186. ピャッ!


 自宅から徒歩20分ほどの海浜公園とは、馬鹿正直なネーミングセンスが表す通り海岸沿いで散歩や球技、バーベキューなどを楽しめるよう整備されている広大なエリアを指す。



 と言っても、レジャー施設としてそれほど充実しているというわけではなく、普通の海水浴場に散歩コースが付属しただけの、至って平凡なスポットである。


 それこそ夏場になれば海水浴を楽しむファミリー層で溢れ返るようだが、あまり水質が綺麗でないことと、早い時期から海月が頻出することもあり、若者からの人気はあまり高くないらしい。


 思い返せば、海浜公園の近くには寝泊まりが出来る公共の学習センターがあって、なんならフットサルコートも先日の大会で利用したところがあるわけで。


 合宿の候補地として一切名前が挙がらなかったのは、レジャースポットとしての魅力の無さが大いに関係にしていることを、彼女たちの何気ない会話からつい先日聞かされたばかりであった。



 しかし、花火大会となれば話は別。


 市内では有数の規模と打ち上げ回数を誇り、毎年県外からも大勢の人間が押し寄せ、露店やイベントなども大いに盛り上がるそうだ。


 学校へのバスが出ている最寄り駅は、この海浜公園からも最も近い駅である。有希を出迎えにターミナルまで出向くと、既に浴衣姿の老若男女が数え切れないほどごった返し、会場まで長蛇の列を形成していた。


 待ち合わせ5分前。

 いま到着した電車に乗っているようだ。


 周辺の建物と比べれば比較的背の高い時計台の前で、彼女の到着を暫く待つ。しかし暑い。人の多さも相まって、初夏の乾いた暑さとはまた違う、ジメジメとした空気が漂っている。



「廣瀬さーんっ!」


 人混みの中から汗交じりの声が届き、やがて姿を現す。浴衣姿の有希が、少し窮屈そうな小走りで向かってきた。



「おっ、お待たせしましたっ!」

「いや、俺も着いたところだから」

「人がいっぱいですねっ……!」


 これだけ混み合っていると、少し目を離しただけで背の小さい彼女は簡単に埋もれてしまいそうだ。気を付けないと。一番心配すべきは人混み大嫌いな俺の体調面やけどな。



「あのっ……ど、どうですか……っ?」

「浴衣? ああ、よく似合ってるな」

「ほっ、本当ですかっ! えへへっ……」


 僅かに紅潮した頬を片手で抑えながら、身体をくねらせる有希。


 いくら俺でも、これくらいのキザな台詞を吐く用意は出来ている。可愛らしいと思ったのは本当のことだし。



 淡いブルーを基調に、あちこち花が咲いている。

 しっかり下駄も履いているのか。凝ってるな。


 少し可愛らしさが前面に出過ぎというか、悪く言えばキッズ向けのデザインのような気がしないでもないけれど。上手いこと着こなしている。


 幼さと艶やかさが同居した、いかにも女性中学生らしいというか。彼女だからこそ醸し出すことの出来る、なんとも危うい雰囲気、出で立ちでこそ成り立つ、絶妙なラインだ。



 ブラウンの髪色とよく映えて、いつもより少しだけ大人びて見えるのは、きっと気のせいじゃない。こんな可愛い子、クラスの男子も放っておけないだろう。


 よく普通に接してるよな、俺。

 今世紀分の運を使い果たした気分だわ。



「着付けは自分でしたのか」

「それはお母さんに手伝って貰いましたっ」


 まぁそれは思った。


「廣瀬さんは、いつもの格好なんですね」

「まぁ、持ってねえし。浴衣とか」

「でもっ、前よりちょっとお洒落になりました?」

「んなことねえだろ。別に変わってねえよ」

「以前よりこうっ、シュッとした感じですっ」


 白ワイシャツに紺のスキニーというあり触れた格好は学校でも休みの日でも変わらないが、有希としては思うところがあったらしい。


 言われてみれば、今日は学校指定のワイシャツじゃなくて少し丈の短いやつを選んだけど。合宿に行く少し前、服屋に寄ったとき勧められて買ったんだっけ。



「やっぱり廣瀬さんっ、スタイルも良いし背も高いから、シンプルな格好でも似合っちゃいますね。ちょっと羨ましいですっ」

「ん、あんがと」

「浴衣じゃなかったら、私の方がお似合いじゃないかもですねっ」

「滅多なこと言うな。可愛い顔してんだから」

「ピャッ!」


 あーあー、顔真っ赤にして。

 でも先に仕掛けてきたのお前だから。

 妥協はしない。手綱は俺が握る。



「とっ、と、とにかく行きましょうッ! ここにいてもしょうがないですからっ! ハイッ!」

「ん。花火って何時からやっけ」

「えーっと、た、確か7時から一時間くらいらしいですっ。それまでは屋台とか見て回りながら、ゆっくりしましょうっ! それが良いと思いますっ!」


 出鼻を挫いてしまった。

 まぁいいか。そのうち元に戻るだろ。


 海浜公園へ続く道なりを、行列と混ざって進み出す。

 はぐれないかちょっと怖い。



「……あの、廣瀬さん……っ」

「あん。どした。手でも繋ぐか?」

「ふぇぇッ!? なっ、何故分かっ……!」

「ほら、ちゃんと掴んどけよ」

「…………はっ、はいっ……っ!」


 誘われておいてなんだけど。

 今日の主導権は、俺が握らせてもらう。


 そうでもしないと、こっちもこっちで精いっぱいなんだ。ズルいとでも、卑怯とも、なんとでも言えばいいよ。先にやったモン勝ちだ、こんなの。




*     *     *     *




【ふっとさるぶじょしかい(4)】



○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「ターゲット、ロックオン!」


○Airi Nagase

「どこ!? こっちから見えない!」


○くらはたひなです

「いた! 歩道橋から少し先!」


○くらはたひなです

「ねえ手繋いでる! 繋いでるんだけど!!」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「クソ! ロリコンめ手が早いな!」


○Airi Nagase

「見えないー!!」


○くらはたひなです

「わー。前も思ったけど、仲良さそうだねえ」


○楠美琴音

「だとすれば、これは由々しき事態です」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「このままフォーメーションを保つのだ!」


○くらはたひなです

「あいあいさー!」


○Airi Nagase

「ねーー普通に固まって行こうよーー!」


○楠美琴音

「致し方ありません。非常時ですから」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「ばかか! ワイワイやる尾行がどこにあんだ!」


○くらはたひなです

「みんなちゃんとあんパン持ってるー?」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「いま食べながら見てる!!」


○Airi Nagase

「めーんーどーくーさーいー!!」


○楠美琴音

「いま食べてます。瑞希さんごちそうさまです」


○くらはたひなです

「やっぱり定番だよね~」


○Airi Nagase

「なんで私だけ切羽詰まってんのよーー!!」


○みんなだいすきみずきさん@暑すぎワロタ

「やばい! 見失ったっぽい!」


○Airi Nagase

「やるならやるでちゃんとやれ!!」


くらはたひなですが写真を送信しました


○くらはたひなです

「激写しました!」


○楠美琴音

「なんで私を撮ってるんですか」


○くらはたひなです

「後ろ姿が可愛いから!」


○楠美琴音

「光栄です」



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