238. 自分で自分を可愛いとか言うな
二人が退散し、俺と愛莉はようやく休憩時間に。代わりはクラスメイトのパリピ女子たちが務めてくれる。
休憩スペースに置かれた椅子へ同タイミングでどっさりと座り込む。共に吐いた大きなため息が重なって、顔を見合わせ小さく笑みを溢した。
「まさかこんなに人が来るなんてね……」
「言うて文化祭なん、こんなもんちゃうん」
「さっきクラスの子に聞いたけど、ここまで並んでるのウチのクラスだけだって。ホント、お金取ってもいいレベルよそろそろ」
「ホンマそれな」
顔には分かりやすい疲労感が透けて見えたが、それと同じくらい充実味を膨らませる。かく言う俺も、ここまで大盛況なら悪い気はしない。
大袈裟な衣装に身を包んだ愛莉ではあるが、いつもフットサル部で見せるものと変わらない、少しばかり気の抜けた様子にどこか安心する。
まさに馬子にも衣裳。ボロは着てても心は錦。
いや、どれも違うか。悪口やこれ。
「午後ってどういう予定だったかしら」
「プラカード持って歩き回るんやなかったっけ」
「あー、これで校内歩くんだ……」
「ヒールなん履いて大変やな」
「それは良いんだけど……流石に恥ずかしいかも」
「今更やろんなもん」
「教室とは違うでしょ? アンタだって」
「もう気にせんわ。見られて困る相手もおらんし」
「まっ、一番見られたくない二人が来たしね」
それは全面的に同意。
俺たちと同様、衣装に身を包んだ女性陣たちが午前中校内を歩き回って宣伝していたように、二人にも似たような仕事が残されている。
正直ここまで繁盛していたら、これ以上の宣伝なんぞ必要無いのではないかとも思うが……まぁ元々決まってたことだから、やるけども。
「まあ、フリータイムってことでええんちゃう」
「それもそうねっ……作り笑顔も大変だし」
「他のクラスの調子でも見るか」
「うんっ。でもハルトも明日はフリーでしょ? 私もだけど」
「まぁ……一応な」
「一応?」
不思議そうに首を傾げる愛莉。
確かに暇っちゃ暇なのだが、朝から三人の相手をする手前、予定が無いというわけではない。
むしろ今日より忙しくなるかも分からん。
楽しみは楽しみだけど、面倒過ぎる。
「……誰かと回るとか、そんな感じ?」
「普通に三人から誘われて…………あっ」
そこまで言い掛けて、思い出した。
愛莉から、なんの誘いも受けてないじゃないか。
いや、別に、それが不満だとか気に食わないとか、そんな子ども染みたことを言いたいんじゃない。ただ、あの流れで言えば愛莉だけ、というのが少し不思議だったという。
「…………え、みんなで回るってこと?」
「いやっ……それぞれ二人で」
「……………………そ、そうなんだっ……」
すると愛莉は、口ぶりこそ平然を保とうとしているものの、明らかに動揺し始める。指先は落ち着かずにあちこちを指し、視線も露骨に泳いでいる。
なにかを言い出さんとするその姿勢こそ察すれど、俺からなにを出来るわけでもない。ただ、彼女の様子が落ち着くまでジッと待つばかり。
……いや、しかし。
ここは、俺が言い出すべきなのだろうか。
だが、彼女がそれを望んでいるとも限らない。
(…………受け身でどうすんねん)
それは、どうしたって嘘だろう。
俺にしたって瑞希、比奈、琴音、それぞれと文化祭を回る明日を少なからず楽しみにしているのだから。彼女が言い出さないからって愛莉だけは、なんてことも憚れる。
単純な話なのだ。
俺はただ、普通に、愛莉とも文化祭を楽しみたい。
極めて普通に。友達として。
或いは、可愛い女の子の相手として。
こんなところで出されてもいない問題に答える気も無い。俺がそうしたいから、そうするだけだ。
「まぁ、あれや。明日に時間作れるかも分からんし。せっかく二人で任された仕事や。なっ。俺らもデートっぽいことすっか」
「…………へっ?」
「別に嫌なら構へんけど」
結果、僅かばかりのプライドに邪魔される。
本当は無理にでも明日時間を作るべきなのだろう。どう足掻いても今日の俺たちは、クラスのなかの二人でしかない。それはきっと、三人と対等な条件ではない。
だが、こんなものでも、俺の精一杯だった。
何故、愛莉にだけこんな風に言ってしまうのか。ただ、他の三人と同じようには行かないからという、そんな単純な理由だけでもない気がする。
