237. ありよりのあり


「はーいこちらコスプレ写真館になりまーす! 最後尾はこちらでーすっ! 順番にどーぞーっ!」


 クラスメイトの女子が必死に声を張り上げる様子が、教室のなかにも聞こえて来る。それに負けぬボリュームで、廊下は大いに賑わっていた。



 文化祭がいよいよ始まった。


 ちなみに正式名称は「ヤマガク祭」というらしい。山嵜高校の学園祭で、ヤマガク祭というわけ。全然知らんかった。まぁ覚える気も無い。



 さて。山の上のある辺鄙な場所にも拘らず、校内は開始早々、大勢の来場客で溢れ返っていた。


 何だかんだ山嵜はこの辺りじゃ唯一の私立高校だし、学校の規模からしても近隣校とは一線を画すものがある。文化祭の盛り上がりも有名で知られているようだ。


 特に入場制限が掛かっているわけでもないので、他校の生徒に限らずウチの関係者。はたまた近隣の住人。更にOBOG、入学を志す小中学生と、老若男女問わず様々な人間が学校を訪れている。



 正直、予想していたよりもずっと多い。

 どのクラスもてんてこ舞いという印象。


 特に盛況なのはやはり三年生がグラウンドで行っている露店のようで、中でもタピオカ屋が圧倒的に人気の様子。というか半分くらいタピオカ屋出展してる。流行に乗り過ぎ。


 で、我らが2年B組はというと。

 


「はーい撮りまーす!」

「やっばアンタ、全然似合ってな!」

「うるさーい! たまには良いでしょーっ!」


 簡素ではあるが、どう見たって浮世絵離れしたカラフルなドレスに身を包んだ女子学生二人が、俺と愛莉の間で楽しそうにキャピキャピ騒いでいる。


 控えめにポーズを取る二人に合わせ、この数週間死ぬほど練習させられたキメ顔を披露する。顔の変な筋肉が攣りそう。やっぱモデルとか死ぬほど向いていない。ホント今日だけでよかった。



「はいっ、こちらお写真になりまーす」

「ありがとーございまーすっ!」

「うわー、完全に顔負けしてるウチら」

「ちょっと、それ言っちゃおしまいでしょっ!」

「お着替えはあちらでお願いしまーす」

「はーい、ありがとうございますー」


 ホッとしたのも束の間、新たに着替え終わった男グループのお客さんが現れ、息を着く暇も無いとはこのこと。愛莉と顔を見合わせ、口元を歪に浮かび上がせた。



「すみません! 最後に握手お願いしますっ!」

「えっ……あぁ、はい。俺で良ければ」

「お兄さん、モデルとかされてるんですかっ!?」

「いや、普通の高校生っす」

「えぇーっ! 絶対芸能界とか行けますよーっ!」


「お姉さんこそ絶対芸能人ですよね!?」

「い、いやいやっ……そんなんじゃないですって」

「めっちゃファンになっちゃいました!」

「あははっ……あ、ありがとー……っ」


 眼を輝かせ腕をブンブンと振り回す女子学生コンビの片割れ。もう一人は「じゃあ私も!」と愛莉の手を強く握っている。やはり似た反応の二人だ。流石に呆れ顔も隠せなくなって来ている。



