突撃艦コンコルディア

加藤 良介

第1話   遭遇戦

 突撃艦コンコルディアは、第二〇一七号建造通達に基づいて建造された、エスペラント級突撃艦の四番艦である。

 突撃艦とは、艦隊前衛で威力偵察や斬減及び追撃を主な任務とする小型の重武装艦である。高出力のジェネレータと、強力、長射程の、量子反応魚雷を搭載し、高速で機動し大型戦列艦を撃破する攻撃力を有していた。

 コンコルディアは公試終了後すぐさま実戦配備され、ナビリア星域軍管区の哨戒任務に出た。

 「目標α撃破を確認しました」

 「これで、三機目か。順調だな。他に衛星は確認できるか」

 若い士官が、きびきびと指示を出す。

 「探知内に警戒衛星の反応は有りません」

 「掃除は順調だな。そろそろインターセプトが来るぞ。警戒を怠るな」

 突撃艦コンコルディアは、哨戒エリアに入り込んだ敵性衛星の排除を続けていた。

 重力波を探知するフィーザシステムが、新たな目標を補足した。しかし、今回の反応は、衛星ではなかった。

 「フィーザに感あり、方位〇七三 距離43 急速に接近中。衛星ではありません」

 コンコルディア艦長、カルロ・バルバリーゴは、口にしかけたコーヒーを渋々諦めた。

 「識別信号を確認せよ。第一級戦闘態勢発令。進路変更621」

 「第一級戦闘態勢。進路変更621 アイサー」

 戦闘態勢に入ったことにより、各セクションから艦の状況報告が次々と上がる。問題が無い事を確認すると軽く頷いた。

 「よろしい。機関長、全力航行はどれだけ出来るか」

 「全力で284分です」

 「識別信号レッド。巡洋艦と思われます」

 「進路修正578 機関全速」

 艦内の照明が切り替えられ、戦闘態勢を知らせる警告音が鳴り響く。

 カルロはすぐさま逃走に移った。突撃艦と巡洋艦では戦力に差が有り、戦闘は不利である。

 「艦種特定。タシケント所属ラグザー級偵察巡洋艦です」

 「随伴艦の確認急げ。後二~三隻いるはずだ。司令部に打電。ワレ、ポイント55F437ニテ、ラグザー級一隻ト遭遇。コレヨリ退避行動ニウツル」

 オペレーターが復唱するのを確認すると、カルロはコーヒーをすすった。

 貧乏くじを引いた。通常、哨戒任務は二隻一組で行うが、出航間際に随伴艦ムーアに問題が発生し、急遽単艦による出撃となったのだ。

 「艦長。敵艦より入電」

 「読め」

 「ワレ、タシケント共和国ナビリア方面艦隊所属バースロム。タダチニ停船セヨ。シタガワザルトキハ撃沈スル。以上です」

 予想通りの内容に、顔の前で手を振った。

 「停船はしない。適当に返信しておけ」

 「止めたいなら実力でこい。と、いうことですか、艦長」

  副長のダニエル・ドルフィン中尉が軽口をたたいた。

 「やつらの収容所は、それは素晴らしいともっぱらの噂だが、確認したいかね」

 「とんでもない」

  ドルフィン中尉は肩をすくめて見せた。

 「よろしい。我が方の勢力圏まで何分だ」

 宇宙空間に明確な勢力圏がある訳ではないが、友軍の援護が期待できるエリアまで戻れば、敵が諦める可能性があった。頼りないものであるが、無いよりましだ。

 「第二二五防衛ラインまで220分程で到達できます。ただ124分後にラグザーの主砲に補足されます」

 ラグザー級はコンコルディアより優速の為、ただ逃げても追いつかれる。砲撃戦に持ち込まれると、砲門数が少なく、装甲も皆無の突撃艦では打ち負けるだろう。量子反応魚雷を打ち込めれば撃沈できるが、はたして。

 「艦長。随伴艦、確認できません」

 「独行艦か。珍しいな。いや探知外を遷移機動しているか」

 カルロは、ドルフィンの報告に首をかしげた。タシケント軍は、軽巡を戦隊旗艦として運用しており、通常十隻程度の随伴艦を伴っている。辺境のナビリア星域でも二~三隻は引き連れていることが多い。

 「艦長。遷移機動するなら、探知能力の高い偵察巡洋艦で行い、こちらには随伴艦を差し向けるのではありませんか」

 「そうだな。よし、敵艦を独行艦として対処する」

 

