分かりやすい敵と対峙して何かしら進展する章
30. ハリポタ感あるから
夏の到来を予感させる熱いバトルが繰り広げられていた。
いや、納得行かない。もはや子供の喧嘩に近いなにかである。或いはプロレスとか、大学生の中身の無いディベートとか。だいたいそんな感じ。
状況説明。まずかったるそうな金澤と、対照的に真剣な目をした長瀬。
一方、完全にキレている様子のトレーニングウェアを来た男子生徒がコートの真ん中で対峙。ついで、怒りをぶちまけるもう一人の男子が、ソイツの後ろでワイワイ言っている。
その男子生徒の後ろには、数十人のこれまたむさ苦しいジャージ姿の男子生徒が険しい表情を作ってこちらを睨む。それに怯える倉畑と楠美。
(なんでこんなことになってんだよ……)
このクソ暑いなか、頭を回転させることすらもはや億劫。誰よりもかったるそうな顔をした俺は、事の経緯を思い返しては鬱になるばかりだ。
* * * *
「つまり、なにも進展していないと」
「いやぁ、あれからも一応、他の先生とかにも当たってるんだけどね? なかなか……」
「もっと頑張ってください。比奈のためにも。いいですね。比奈のためにも」
「なーんでわたしの名前が出てくるのかなあ」
「運命《さだめ》や」
運動着に着替えた一同が集結したまでは良かったが、午後から振り出した雨の影響で、もう一時間は新館の談話ルームでの待機を余儀なくされている。
体育館入り口脇のソファーが置かれたオープンスペースは、通称談話スペースと呼ばれているらしい。
ゆったりとした空間が「ハリポタ感あるから」とは金澤の弁。
知らん。ハリポタを知らん。
二日ぶりの集合ということでそんな張り切っていた金澤も、雨に気をやられたのかソファーに寝っ転がっている。説教終わりの長瀬はもっと怠そうだが。
「ところで、貴方。遠藤さん」
「いい加減覚えろて」
「創部に関するあれこれは長瀬さんに一任しているようですが、本当に大丈夫なんですか?」
「一応部長らしいし。期待はしてねえけど」
「このテニスコートも、貴方が体育委員として権力を発揮していたと聞きました」
「んな大したもんちゃうわ。掃除や掃除」
小声でそう問いかけて来た楠美の表情は、あまり冴えない。なんせ創設のための諸々の手続きがこの一週間まったく進んでいないのだ。顧問になってくれそうな教師も見つかっていない。
なんなら活動場所も割と無理をしている状況。このテニスコートだって、一応は他の運動部が使用する権限を持っているのだ。
あくまで『最近使われていない』から無断で借りているだけ。初めて体育委員の肩書が役に立った瞬間だった。使いもしないなら、誰かが様子を窺うわけもない。永遠に掃除中なだけだ。
「止みそうやな。少し滑るけど、平気そうか」
「うんっ。怪我しないように気を付けるね」
「怪我は気を付けても、するときはすんだよ」
「そうよ比奈ちゃん、気を付けなさいっ。もし滑ってお尻でも汚したら、すーぐ厭らしい目で見てくるんだから!」
「おう。ほなお前のケツだけ見とくわ」
「…………え、な、なんで……っ?」
「いつもの分かりにくいボケっしょ。なにマジになってんの長瀬、キモ」
「あアァァァ!? アンタは関係ないでしょ!?」
……会話のコンビネーションだけは成長しているな。多分。
梅雨時期には珍しく通り雨だったのか、気付いた頃は空も太陽の光でいっぱいになっていた。羨ましい。俺が抱えている悩みも、これくらいスパッと晴れたらどれだけ良いものか。
水曜に引き続き、鳥かごで軽く身体を温める。
以降は長瀬と金澤が初心者コンビにボールの扱い方をレクチャーし、俺は外からその様子を眺めている。動かしたくなったら、新館周辺を軽くランニング。
開始から一時間はそんな流れだった。俺から近付くこともしない。初心者の相手はアイツらが適任だ。
「そうそうっ。あんまり振りかぶらないで、内側ね、内側っ! 平べったいところに当てるのよ」
「うーん。中々上手く当たらないなぁ」
「まずはフォームを固めるところからやった方が良いかもしれないわね。ちょうど楠美さんがやってるみた…………アレッ!?」
