349. 死ぬほど好き


「…………ごめん」

「いやもうええて」

「……だから言ったじゃん」

「追い詰めるみたいで申し訳ねえけど、非を感じるポイントが決定的に違うのお判りにならん?」



 あと三秒遅れていたら死んでいた。


 比喩ではない。

 一旦意識飛んでんだよこっちは。 



 という感じで、どうにか一命を取り留めた俺であった。彼女の手によって命の危険に曝されるのも、これで三度目か。


 まだボールが当たって脳震盪の方がマシだよ。やだよ死因が圧迫死とか。よしんばベッドの上だったとしても、俗に言う腹上死でないことは確かだよ。



「…………やっぱり嫌いになった?」

「ならん、ならんけど、方法を考えろや」

「……でももう抑えられないし」

「お前絶対に車の免許取んなよ」

「……なんか関係あるの?」

「アクセル踏みっぱなしで路上出るつもりか」


 すっかり元の愛莉に戻ったようにも見えるが、俺はそう思えない。何故かと言えば落ち着きを取り戻した俺を前にして、また身体がソワソワし始めているからだ。


 隙を狙うな。

 虎視眈々と飛び込む準備を進めるな。



「……言いたかねえけどよこんなん」

「……うん」

「どんだけ好きやねん俺のこと」

「…………死ぬほど好き」

「あ、そうっ……」


 純粋無垢な瞳でエライこと抜かしてんじゃねえ。

 どう反応すればいいんだよ。



「……ホンマに我慢しとったんやな」

「私だって驚いてるわよ……あんなの、私らしくないって自分でも分かってる……でもハルトのこと考えると、それしか考えられなくなっちゃうんだもん……っ!」


 気付かぬ間に引き戻していたシロイルカのぬいぐるみを胸に、精いっぱいの恥じらいを見せつける。そろそろ綿が飛び出すぞ。控えろ。



(……いや、嬉しいけどよ……)



 他ならぬ愛莉にここまで言われて平静を保てるほど愚かではない。


 だが先ほどの余韻が引いていない現状、素直に喜ぶのも気が引けた。若干ビビっているのは否定しない。



 真琴の言っていた「溜め込みすぎて爆発する」って、こういう意味合いもあったんだろうな。普段から溜め込んだエネルギーを、一点において過剰に放出してしまう。確かに普段の愛莉からも見られる癖の一つだ。


 にしてもやり過ぎだけど。

 人一人殺す寸前まで溜めるな。



「……まぁ、あれや。さっきも言うたけど、別に引いたり嫌いになったりしねえから。お前がやりたいなら止めへんし」

「…………ほんとにっ?」

「毎回あれは困るけどな」

「うぅっ……でも、どうすればいいか分かんない……っ」


 ごめん。ちょっとだけ思った。

 クソ面倒くさいって。



「もっとこう、ちょうど良い落とし処をだな」

「…………どうすればいいの?」

「俺に正解を求めるのは絶対にちげえから」

「…………じゃあ、こ、こういうのは……っ?」


 ぬいぐるみを手放して、ちょこんと俺の前へと座り直す愛莉。両腕を掴んで、こちらから抱擁するような形に。


 どこかで聞いた覚えがある。あすなろ抱きってやつだったか。うん、まぁ、これから俺が死ぬ心配は要らないか。



「…………急にお淑やかだな」

「いっ、いいの……ハルトの体温が分かれば……」

「そんなもんすか……」


 突然のトーンダウンに面食らうばかりである。


 さっきまであれだけ馬鹿やっていたというのに、いきなりこんな甘ったるい雰囲気を作り出されても。着いて行けない。愛莉を前に、今に始まったことじゃないのは確かだが。



「…………満足か?」

「……んっ」

「なら普段からこれくらいで……」

「んふっ…………ふっ、んふふふふふふ……っ♪」

(えーなんか笑ってるー……)


 後ろからだと全部は見えないけれど、多分めっちゃニヤニヤしてるコイツ。凄いなお前。この半年間で積み上げて来たもの丸ごと捨てる勢いだぞ。



「…………そのさ、ハルト……改めて確認なんだけど」

「あ、はい」

「私たち、そのっ……両想いってことで……良いのよね?」

「……まぁ、そうなんのかね。一応」

「…………ふへへへへへへっ……!」


 笑い方きっも。


「……もう忘れろっつっても無理だからなこれ」

「べっ、別にいいしっ……これからずっとこうだし……!」

「えー困るわー……」

「はっ、ハルトのせいだしっ……! 私だって今日だけでこんな風になるとか思ってなかったんだから! いっ、今更後悔したって遅いんだからねっ!?」


 それはそっくりそのままお前に返すよ。


「学校でこの顔見せんなよ。頼むから」

「わっ、分かってる! ハルトの前だけっ!」

「ならええけどよ……」

「…………あっ、そうだ。学校」

「あ?」

「休むって言ってなかった」



 本当に今更だ。このくだりが始まってから二時間近くは経っている。


 登校に関してはだいぶルーズな校風な故、わざわざ担任に連絡を入れる必要は無いだろうが……この調子だとフットサル部のグループチャットにも何も言ってないんだろうな。



「…………どうしよう。みんな絶対疑ってる……」

「素直に言えばええやん。泊ってたって」

「…………ていうか、思い出した」

「あ、なにを」

「いや、そのっ…………私の勘違いなら悪いんだけどさ。ハルトって…………結局そのっ、どういう状況なの?」

「状況?」

「だからっ……瑞希とか、比奈ちゃんとか……」



 ……あぁ、やっとこの話が出来るのか。

 ここまで長かった。ずっと待ってた。


 いや、彼女の精神状態を顧みれば、この話題を敢えて出さないのも正解と言えば正解なのかもしれないが。それでも触れないわけにはいかない。



「……落ち着いて聞いてくれるか」

「…………んっ」


 その言葉をどこまで鵜呑みにして良いものか。

 これだけ幸せそうな姿を見せられると、尚更。



「……まぁ、愛莉の想像してる感じで、だいたい合っとる。二人とも似たようなことがあって……で、結局今まで通りや。多少、変化はあったけどな」

「…………それが良く分からないのよ」


 ここに来て初めて見せる不満げな表情。

 理由は勿論分かっている。



「だって、普通、一人でしょ?」

「普通はな。普通は。でもしゃあないやろ、それが分からへんねん。さっきも言うたろ、俺やって愛莉にどうこう言えるような立場じゃねえんだよ」

「…………みんな好き……ってこと?」

「……有り体に言えばな」

「…………それ、おかしいよ」



 なんてことはない。

 当たり前のことを、当たり前に指摘する。

 ただそれだけで、左胸がズキリと痛んだ。



 これが比奈や瑞希と異なる点だ。


 答えは出さなくていいからと、曖昧なままの関係を認めてくれた比奈。悪く言えば、疑似的な家族の温もりと混合させている瑞希とは決定的に違い。


 愛莉が求めているのは、分かりやすい男女の関係。ならばこの疑問と違和感は、必然的なモノ。



 まだ一つ。伝えなければならない。

 越えなくてはならない、高い壁がある。


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