131. 死ぬェェ゛ェェ…………ッ!!
「行くよーーっ!」
「ういー」
スマートフォンを構え、撮影を始める。ボールを足元に落とし、彼女はリフティングを始めた。
瑞希の言うところのスーパープレーとは、主にボールテクニックのことを指しているようで。この手の動画をアップすることで「バズらせる」のが狙いらしい。
バズらせるってどういう意味か分かんないけど。
注目される、的な感じか。覚える気も無い。
軽快なリフトアップから、少し高くボールを上げて肩の位置まで持って行き、そのまま右肩で突っ突くように競り上げる。ビーチサッカーのときも見せた動きだ。
いや、当たり前にこなしてるけどね。
あんなん出来ないから。普通。おかしいこの人。
今度はボールを頭上へ登らせ、頭でリフティング。
大した安定感だ。その場からほぼ動いていない。
少しずつバウンドが弱まっていって、ちょうどテッペンの辺りで静止した。すると、即座に頭を振り下げるように身体をお辞儀させ、ボールは背中へと流れる。
数秒ほどその場で静止し、再び身体を折り畳む動きと同時に、ボールを勢いよく弾く。高く舞い上がったボールを右足の甲とつま先で挟み、フィニッシュ。
「山嵜高校フットサル部っ、よろしくねっ!!」
「…………はい、おっけー」
「どうっ!? カンペキっしょ!?」
「おー。たぶんなー」
駆け寄ってくる瑞希に画面を見せ、動画を再生。
それなりに上手く撮れているのでは。
良し悪しはまったく分からんが。
「おっけーっ☆ じゃあ次はハルの番ねっ!」
「……えっ。俺もやんの」
「たりめーだろ? これじゃ男しか釣れんし」
「俺でどうしろッつんだよ」
言わんとすることも分かるが。
テクニックという点において瑞希は超一流だが、大前提としてこれ「めっちゃ短いスカートの女子高生が運動している」動画だからな。
普通にリフティングする分には結構きわどい。なんなら生足は全世界に公開するの確定だし。転載とかされても困る。
「じゃ、趣向を変えてみますか」
「おーっ! かましてこいやっ!」
ただボール蹴るだけだぞ。期待すんな。
スマホを手渡し、選手交代。
適当にリフトアップして、暫く普通にリフティング。
だいぶ慣れて来たけど、フットサルボールはサッカーボールと比べて遥かに重くバウンドしにくい。それ故に、こうして扱っている分にはバランスが取れて結構楽なところはある。
ただ、微妙な力加減を間違えるとミスにも繋がる。特に浮き球の処理は、割と気を遣うところ。
「なにすんのーーっ?」
「楽しいことー」
もうだいぶ楽しいけどな。言わんけど。
ボール一つしかないから、普段の練習は他の連中に時間割いているところもあるし、あんまり好き勝手蹴れないんだよな。体力面の問題もあって、ここ最近はフィジカルトレーニングの割合が多いし。
だから、現時点でだいぶ浮かれている。
撮影という非現実感もあってか、妙にテンション上がる。
一気にボールを高く蹴り上げ、落ちてきたところを更に思いっきり蹴り上げる。何メートルまで上がったかなんて分かりやしないが。
ひたすら高く上げ、それより更に高く蹴り上げる。そんなことを暫く続ける。傍から見ればどうということはないプレーだが、確実にボールの中心を捉え続け、尚且つ前よりも高く上げなければいけないわけだから、結構難しい。
だが、ボールの性質も相まってか、意外にも安定している。根本的に、サッカーより向いてるのかもな。もしかしたら。
「おおーっ! メッチャ行くじゃんっ!!」
「これいつまで続ければええんやーーっ!」
「気が済むまでーーっ!」
「分からーーんっ!!!!」
と、受け答えに気を向け過ぎたせいか、次のインパクトで少しだけ失敗してしまい、ボールは明後日の方向へ。
これはこれで、失敗として別に良いんだけど。
撮られているという緊張感もあってか。
「アアア゛アアア゛アアーーッッ!!」
「きゃははっ!! 落とすな落とすなーーっ!」
メッチャ全力で追い掛ける。カメラを向ける瑞希も楽しそうに笑っていた。
なんとか追いついて再びボールを蹴り上げるが、上手いことコントロールできず、またも想定外の方向へ、だが、なんとか持ち直して瑞希のすぐ近くにまで戻ってくる。
「おー戻ってきたっ。やっぱ上手いなーーっ」
「まっ、こんくらいはなっ!」
「どうやってオチ付けよっかー」
「喋んなッ! やらなアカンやろッ!」
ボールは勢いよく垂直に落下してくる。
いや、オチと言われても。どう面白くしろと。
「いーじゃんもう、頭にぶつけてステーンって」
「やだよ痛いだろッ!」
「じゃあ面白いこと! やって!」
「ムチャ振りっつうんだよそういうのッ!」
なんて戯れている間にも、ボールは迫ってくる。
どうしよう。一つだけアイデアはあるけど。
まあええわ。後で謝ろ。
「みずきーっ」
「なにーっ」
「ちゃんとトラップしろよなーっ」
「へっ? なになにどーゆーこ――――ブホェェ゛ェェッッ!!!!」
足元まで落ちて来たボールを、思いっきり振り抜く。
そう、目の前の瑞希に向けて。
仮にも女子とは思えない強烈な嗚咽と共に、ボールは彼女のちょうど腹部に直撃した。どこかに当たればとは思っていたけど、こうも上手く当たるとは。
芝生のうえを転々とするボールを横目に、その場で蹲る瑞希。
思わず手放されたスマホを拾い上げ、一言。
「痛い?」
「……死ぬェェ゛ェェ…………ッ!!」
「新入部員待ってまーす」
楽しい。
痛みが引いてからもメチャクチャ怒っていた瑞希であったが、戒めとして、彼女が俺に向かってボールを蹴り返す「逆襲編」を撮影してアップするという流れで取りあえず事態は解決へと向かった。
代わりに俺の腹部がバースト状態だけど。それを受け入れている俺も俺だし、なんやかんや「面白かったからいいや」で流すコイツもコイツだ。
「撮影はこんくらいで。よし、普通に遊ぼう」
「え、帰ろうぜもう暑いんだけど」
「せっかく芝生なんだからもうちょっと!」
てな感じで、雑にリフティング交換を始める。
動画に収めるなら絶対こっちの方が良いと思う。和やかな練習風景で十分だろ。あのくだり必要かホンマに。
「サッカーバレーやろ。ついでにお題付けてさ」
「おー、ええで」
「選手でしりとりな。パス10回以内でっ!」
だからこっちの方が動画的に映えるだろ。
撮り直せ。今すぐに。
「しりとりのっ、りっ!」
「り……リトバルスキー、はい」
「いきなり渋いなっ! き? い? どっち?」
「じゃあ、き、で」
「きっ……キミッヒ!」
「ひ……ひ? あ、ヒツルスペルガー」
「だから渋いなっ! えっ、ドイツ縛りッ!?」
「お前が始めたんやろ」
「じゃあ、ガブリエルっ!」
「どのガブリエルやっ」
「いっぱいいるだろっ! そのどれか!」
「適当やなッ! る、るっ、ルイコスタ!」
「タッキナルディっ!」
「はやっ! い!?」
「い!!」
「イヴァノヴィッチ!」
「ち!? 分からん分からん!」
「はい、ごーろく、ななっ!」
「チェンバレンっ!! あっぶなーっ!!」
「…………いや、普通に「ん」負けじゃねそれ」
「がっでえええええむッッ!!!!」
楽しい。
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