「はいはーい、次の方がいるのでこの辺でー」

「お姉さんも衣装着ないんですかっ!?」

「わたしはお手伝いなのでー」

「えぇー!? 絶対こういうの似合いますよー」

「そうかなー? ありがとうございますー」


 こちらとは対照的に、軽々と追撃を交わす比奈。

 俺と愛莉に負けず、比奈も結構な人気ぶりだ。



 という感じで、比奈考案のコスプレ写真館は大方の予想に反して、二年の催し物のなかでは飛び抜けた集客を誇っている。


 スタートからそろそろ12時に差し掛かろうという今の今まで、全く客足が途絶えない。それどころか、俺たちの噂を聞きつけてやって来たという人たちまで現れる始末。



「ううぉぉォォッッ!! めっちゃ美人キタッ!!」

「あ、お触りは無しですよっ! ルール守ってくださいねっ!」

「あ、はいはい、すみません」

「だから言っただろっ! 来て正解だったな!」

「お姉さん、彼氏とか居るんですか!?」

「あっ、あの、取りあえず写真を……っ」


 露骨に苦笑いの愛莉。ただでさえ人見知りなのに、分かりやすいナンパ目的でも強く否定できないから辛いところ。


 比率としては女子が圧倒的に多いが、このように愛莉の存在を知った他校の男子も増えて来ている。その間、俺はちょっとだけ暇。



「陽翔くんっ! 顔っ! シャキッと!」

「あ、はい、すんません」


 イカンイカン。気付かぬ間に膨れていたか。


 いや、こうなると分かっていなかった筈がないのだ。ただでさえ人目を惹く愛莉がこんな可愛らしい格好をしていれば。噂になるのも致し方ないところではある。


 しかし男相手に半強制的にとはいえ会話をしている彼女の姿を見ていると、柄でもなく機嫌を損ねてしまう自分もやはり居て。


 ストッパー役を買って出てくれた比奈の存在が、本当に助かっている。間違ってもメイド喫茶じゃなくて良かった。暴動が起きる。



「はーい、こちらお写真でーす」

「あのっ、ラインだけでも……!」

「お帰りくださーい!!」


 写真を手土産にグイグイと男子グループの背中を押して退散させる。クラスの男たちも人払いに協力してくれている。衣装作りであまり貢献出来なかった男子勢が、こんなところで役に立つとは。



「ありがと比奈ちゃん……助かったわ」

「いえいえー。みんなもありがとねー」

「長瀬ちゃんに手ェ出す奴は許さん! なっ!」

「あぁっ! そうだよな、廣瀬ッ!!」

「なんで俺に言うねん」


 出してねえよ。今のところ。

 無論、出す予定もねえよ。たぶん。



「次のお客さんで休憩かな。疲れたでしょ?」

「それがいい、っていうか、そうしたい……」

「立ちっぱやからな、バイト代貰ってもええわ」

「それはまた今度ねえ」


 予定があるのか。怖。


 さて、次の客はどんな奴らだっと。

 どっちかというと女子の方が気は楽なんだが。



「おいっすーっ! 元気してっかー!」

「……すみません、お忙しいところに」

「お前らかよ……」

「アンタら自分のクラスどうしたのよ」

「休憩中だっ!」

「仕事中でしたが、瑞希さんに連行されました」


 いま一番来て欲しくない奴らが来よった。

 お前らが断トツで気ィ遣うんだよ。帰れや。



 現れた二人のコスチュームを簡単に説明。


 まず、瑞希。所謂イロモノ枠として製作された、女性サイズの軍服を華麗に着こなしている。鮮やかな金髪と浅く被られた帽子は、思いのほか相性が良くて。コスプレとして満点のソレである。


 続いて琴音。こちらは男子勢の強い要望で作成された、セーラー服をベースにした、白と青のワンピーススタイルの制服。胸元に赤いリボン。めちゃくちゃ有名なアニメキャラの格好らしい。


 サポート役の男子勢からどよめきが起こった。まさか男子の需要しか満たせないであろうこの二つをチョイスする女性が現れるとは思っていなかったのか。



「おーっ! フットサル部勢ぞろいかっ!」

「やっぱ金澤ちゃんいいなー……」

「楠美ってあんなに可愛かったっけ……」

「お前は死ぬわ。俺らは守らないもの」

「今いらねえよその台詞」


 あぁ、どちらかと言うと二人個々のポテンシャルから来るものか。まぁこの4人って実質二年生の美少女カルテットみたいなところあるしな。フットサル部ってなんだよホント。



「せっかくだし、比奈ちゃんも入りなよっ!」

「えぇー? わたしはいいよー」

「良いじゃんいいじゃんっ! ほらほらっ」

「わっ。も、もうっ、分かったってばぁ」


 撮影班の女子に押され、背景布に入る比奈。


 ノノを除いて全員集合というわけだ。そう言えば、アイツのステージは明日だったっけな。時間帯で言うと割と遅めだったから、比奈と一緒に観に行こうか。



「へぇー。ハルもいーじゃん。ていうか、ありよりのあり?」

「なんやねんアリヨリノアリて」

「カッコいいって意味だよ、陽翔くん」

「一言アリだけで良いでしょう」

「まぁまぁ、細かいこと気にすんなって!」


 瑞希もお気に召したらしい。

 コイツに素直に褒められるのも気恥ずかしい。キッツ。



「しかし、お二人ともお似合いですね」

「琴音ちゃんも中々じゃないっ」

「まぁ、これしか胸のサイズが合わなかったので」


 そんな理由かい。


「……で、アンタは私になんか無いわけ?」

「普通に似合っててムカつく」

「アァン!?」


 とまぁひと悶着あったが、無事に撮影を終了。瑞希の提案で変なポーズまで取らされた、まるで出来の悪い戦隊モノである。男が一人の戦隊モノってストーリー絶対破綻する。


 すぐに写真が出て来て、5人揃って確認。



「おーっ! イイねイイね!」

「こういうの偶には悪くないわね」

「普段通りの格好でも馴染んでしまうとは、流石は比奈ですね。可愛いです」

「まったまた~~」

「そうですよね陽翔さん」

「着飾らなアリにならん俺らとはちゃいますわ」

「陽翔くんまでどうしたの!?」


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