132. やばぁー


「あっぢいなアアもうッッ!!」

「走り過ぎやて」

「うるせーばーかッ!!」


 芝生のうえに寝転び、腹から絞り出すような絶叫。本来なら近所迷惑なほどの声量だが、あまりに広大な敷地と更にその上を行くアトラクションから響く叫び声。


 加えればレジャー施設内の広場という特異な環境も後押しして、割かし日常的な光景として収まってしまうのだから不思議な構図であった。



 コートの広ささえ決まっていない、第何回戦めかサッカーバレー古今東西ゲームは、知識で負けそうになったところを遠くまでボールを蹴っ飛ばす超絶卑劣な作戦により、俺の勝ち。


 すぐ近くにあった自販機で炭酸飲料を購入し、瑞希に放り投げる。



「ほら、どっち」

「コーラ」

「あいっ」

「さんきゅーっ」


 ペットボトルでさえ滝のような汗を流しているわけだから、人間とて例外には及ばない。喉をしならせ吸い上げポンプのように一気に飲み干し、蓋を閉める。意識を失うように、再び芝生へパタリと身体を倒した。


 そんな彼女の様子を見ていると、自分も一気に力が抜けてしまうというか、こんな暑い日になにを無理する必要があるのかと、言い聞かせるように身体の自由が利かなくなってしまう。



「…………あっちいー……」

「ねーっ……早く冬になんないかなー……っ」

「……なに、冬の方が好きなんお前」

「んー? 意外ーっ?」


 イメージだけで語っている節はあるが。合宿中も疲れた様子を一切見せなかったし、なんとなく夏の方がいつもの瑞希に近い感じがして。


 煌びやかな金髪は、雪に塗れてもそれはそれで鮮やかに映えるのだろう。なんて、暑さでやられた脳からは口にも出せないキザな台詞ばかり浮かんでくるが。



「ほらーっ。冬はどんだけ寒くても重ね着すればなんとかなるじゃんっ? 暑いのはもうどうしよーもないっていうか? 水被っても全裸になっても暑いもんは暑いし」

「……そんなもんか」

「嫌いじゃないけどねっ。そーゆーのもっ!」


 身体を半身だけ回転させて、こちらへ振り向く。クシャクシャな彼女の笑顔が、視界のおおよそを支配した。



 改めてジックリ見ても、整い過ぎなんだよな。金髪と白い素肌はこれ以上なく美しいコントラストで。


 少しだけ化粧をしているといつか言っていたけれど、もしかしなくても今日はノーメイクなのだろうか。彼女には、あまり必要無い代物に感じる。



「んー? なーに?」

「……いや。別に」


 不用意に重なった視線の先で、ニッコリと微笑む瑞希。


 遠目から眺めても見惚れてしまうような美少女に、こんな目の前でジックリと見つめられたら。どうにもこうにも平常ではいられない。それが例え、瑞希だったとしても。


 ホンマ、瑞希の癖に。ムカつくわ。

 


「なんかこうやって並んで寝っ転がってると」

「……おー」

「ちょっと、恋人みたいだよねっ。青春してる感ヤバくない?」

「…………それを言わなかったら悪くない空間だったのにな」

「えーっ、なんだよーっ」


 ぶーぶーと不満そうに口を尖らせる。


 分かってくれよ。

 お前の相手してるだけで精いっぱいなんだこっちは。



「ねーねー、ちょっと乗っかっていいっ?」

「はっ? やだよ重いわ」

「あーッ! 女子に重いとか言ったなッ! コイツめ!」

「ちょっ……やめろって!」


 ただでさえ指と指が触れ合うような近い距離感だったというのに。そのまま身体を回転させて近付いてきた瑞希は、勢いのまま足を開いて俺の上にカバっと跨る。


 え? なにこの体制?

 AVでしか見たこと無いんだけど? やめて?



「あっははははっ! やばあっ! めっちゃ顔赤いんだけどっ!」

「なんなんだよお前よォ……ッ!」

「なになに、どうしてほしいのかなーっ、童貞のハルくんは♪」


 すっげえ弄ってくる。

 コイツ、自分を棚に上げて良く言うわ。



「とぅりゃあっ!!」

「ぐほぇッ」


 そのまま頭ごと俺の腹部に振り落とす。

 普通に痛い。ボールが直撃するとの変わらん。


 いや、だから、待ってくれよ。

 この格好は不味すぎるだろ。どう考えても。


 メチャクチャ騎○位なんだよこれ。



「うへーーっ。ハルめっちゃベタベタするぅーっ」

「ならさっさと退けっつうの……」

「んー……でもあったかーい」

「暑いんじゃなかったのかよ……」

「暑いのと、あったかいのは、別だもんっ」



 なんか、普通に抱き締められてるんだけど。

 どういう状況だよ。


 暑さで頭がやられているのは俺だけじゃないということか。確かに瑞希は、少し過剰なくらいスキンシップを好む奴ではあるが。それはあくまで、女同士でのやり取りで。


 俺に対してここまでベタベタしないだろ。いっつも。

 色々と思い出すんだけど。やめて。



「…………やばぁー……」

「やばぁー、はお前だよ」

「めっちゃ急接近じゃん……笑うわ」

「笑ってねえだろ」

「ねー、なんでここまでしてるのにいつも通りなんハルっ」


 ちょっと不満そうに眉をへの字にして、お腹の辺りから軽く睨んでくる。怒った顔も絵になるなら、もうどうしろっつうんだ。



「やっぱ、嘘だった」

「なにが?」

「あたしのこと、女扱いしてねーじゃんっ」

「……んなこと、ねえけど」

「ならっ、なんで勃たないんだよッ!」

「台無しかッ!!」


 腰回りモゾモゾ動かすのやめてくれないホンマに。必死に平静装ってるのお分かりで??



