266. モヤモヤしますっ
突然の知らせに酷く動揺していた愛莉をフットサル部総出でなんとか落ち着かせ、すぐさまスクールバスへ乗り込ませる。
この日は解散という運びになったが、やはり落ち着いていられないのは他の面々も変わらない様子で。せめて中学の前までは付き合うと比奈が言い出したが、愛莉はこれを固辞した。
面識があるわけではないとはいえ、愛莉の家族に纏わる重大な問題である。だからこそ彼女は一先ずでも「自分が状況を飲み込まないことにはどうしようもない」と敢えて一線を引くことにしたのだろう。その意志は尊重されて然るべきだ。
だが、気になるものは気になる。
そもそも、そういった問題が起こったのであれば、まず先に連絡が行くのは二人の両親の筈だ。にも拘らず、愛莉に電話が来たということは。
あまり良い予感はしない。
半端に彼女の家庭環境を知っているから、尚更。
「……大丈夫かな、愛莉ちゃん……っ」
愛莉一人が抜けただけで、随分とガランとしてしまった談話スペース。力無く呟いた比奈の慌ただしい瞳の色が、全員の心境を如実に物語っていた。
「ハルは一応、会ったことあるんだよね?」
「……少しだけな」
瑞希の問い掛けに答える。あれを会ったのうちにカウントするべきかは分からないが。
「喋った感じ、どうだった? そーいう感じの子…………いや、違うよね。だって、あんなに動揺してるん、普段からは想像も出来ないって感じだったし」
「愛莉さんのお話では、真琴さんはとても物静かで落ち着いた性格と聞いたことがあります。何らかの事情があったとはいえ、腑に落ちませんね。ましてや、彼女の姉弟でしょう」
足りない頭を回し、一人ごちる瑞希と重ね合わせるように、琴音も似たような主張を続ける。比奈、ノノも続いて同意するように顔を見合わせた。
そうだ。俺もおかしいと思っている。
確かに長瀬弟は、少し感情的な一面もあるかもしれないが……だからといって、暴力に訴えるほど頭の回らないタイプではない気がする。それこそ琴音の言う通り、あの愛莉の弟なのだ。
少なくとも姉の前では、ぶっきらぼうな態度こそ取っていたものの、間違いなく人としての温かみを感じさせる、良い表情をしていた。そんな子が、同級生に手を出すだと?
「やっぱり、気になりますよねっ?」
「そりゃまぁな……でも、どうしようもねえだろ」
「なにも出来ないのはモヤモヤしますっ……」
彼女の問題は俺たちの問題でもあるが、長瀬家の問題は長瀬家の問題だ。俺たちへ訳を事細やかに説明するよりもまず、家庭内である程度の整理が必要だろう。
現実として、俺は長瀬弟が通う中学の場所も、何も知らないのだ。愛莉からのアクションを待つ以外に、俺たちに出来ることなど無い。
「陽翔くん、西中ってどの辺にあるか知ってる?」
「駅近に結構安めのスーパーがあって、そこから割と近い……と思う。前に会ったときも下校途中やったし、多分やけどな」
有希との家庭教師の約束のために、愛莉の最寄り駅へ降り立ったあの日だ。中学ならまだ学区で別れているだろうし、そう遠いことも無いだろう。行けないことも無いが、いやしかし。
「…………いや、待てよ。有希だ!」
そう。愛莉と有希の家は距離的に結構近い。
駅も一つ分しか離れていないのだ。
「アイツの家もあの辺りやから……」
「もしかしたら、同じ中学なのでは?」
「……連絡してみるか」
本来なら褒められた行為でないことは分かっている。けれど、それを理由に動かないほど能天気ではいられない。
俺たちに出来ることは限られている。なら、愛莉とはまた違った覚悟でアプローチしてみたって、文句を言われる筋合いは無いだろう。
正直に言えば、ノノへ放った言葉は嘘の部類に入る。この方、家族の繋がりや信頼なんて信じちゃいないのだ。
俺がそう思っているのだから、事実も解釈違いもどうでもいい。
スマートフォンを滑らせ有希に電話を掛ける。
驚くほどの早さで、彼女は着信を取った。
『廣瀬さん、大変なんですっっ!!』
「有希、悪い。急用だ。お前、中学ってどこや」
