345. 文字通りの悶絶
「そういう冗談、良くないと思うんだけどッ!」
「…………あっ?」
「だっ、だって、あ、ありえないしっ! もう分かってるのよっ! 瑞希か比奈ちゃんのどっちかと付き合ってるんでしょっ!? 見てれば分かるんだからそんなのっ!」
……エライ勢いで全否定される。
正直に言えっつったのお前だろ。何故そうなる。
そこまでして認めたくないのか。
そんなに怖いのか。
ズルいっつうか、卑怯じゃないかそれ。
「仮に百歩譲ってアンタが恋心に目覚めたとしても、絶対に私じゃないからっ! わたしなわけないでしょっ! だって、だって……私のことなんて全然……っ!」
「いや、ホンマやって」
「うそっ! 絶対にウソ!!」
「あのな愛莉」
「ぜったいうそおおおおおお!!!!」
「ううぉっ!?」
足元の毛布を全力で投げ付けられ、上手いこと視界が真っ暗闇に染まる。いくら現実が受け入れられないからってモノ投げるか普通。駄々っ子か。
「絶対信じないッ! ありえないからっ!! はっ、ハルトが私のこと好きになるとかっ……おっ、おかしいしそんなのっ! だって理由ないもんっ!」
「……理由? んなんいくらでもあっけど」
「ぶえッ!?」
身体を起こして毛布を剥ぎ取った勢いのまま馬鹿正直に恥ずかしい台詞を吐いてみると、こちらの心情などちっとも考慮しない彼女の馬鹿みたいな驚愕顔が飛び込んで来る。
クソ、物分かりの悪い。
いや往生際の悪い奴だ。
なら徹底抗戦といこうじゃないか。
「……俺だってやっと気付いたんだよ」
「…………へっ?」
「最初からなんだよ……たりめえやろ、サッカー辞めたくてわざわざこっちまで来たんに、お前一人のせいで凝りもせずボール蹴ってんだよこっちは。どう考えてもお前の影響やろ」
「……そ、それはっ……!」
「断言してもええ。俺がもっかいボール蹴れるようになったんは、俺自身が変わったからじゃねえ。お前に会って…………お前と仲良くなりたかったからなんだよ、たぶん、たぶんなっ! ああもうなんだよハッズいなッ!! なに言わせんだよッ!!」
「しっ、知らないわよそんなのぉっ!!」
美しいまでの自爆が決まった。互いにシーツへ穴を開ける勢いで視線を外そうと努力を重ねている。
しかしこの場に二人きりという現実は変わらない。逃げ道はどこにも無いのだ。そもそも自分で塞いだのだから。
……でも、そういうことなんだろうな。
少なくともこの街にやってきた頃の俺は、本気でサッカーを辞めるつもりだった。いや、辞めたつもりだったのだ。二度と関わり合いにならないと決めて、地元を離れた。
それだけの覚悟あっての上京なのだから、たかがクラスメイト一人に「フットサル部を作ろう」と言われて、ホイホイ乗っかるほどの安っぽい決心では無かったはずなのだ。
ところがどうして、今に至るわけで。
じゃあ何故こうなったかと問われれば。
やはり愛莉の存在を抜いては語れない。声を掛けたのが彼女だったから。他ならぬ愛莉だったから。俺は今こうして、再び愛するフットボールと向き合うことが出来ているのだ。
コミュ障でプライドの塊だった自分を変えたいと思っていたのは本当のことだし、新しい環境で友達が欲しかったのも本当のこと。
だから俺は、極めて自然な流れで。当たり前のように愛莉を受け入れてしまったのだ。それは他のフットサル部勢や見知らぬ男子生徒では叶わなかったこと。
ただひらすらに、愛莉。
お前が魅力的に映ったから。
元を辿れば、結局そういうこと。
「…………なんで好きになったとか、どこが好きとか、今更知らん。考えたところで分からん。でも好きなんだよ…………しょうがねえだろ」
「…………でも、みんなは……っ?」
「アイツらも一緒や。瑞希も、比奈も、琴音も、ノノも。有希も真琴も同じや。今なら自信持って言える。少なからず俺は、全員にそういう感情を持っとる……もう隠せねえよ」
「…………全員、なんだ」