「あーあっ!! やっぱハルは巨乳好きのクソにわかかーっ!!」

「ばっ……んなこと大声で言うなッ!!」

「みなさーーーーんっっ!! ここに女の子のことをおっぱいでしか判断できないさいてーやろーがいまーーす気持ち悪いでーすっ!!」

「テメエこの野郎ッッ!!」


 腕を掴んで反逆を試みたところ、瑞希は一目散に立ち上がってその場から逃げ出す。本気で怒っていたわけではないが、あまりに屈託の無い笑みで馬鹿みたいに笑うものだから、思わず追い掛けたくなってしまったのだ。


 広大な芝生で始まる謎の鬼ごっこ。

 もう暑いとか関係ない。殺す。



「待てやゴラァァ!!」

「いや~~~~おーかーさーれーる~~っ!」

「その口閉じろオォォォォッッ!!」


 徐々に距離を縮め、追い詰めていく。

 言葉だけだとメチャ犯罪チックやな。やめよう。


 いくらすばしっこい瑞希とはいえ、本気で競争すれば体力も速さも男子には早々勝てない。芝生の上を1分近く駆け回り、ようやく彼女の出足が鈍ってくる。


 そして、ついに体力が尽きてしまったのか。足が止まり、その場で天を仰ぐように顔を上げた。


 絶好機。



「オラッ!!」

「わわっっ!?」


 が、思いのほかちゃんと静止していた彼女の元に勢いのまま突っ込んでしまったわけだから、ただ捕まえるというよりはそのまま身体ごとぶつかるような形に。


 彼女を張っ倒すつもりなど微塵も無かったのだけれど。華奢な肩回りを思いっきり掴んでしまったばっかりに、二人もろとも芝生のうえへ倒れ込んでしまう。


 ドサリっ。と結構な衝撃音とともに、身体を打ち付けられた。

 彼女に全体重を預けるような事態にはならなかったが。



「いったたたた…………ふえっ、え、ちょ、これ……ええええッ!?」

「いっつつ…………ん、おおー。形勢逆転やな」

「おかしくない!? なんでそんな冷静なん!?」


 今度は俺が瑞希に馬乗りするような姿勢に。

 分かりやすく押し倒しているな。さながらベッドイン。



 走り回った疲れか、それともこの状況によるものか。頬をほんのりと染めた彼女を、上から見下ろす。


 なんか、最近コイツのこういう顔、よく見るな。

 羞恥心とか一番縁の無い人間だと思ってたけど。



「……お、犯されるー」

「だから、口閉じろ」

「ひゃっ!?」


 人差し指を突き出し、彼女の小さな口元へ、縦に添える。身体をビクつかせた瑞希は、いよいよされるがままで。



「なんだよ……めっちゃ見てくるじゃん……っ」

「いやっ…………悪い、なんか、可愛いな」

「いっ!? いいよそういうのッ! マジでっ!」

「んだよ。さっきと言うてることちゃうぞ」

「そーいうことじゃっ…………うぇぇ……っ」



 ここまで汐らしいともはや別人である。だが悪くない。ギャーギャー騒ぎながら馬鹿やってる瑞希もそれなりに好きだし、嫌いではないが。こういう女らしい顔している方が、俺のペースで話できるし。


 何故だろう。ちょっとだけいい気分。

 無理やり黙らせられた瑞希の表情は、妙に嗜虐心を煽られる。



「……いつまで、こうするの……っ?」

「……えー。どうすっかなー」

「じゃあっ…………どうすれば、退いてくれる?」

「…………自分で考えろよ。そんなの」

「…………ちゅーする?」




 えっ。




「いいよ、別にっ…………こんなの、ノーカンだしっ。あっ、あたしが煽ったのも悪いっていうか……まっ、まじでハルにキスされたくらいでなんともねーしっ……」



 一人で納得している場合か。

 そんなの、なんの抵抗にもならない。


 むしろ、早くしろと言っているようなモノ。



「…………やばい。これやばい。あたし、ちょっと興奮してるわっ……うわーやっばい…………あれーっ、あたしもしかしてマゾなんかなー……っ? いやーでもそんなはず……っ」

「おい、瑞希」

「ひゃっ! あ、は、はいっ!!」


 我ながら、ドスの効いた声が出たな。と思った。

 それ以上に、割と乗り気な自分が気持ち悪い。



 冷静な筈だ。少なくとも、目の前で我を失っているコイツよりは。だからこそ、止められない自分が恐ろしくて仕方ない。



「御託は後だ。いいな」

「…………ほんとに、するの……っ?」

「嫌ならもっと抵抗しろよ」

「…………ちょっと、嫌いじゃないカモ」



 重なっていた影が、より小さくなって。


 やがて一つになる。


 ゆっくりと。しかし、確実に――――――――









「おかあさああああーーんっ! あの人たちちゅーしてるーーっっ!!」

「こらっ! 邪魔しないの!!」

「ねーちゅーしてるー!! ねーねーちゅーしてるよー!!」

「もうっ、やめなさいっ!! 二人ともビックリしてるでしょっ!!」




 ……………………




「…………子どもの力って、偉大だね……」

「…………そうだな……」

「なんか、ごめん」

「いや、うん。俺もごめん。退くわ」

「あ、うん」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る