『えっ……通ってるところですか? すぐ近くの、西中ですっ』
ビンゴ。
『あのっ、どうかされたんですかっ? そのっ、もしかしてなんですけど…………マコくんと関係ある話だったりしません?』
「…………マコくん?」
『私のお友達ですっ。真琴だから、マコくんですっ。あのっ、私も急いで伝えなきゃって思って……マコくんって、長瀬さんのご姉弟だったりしませんかっ!?』
電話越しに伝わる有希の声色は、焦りと恐怖をごっちゃにしたような上滑りを想起させる。どうやら話したいことは同じなようだ。そこまで話が早いとは。
「その通りや。何が起こったか知ってるか?」
『はいっ! マコくん、サッカー部の人たちと言い合いになって……それでっ、ちょっと手を出されて、やり返しちゃってっ、大喧嘩になっちゃったんですっ!』
* * * *
慣れない上り線に飛び乗り、早坂家の最寄り駅へ。
大勢で押し掛けるにもどうかと比奈、琴音の提案もあり、一旦は俺へ全て預けられることとなった。改札を出ると、すぐさま有希が迎えに駆け寄って来る。彼女もまだ中学の制服を着ていた。
「廣瀬さんっ!! どうしようっ、マコくんがっ、マコくんがっ! わたしっ、どうすればいいのか分からなくてっ! もしかしたらって思って電話しようって……っ!」
「落ち着け、有希。大丈夫だから」
電話で聞いた声よりも遥かに、有希は取り乱していた。肩に両手を置きあやすように彼女を宥め、案内に従って西中への道のりを進み出す。
「……落ち着いたか」
「はいっ。ごめんなさい、わたしっ……」
「いや、別にええ。それより……」
少しばかり事実の擦り合わせが必要だろう。
有希にとって長瀬弟がどのような存在なのか。何故このようなことが起こっているか。愛莉からの第一報と有希からの情報に乖離があることも含めて、だ。
「……知り合いやったんやな」
「知り合いどころか、一番のお友達ですよっ。いっつもクールで落ち着いてて、頼りになる、クラスのリーダーなんです」
真剣な眼差しで長瀬弟について語る有希。
男が苦手な筈の有希が、こうも評価しているのか。確かに、見た目は男か女か分かり辛いところだけど。
「でもっ、本当にご姉弟だったなんてビックリしました。確かに名字も一緒だし、ちょっと似てるところあるかなぁって思ってはいたんですけど……マコくん、愛莉さんのお話全然しないので」
「まぁ長瀬なんどこにでもおる名字やしな……」
どうやら愛莉とアイツが姉弟であることは、身近な存在である有希にとっても青天の霹靂であったらしい。ただ、事実を隠そうとする気持ちも、なんとなく分かる気はした。
「有希でもアイツは大丈夫なんやな」
「……大丈夫? はいっ、マコくんは可愛いし、カッコいいですから。男女問わずみんなの人気者ですよっ。女の子だけのファンクラブもあるんですっ」
それは凄い人気ぶりだな……ファンクラブって架空の世界の話だと思ってたけど、中学生でそんなものが作られてしまうのか。改めて愛莉の姉弟だ。
中学の正門が見えて来る。
あれが有希と長瀬弟の通う西中か。
「だからっ、どうしてこうなっちゃったのか、私も分からないんです……っ! マコくんは絶対にっ、暴力振るったりとか、そんなことしない人なんです……っ!」
「分かってる。落ち着け有希…………俺もアイツのことなん、大して知らへんけどな。なんかしら理由があることくらい、察しは付いてる」
「それで、そのことなんですけどっ……」
覚束ない口振りで有希がこちらを見上げた瞬間。
愛莉が校門のなかから、頭をペコペコと下げながら現れた。その奥には、恐らく担任と思われる男性教諭の姿。
そして、あの日と変わらぬ上下ジャージの長瀬弟。酷く不愛想な様子に、思わず顔を顰める。
当然の反応である。お前、どういうつもりだ。愛莉があれだけ必死に頭を下げているというのに。
なんで、そんな無関心なんだよ――――
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