
(とか思ってたら、あの調子だからなぁ)
しかし理想は理想通りに進まず。
優れた才能を持ち合わせながら、陽翔はチームの誰よりも鍛錬を欠かさない、練習の鬼でもあった。
ユース時代、何かとフィジカルトレーニングをサボりがちで、結果的に選手生命を左右する怪我を何度も負った財部との決定的な差がそこにあった。
要するに、陽翔は財部の指導をまったくもって必要としなかった。誰よりも自分というプレーヤーを理解し、素早く課題を洗い出し、最適なトレーニングを自ら課していく。
監督やコーチに言われるがままメニューをこなすことも特段不思議ではないこの年代の選手たちと比べれば、生まれ持った才能も含め、陽翔が飛び抜けた存在になっていくのも当然の流れだったのだ。
「財部さん」
「財部コーチ、でしょ。で、どうした?」
「すまん。先に謝っとく。一週間くらい、アイツら使い物にならんから。来週の試合、こっちのメンバー使った方がええで」
「いいよそんなことわざわざ伝えなくて…………陽翔、お前もお前で納得いかないことはあるだろうけど、チームメイトなんだから。それだけは忘れないでくれよ?」
「ユースに上がるのも、トップに昇格するのも片手で数えるモンやろ。なら今のうちにへし折っておくのが合理的や」
そんなことを言い放って、陽翔は自身のチームの下へと戻っていく。まるでこのミニゲームに圧勝することを分かり切っているかのような言い草だ。
「そういうところさえ改善されればなぁ……」
財部の深いため息も陽翔には届かない。
彼の唯一にして最大の失敗は、陽翔の圧倒的な才能とひたむきな努力をなるだけ邪魔しないように接して来た結果、誰彼構わぬ尊大な態度と不躾な物言いを矯正出来なかったことだ。
才能は超一流。しかし、あのような言動を続けていれば、彼はどこかで大きな過ちを犯す。見え切った未来だ。そしてその失敗は、間違いなく彼の選手生命へ影響を及ぼす。
これまで携わって来た指導者のなかで、財部は唯一、陽翔に敬称で呼ばれる人物であった。そもそもの期待値はともかく、一定の信頼は置かれている証左だ。
自分の言うことなら、ある程度は聞き入れてくれる。そんな気はしていた。だが、ついぞ口を開くことは叶わない。
瓜二つだ。あまりにも似過ぎている。
持ち合わせたモノも、抱えている闇も。
それ故に、自信が無い。根拠が無い。
今の自分では、彼に言葉は届かない。
(悪いけど、今日は黒川たちを応援させて貰おうかな。偶には敗北も必要だろ、陽翔)
コーチとしてあるまじき発想ではあるが、悲しくもこれが、財部雄一という指導者の、今現時点での限界であった。
試合開始を告げるホイッスル。
同時に財部はボールをピッチへ蹴り入れる。
陽翔が加わったとはいえ、実力的には横一線だ。
それほど大味なゲームにはならないだろう。
財部の楽観的な予想は、僅か30秒で覆された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます