76. 眠っていた内なるヨッキューが目覚める感覚
「こないだまでずっと来てたのに、凄い久しぶりな気がするなあ」
「そんな来てたのか」
「試合の前は、毎日のように来てたよ」
だとしたらまぁまぁの貢献度である。あのベッコベコのボールから、比奈の正確なキックが生まれたとか。嘘だろ。
駅付近では唯一のアミューズメント施設。
の、筈なのだが、相変わらず人がほとんど居ない。俺たちを除いて高校生が数えるほどで、下手すりゃ貸し切りの勢いである。
更にここ、スポーツエリアは一階のゲームセンターに増して人が少ない。練習するには持って来いだ。練習になるかはともかく。
「では早速」
「え。お前、お金は?」
「下の階で回数券を売っていたので、買いました」
そんなハマるもんちゃうやろ。
もっと有意義なことに金使え。
「……以前より硬くなっています」
「お店の人が空気入れてくれたんじゃないかな?」
通い詰めているお前らに気ィ遣ったんだよ。
揃ってケージに入った二人を、残る連中が外から興味深そうに見つめている。何だかんだゴレイロの練習ばかりしていた琴音だし、俺も気になるところ。
「長瀬っ、飲み物買ってきて」
「えぇっ? なんで私がっ」
「ほら、これで好きなの買っていいから」
「うえぇっ? ちょ、えっ?」
「まぁまぁ気になさんな。ほら、行った行った」
「め、珍しいこともあるのね……まぁいいけど」
瑞希から謎のプレゼントを受け取った愛莉は、軽やかな足取りで自販機へ向かう。いや、俺も怖い。急にどうした。
「ほらぁ、長瀬が居るとハルも素直になれないかなぁって」
「……はい?」
「ねーねー、二人とも、色々とだいじょーぶ?」
「……何か問題ですか?」
「あ、うん。やっぱいーや。がんばってなー」
曖昧な返事を返されるや否や、瑞希はこちらに近づいてきて、ボソリと一言。
「ハル、チャンスチャンスっ」
「は? なにが?」
「この高さならぜったいパンツ見えるよっ」
「真面目な顔してなに言うとんねんお前」
そんなことかよ。
お前のこういうところは嫌いだけど好き。
まぁ、確かに、ケージに入るには数段ほど登らなければならず。
外から見ている分には割と高い。その辺の階段と変わらないほど。
隔たりも緑色のネットしか無く、中の様子は問題なく観察できるわけで。
そんな状態で派手に動き回れば、そりゃそうなる。
「……別に今更なぁ」
「へ? なんて?」
「あ、いや。なんでもねえ」
既に一度見たことがあります、とは言えなかった。
しかも初対面から30分後くらいに、とは尚更である。
楠美琴音という奴は、どうにも隙が無いようにも見えて案外そうでもない。スカートの丈に関しては比奈の方が長い。断トツで短いのは瑞希だけど。
なんというか、危機感が無いのである。当人が自分の容姿について、客観的に判断出来ていないのがそもそもの原因なのだが。自分がどう見られているか、とか興味無いんだろう。ある意味羨ましい。生を受けた段階で勝ち確やんアイツ。
「ふっふっふ……今日こそ拝んでやるぜ……ッ!」
「何がお前をそこまで駆り立てるんだよ……」
「んだよっ! ハルは見たくねえのか!」
「そうは言っていないだろ。よくやった、英断だ」
「へっへっへ……ハルのそーゆーとこ嫌いじゃないぜ……っ!」
この発言で好感度がまったく落ちないの怖すぎる。
でも出来れば、お前の助けなど借りずノーリスクで偶発的に見たい。分からんかな。こういうのは狙ってやるものじゃないんだよ。偶々、偶然見えてしまう。或いは見えそうになっているというそのシチュエーションがだな。
「くすみんのパンツはさ、もうしょっちゅう見てるわけよ」
「急になんだよ。羨ましいな」
「いやねっ? 更衣室で一緒に着替えるからさ、長瀬もだけど。見慣れてんのよ」
愛莉に関しては俺も見慣れているのでノーコメント。
「でもなっ、比奈ちゃんのだけは……」
「はーん……いくらでもチャンスあんだろうに」
「いっつも先に着替え終わらせててな。気付いたら更衣室にすら居ないのだよっ……!」
だからそんな躍起になってるのか。キモ。
まぁ、うん。そうなんだよな。
あの二人、その辺りの気遣いに関しては実に対照的で。
そもそも「そういう状況」になるようなところに居ないのだ。比奈は。ある意味、女性としての立ち振る舞いを完璧に理解している、と言っても良いが。
「琴音ちゃん、ふぁいとー」
「はいっ……お二人とも、しっかり見ていてください」
「おー」
「がんばー」
どこを見るかは自由なはずだ。
セットされたボールを、右脚で勢いよく蹴り出す。
「おぉっ。見違えたな」
「これぐらいっ、当然です」
美しいドヤ顔であった。上から見下ろしてくるので余計に。
しかし、初めてここでボールを蹴ったあの頃とは、まるで違う。真っ白なスニーカーから繰り出される、教科書通りの丁寧なインサイドキック。