「わぁーー! くすみんが死んじゃったああ!?」
十回ほど右脚をスイングしたところで、楠美はその場にぶっ倒れた。
まさか、もうスタミナが無くなってしまったとでも言うのか。顔が真っ青だ。いやいや、流石に体力無さ過ぎでは。日常生活も危ういレベルだろそれ。
「死なないでくすみ~~~んっ!!」
「かっ、肩を揺らさなっ、うえっ……」
「ちょ、吐いちゃうからやめなさいって!」
「琴音ちゃーん大丈夫ー?」
「ひっ、比奈、助けてくださ…………ガクッ」
「くすみぃぃィィーーんッッ!!??」
あ、逝った。
とりあえず木陰へ彼女を連れて行き休ませる。脱水状態などの深刻な事態にはならなかったので一安心。あんなコミカルな死に方で重い話になって堪るか。
「ほい。水。飲め」
「…………どーも」
「無理すんなよ。倉畑に着いて行きたいのも分かっけど、お前にはお前のペースがあるし」
「……その手には乗りませんよ。私が目を光らせていないと、なにを仕出かすか分かりません。貴方という人は」
「なんもしねーよ。これでも心配してんだから、ちっとは感謝しろっつうの」
「……はぁ」
納得はいっていない様子だが、手渡されたボトルへ素直に手を付けてくれた。相変わらず俺へと態度は粗暴だが、無駄な意地を張って、本当にぶっ倒れてしまうよりはマシだ。
「……別に、構わないんですよ。比奈に構いたいなら、そうすれば」
「え、どしたの急に」
「貴方がそこまで極悪非道な人間で無いことは、この一週間でなんとなく分かりましたので……比奈に悪影響を与えない程度なら、構わないと言っているんです」
窓ガラスに身体を預けた彼女は、ボトルと手で視線を遮りながらも、一応にはこちらを向いてくれる。やはり、その目はある程度の警戒心を持っているが。
なに、俺、ちょっとだけ認められたの?
全然嬉しくないなんだけど?
「あんな。何百回でも言うけど、倉畑を誘いたいがために始めたわけちゃうし、少なくとも俺はそういうつもり、無いから。実際のところ分かっとんやろ」
「……比奈は男性との交友がほとんどありませんから。念には念を……」
「一緒やろ。お前も」
「……まぁ、その通りですが」
「何よりまず自分の心配をしろよ。倉畑が餌で、お前が目的かもしれねえぜ」
なんの気ない真剣度ゼロの空っぽなアドバイスだったが、なにか思うところがあったのか。楠美は大きな目をパチクリさせて、こちらを凝視する。
「………どういう、意味ですか?」
「いや、お前も言うて美人やし。モテるやろ」
「馬鹿なこと言わないでください。私は比奈のように可愛くないですし………女性的な魅力に欠けているのは、自分が一番分かっています。お世辞は結構です」
「はあ? それこそ馬鹿言うなって。そりゃアイツらも結構な美人やけど、お前も普通に可愛い部類やろ。下手な謙遜すんな。逆にムカつくわ」
「…………私が? 可愛い? 私が……?」
まるで意味不明と言うように首をコテンと傾げる。
なにその純粋無垢なリアクション。
ドキドキさせんな。楠美の癖に。
どうやら本気で理解出来ていない様子。きっと自分のことを客観的に見たことが無いんだろうな。楠美が美人じゃなかったら、この世の女の大半はモンスターだ。
「………私を煽り立てて比奈に近付こうという作戦ですね。なるほど。はい」
「いや、だからね」
「容姿を褒められて悪い気はしませんが、生憎、そこまで単純な性格ではないので……とにかく、比奈は渡しませんからっ」
そう言って彼女はすくっと立ち上がり、三人の待つコートへと戻っていく。
ちょっと照れたな。コイツ。
初めて容姿以外で可愛いところを見た。
もう一度言おう。楠美の癖に、ムカつく。
さて、楠美で遊ぶのも程々にそろそろ俺もボールへ触れよう。あまり子ども染みたことも言っていられない。どうせ、避けられない運命なのだから。
すると、コートの奥の方から、何やら近づいてくる。
あの格好、あの体格は……。
「すまない、ここを空けてもらってもいいか?」
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