「ただ決定的に……一つだけみんなと違うのは、愛莉。誰かに言われるまでもなく、お前のことだけは好きだって、ちゃんと自分で気付けたんだよ」
「…………ハルト……っ」
ようやく落ち着きを取り戻した愛莉は、変わらず動揺こそ隠せていないものの、それなりにしっかりと話を聞いてくれている。取りあえず毛布を投げられる心配は要らないか。
比奈に言われた「愛莉だけ特別扱い」とは、つまりこのようなことを指すのだろう。自分のなかで差を付けている気は全くない。けれど、どうしても態度に出てしまう。彼女のことを。愛莉のことを優先して考えてしまう。
その気がなくとも言葉に、態度に現れてしまうのなら。もう言い訳のしようが無かった。相変わらず確証のようなものはイマイチ得られていないけれど。
これは、恋だ。
そうでなければ、納得出来ない。
「……別にええて。お前が俺のことどう思っていようが、俺の知ったこっちゃねえ。でも、でもよ……やっと、やっと気付けたんだぜ。半年も一緒に過ごしてきて、やっとだよ。こんだけ長い時間掛けて分かったんだからさ…………俺の気持ちくらい認めてくれよ」
「……………………分かんないもん」
まるでやる気の見えない、か細く頼りない否定に少しだけ腹が立った。彼女の一片を知る者として、本心から出た言葉ではないことくらい分かっていたけれど。
それでもなお素直になってくれない彼女に、無性に苛付いた。これだけ恥ずかしいフレーズを溢れるほど並べたあとなだけに、余計にそう思う。
「分からなくてええから、一応知っとけって、そう言ってんだよ。馬鹿が」
「ばっ、バカとか言うなしっ……! そういう口の悪いところとか知ってるから、信じられないって言ってるのよっ!」
「……あのなぁ。俺やって別に、好きな奴に好んで馬鹿バカ言いたかねえんだよっ! 知ってんならそれくらい察しろや! 馬鹿がッ!」
「またっ! またバカって言った! バカじゃないもんっ! 分かってるもんっ!!」
「分かってねえから言ってんだろアホッ!」
「アホじゃないもんっ!!」
「…………てっめえ……ッ!」
いつの間にかシロイルカのぬいぐるみを胸元に抱き抱え、涙目で縮こまる愛莉。
クソ、やり辛い。
ちょっと可愛い恰好するな。
調子崩れるだろ。
何故これだけ言って分からないんだ。本当に理解出来ない。お前がそこまで恐れているものってなんなんだ……?
「…………ハァー。また熱上がりそうやわ」
「そ、それは困る……っ」
「なら教えてくれよ……なんでそう頑なに否定すんだって。別にええやろそれくらい。お前がどう思ってるかなん知らへんけど、頭の片隅にでも置いておけよ。コイツ自分のこと好きなんだなって、それでええやんけ。癪やけど」
「…………だっ、だって…………っ!」
豊満な胸に圧し潰されシロイルカが悲鳴を上げている。水族館で聞いたような可愛らしい鳴き声ではなかろう。文字通りの悶絶だ。或いは幸運かも分からないが。
気恥ずかしさのような何かに囲まれているのか。中々弁明となる言葉が出て来ない愛莉。こればかりは彼女のアクションを待つほかない。
シロイルカに顔をギュッと当てて小刻みに揺れる彼女は、小さな隙間からチラチラとこちらの様子を伺ってくる。クソ、可愛い顔して可愛いことしてんじゃねえ。
「…………ほんとに……」
「……あ?」
「本当に……ほんとのホントに……わたしのこと、すっ、すき……なの…………っ?」
「せやから言うとるやろ何遍も」
「…………困るんだけど……っ!」
「別に告白の返事しろっっつってるわけちゃうぞ。俺はただ理解してくれっていう……」
「だからいやなの…………ッ!」
駄目だ。埒が明かない。
いっそのこと性欲ごとぶつけた方が効果的か。
なんてことを考え出した、次の瞬間だった。
「…………そんなの……うっ、うれしすぎて……おおっ、おかしくなっちゃうからぁ…………ッ!!」
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