やや右側にズレてしまったが、それでも6番の的を撃ち抜いた。彼女を初心者と言う者もいないだろう。立派なフットサル部員だ。
なん、だけど。
「…………なんていうかさぁ。分かる? ハル」
「あぁ……あの、ドタバタ感っていうか」
「そうそう、それそれっ。一個いっこの動きが、派手なんだよね。なんでだろ」
「……あんだけ揺れてればな」
「うん。おっぱいだろーな」
何かと忘れがちだけど、琴音のポテンシャルは容姿のみに留まらない。愛莉と胸のサイズがさほど変わらないのだから、どれだけデカいのかという話である。
分かる。愛莉はあの高身長で、あのサイズだから。分かる。
でも琴音って150ちょっとしか無いんだぜ。
ヤバイ。ヤバすぎる。
「ロリ巨乳とか卑怯すぎると思わんかねハルさん」
「言わないようにしてたのに」
つまりそういうことである。そんな奴が全身の力を使ってボール蹴って、動き回ってとやっているのだから。
なんだろう。躍動感とでも言えばいいのか。
とにかく、こう、凄い。
弾む弾む。揺れる、揺れる。
「なんかムラムラしてきた」
「えぇっ……」
「なんか、眠っていた内なるヨッキューが目覚める感覚だよ、あたし」
「お前のスキンシップの多さを考えれば有り得る話だろ」
「……そうか。あたし、レズなのか。なんか、ごめんなハル。ハルの気持ちには応えられねえや」
「脳内ストーリーどうなっとんお前」
勝手にフラれたんだけど。不服だ。
琴音のチャレンジは、4枚目の的を撃ち抜いたところで終了。
やはり精度に関しては、まだまだ練習の余地がありそうだ。
ちなみに我々のチャレンジは大成功であった。もう何回見えたか覚えてない。途中から視界がボヤけてきたから正式は回数は瑞希に任せよう。
「……いつもはもっと出来るんです。またやります」
「いやー、くすみん凄いよホントっ。なっ、ハル」
「そうだな。凄いな」
「……ど、どーも」
素直に褒められたのが恥ずかしかったのか、少し照れる琴音。なんだろう。もうなんか、彼女に纏わる全ての要素が卑猥に見えてくる。
「じゃっ、次はわたしだね」
「おーっ。頑張ってなー」
「はーい」
「…………さぁて、本番だぜ……っ!」
「気合入り過ぎやろ……」
どうしても比奈の下着が見たいご様子。
女性から女性でも性犯罪は成立するからな覚えとけよ。
「あれ、琴音ちゃんの終わっちゃった?」
「お帰り。遅かったな、いま終わったとこや」
「小銭、自販機の下に落としちゃってさ。必死に探しちゃった」
となると、制服姿の愛莉が自販機の下を必死に覗き込んでいたと。
そんな恰好で座ったらそれこそ色々と視覚的に…………。
(って、さっきからなに考えとるんや俺はッッ!?)
不味い。非常に不味い。
クレープのくだりで「女性に対する意識が~」みたいな話をしたからか。急にフットサル部の連中を、余計な目で見始めている。
違う違う違う。そういうのじゃない。
いや、だから、その、男性的欲求については否定しないけれど、あくまでコイツらは現段階で同じ部活のチームメイト、友達であってだな。意識していないわけではないが、それを目的に付き合っているわけでもないし、だいたいみんな俺のことをそれなりに信頼してくれているわけで、俺がそんな態度を取っていては示しがつかないというか、その、だから、あのっ。
「ハルト?」
「へっ……あ、は、はいっ、なんですか」
「急に黙ったからどうしたのかなって……」
「いや、なんでもねえ……どうかしてたわ」
「はぁ?」
訝しそうな表情の愛莉から逃れ、再びケージのなかの比奈を視界に捉える。
やはり、そうだ。隙が無い。
琴音なんかただ立っているだけで若干見えそうだと言うのに、まるで気配が無い。似たようなことを考えていたのか、横の瑞希も歯痒そうにそわそわしていた。
いや、俺はもう覗いてやろうとか、思ってないからね。ただ、こうも分かりやすく違いが出るのかと、感心していただけだからね。
「えいっ!」
比奈のキックも例によって、フォームも美しく欠点が無い。
真っすぐ飛んで行ったボールが、真ん中下。8番の的に当たる。
その後も快調に飛ばし、なかなかのペースで的を撃ち抜いていく。
「…………なぁ、瑞希」
「なんだいっ、ハル」
「俺たちって、汚れてんのかな」
「奇遇だなっ……あたしも思ってたところなんだぁ」
汗をポタリと垂らしながら、心底楽しそうな嬉色を浮かべる彼女を見ていたら。ほんの数分前まで抱いていた気持ちが、馬鹿馬鹿しく思えてしょうがなかった。
心が洗われる。浄化されてゆく。
笑顔で汗を流す美少女。
他に、どんな要素が必要だというのか――――
「青春やなぁ……楽しそうに蹴りやがって……っ!」
「甘酸っぱいなぁ……あたしもああいうの忘れちゃダメだよなぁ……っ!」
「え、なにアンタら。気持ちわるっ」
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