答えを探そうにも、すぐには出て来ないのだが。
「…………い、いいわよっ。ぽいことね、そうそう、デートっぽいこと。まぁ、アンタもあれよ、役得ってやつよねっ! 私みたいな可愛い子とまぁまぁな格好で文化祭体験できるんだから? それだけでも十分っていうか!?」
「え、あ、うん」
自分で自分を可愛いとか言うな。
ちょっと懐かしくなっただろ。
まぁ、でも、間違ってないんだけどな。
お前が可愛いのは、とっくに知ってるつもり。
「どうせこのあともお客さんいっぱい来るんだし。私たち、もう結構頑張ったし? だいたい、こんな格好させられて、理不尽なのよっ。少しくらい良い思いしてもバチ当たらないわ。うん、きっとそうよ」
「納得するのはええけども」
「あー、そっかー! ハルト、私とデートしたかったのねっ! あー、そう! そうなのっ! いやっ、私は別にそうでもなかったけど!? まぁ他でもないアンタの頼みだし、聞いてあげないこともないけどねっ!? でもあくまでっ、あくまでデートっぽいことってだけだから! 明日みんなみたいに予定作って遊ぶならまだしも、これなら仕事の延長戦だし!? 完全なデートっぽいで済むからっ! そうでしょ!?」
顔を真っ赤にして無理やりにドヤる愛莉。
まるで言い聞かせるような口ぶりだ。
そんなぽいことを強調せんでもええやろ。
でも、そうか。
お前にとっても、それが全力の回答なのか。
(……やっぱ似てんのかね)
最終的に行き着く答えはいつも同じ。
これから行われるであろう秘密の逢瀬を、本物のデートと言い切れなかった俺も。それを肯定してみせる愛莉も。
求めているところは一緒だし、同じようなスピードで、同じ道を歩いている。
そこに愛莉と、残る三人とで優越があるわけではない。それぞれ違った良さがあって、まったく異なる未来が、世界が広がっている。その一つひとつが、俺にとってなによりも大切。
だが、今日ばかりは。今回ばかりは。
愛莉の気遣えていない気遣いが、優しく心を叩いた。
「二人とも、ちょっといいかな?」
同じく休憩に来たのか。額の汗を袖で拭いながら、疲れた表情の比奈が現れる。
「あっ……おっ、お疲れ比奈ちゃん」
「どうかしたん」
「この後なんだけど、他の子たちにモデル代わって貰うのは予定通りなんだけどね? 思ったより行列が凄くって午後も全然途切れない勢いだから、もう宣伝は良いかなって。だから二人とも、遊んできていいよ。衣装も脱いで良いから」
えっ、と驚いたように目を見開く愛莉。
予想できなかった話ではないが、それだと……。
「暑いし、動きづらいし、大変でしょ?」
「…………ううん。このままでいいわ」
「えっ? でも、良いの?」
「どうせ最後の方はまた私たちが撮られる係でしょ? なら着替え直すの面倒だし、私もこの衣装、結構気に入ってるから。このまま行っちゃうわ。ありがとね、比奈ちゃん」
「…分かった。じゃあ、いってらっしゃい」
「行こ、ハルトっ」
意気揚々と立ち上がった彼女の瞳には、なにかこれまでとは違う、闘志のようなものが透けたような、そんな気がした。だが、それと同じくらいの浮つきが見て取れる。
「…………陽翔くんも、ほら」
「……ありがと、比奈」
「フィフティーフィフティーだよ、ね?」
愛莉に聞こえないほどの小さな声でそう呟き、軽快にウインク。あぁ、やっぱりコイツ、愛莉だけ俺を誘っていないの、見抜いていたんだな。こういうところばっかり鼻が利くもんだ。
「まっ、程々にな」
「ほら、待たせちゃ駄目だよ」
二人の視線の先には、ちょっと浮かれ過ぎなくらい満面の笑みを溢した、飛び切り可愛らしい格好の、飛び切り可愛らしい女の子が一人。
デートっぽい何かの相手には、あまりに役不足。
あぁ、でも、それって誤用らしい。この場合、なんて言えばいいんだろう。分からないけれど、出来ればその「ぽい」という言葉が本当の意味で役不足になれば、もっと良いかもな。
「早く早くっ、ハルトっ!」
分かってるって。俺はどこにも逃げんわ。
だから愛莉。
お前も、このデートから逃げんなよ。
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