 タシケント軍のラグザー級はコンコルディアの3倍近い全長をほこり、火力、速力共に優れていた。

 「敵艦の加速を確認。方位092距離42 艦種確認。連邦のエスペラント級突撃艦です」

 「単艦でこんな宙域をふらふらと、なにをしていたのだ」

 「定期哨戒では。連邦のパトロールルートに近いですし。衛星をいくつか破壊していたようです」

 「いつものハラスメントか。規定通り。停船信号を送れ。受け入れない場合は、撃沈する。敵増援が来る前に片付けるぞ」

 バースロムの艦長はシート座りなおした。その脇でクルー達は隣同士で囁きあった。

 「連邦のやつら逃げの一手か」

 「のろまな突撃艦で、このバースロムから逃げ切れるものか」

 「ハハッ。突撃艦がのろまか、そんなことが言えるのは、バースロムだからだな」

 「エスペラント級は連邦の新型です。速力も強化されていると推測しますが」

 「だとしても、追いつける。雷撃にさえ気をつければ、どうとでもなる」

 小声ではあるが、勝利への確信がバースロムの戦意を高め広がっていた。

 

 「副長。チャートを出せ。敵艦を撒けそうなポイントを探すぞ」

 カルロの前の空間に詳細な星域図が展開した。

 「付近にA1とT5小惑星帯が、ここで逃げ回って援軍を待つのがセオリーですが」

 「確実とは言えんな。潮流も悪い」

 潮流とは、太陽風、重力波、銀河流などのエネルギー帯の総称である。なぜそう呼ぶか誰も知らない。

 「E7の潮流は何だ。この宙域にこんなものがあったか」

 「いえ、つい最近発生したものではないでしょうか。情報がありません」

 環境探知衛星からのデータを解析しようにも、データ数が少なく、詳細は不明であった。ただかなり強い流れのようだ。

 「こちらも、確実とは言えんな。飛び込んだ瞬間に操舵不能になったら、狙い打たれる」

 バースロムの乗員が語ったように、コンコルディアは逃げの一手であった。


 カルロの送った緊急伝を受けて、ナビリア方面司令部は活発化した。

 「哨戒中のコンコルディアより入電。タシケント軍所属のラグザー級巡洋艦と接触。退避行動に移るとの事です」

 「待機中の増援を出せ」

 コマンドポストの担当官は、マニュアル通り対応した。

 「了解。インターセプト発令。直ちに出撃せよ」

 「どれだけ出せる。最悪、一個水雷戦隊と交戦するぞ」

 「第47駆逐戦隊。がインターセプト待機中でした」

 「駆逐艦四隻か。他には」

 「80分あれば、イルドアが出れます」

 「それでは間に合わん。急がせろ。他におらんのか」

 偵察巡洋艦一隻には、充分な戦力ではあるが、随伴艦の数しだいで救援部隊もろとも撃破される可能性もある。司令室の要員が、苦慮する中一人のオペレーターが、あることに気付いた。

 「機関不調で出撃の遅れたムーアが、当該海域に向かっております」

 コンコルディアの同系艦ムーアは、14時間遅れで出航し、当初の哨戒ルートを先回りする進路を取っていた。

 「なに、それはよい。うまくいけばイルドアが到着するまで持ちこたえれぞ。至急ムーアに救援要請を送れ」

 「了解」

 

 「艦長。司令部より入電」

 「読め」

 「コマンドポストよりコンコルディア。第47駆逐戦隊及び、随伴艦ムーアが増援として順次出撃中。貴艦は退避に専念せよ。以上です」

 「よし。友軍との合流を目指す」

 「艦長。潮目が変化しています。左三点」

 それまで、安定していた潮流に変化が起こる。

 「チャートに出せ。よし。進路変更499 ウィング展開。航海士。手動だ。上手く乗せろ」

 「アイサー」

 潮流に逆らうと簡単に艦は減速する。だが、うまく流れに乗れば加速が可能だ。

 コンコルディアは魚の背びれの様な、ウィングを上下に展開した。航海士は、自身のコンソールに表示されたデータに合わせ、慎重に艦を潮流に乗せようとした。

 「艦長。減速願います」

 「一速減衰。これで何とかしろ」

 「充分です」

 熟練した航海士が自動調整に頼らず、人力でウィングを動かすと、細かい動きは出来ないが、安定して潮流に乗れることがある。カルロは戦闘機動では、たびたびこの手を使う。航海士はなれた手つきで、ウィングを調整していく。

 「敵艦より分離する物体あり。本艦に向かって接近」

 「なんだ。魚雷か。距離は」

 「距離。38セパーク」

 「遠すぎる。・・・・・・・まさか、特殊弾頭か。解析急げ」

 「突撃艦一隻相手に、反応弾ですか。無茶苦茶だ」

 ドルフィン中尉がたまらず叫んだ。要塞攻撃用の反応弾は長射程だが、普通、艦艇に向かって撃つやつはいない。牛刀で鶏を捌くだ。

 「セオリーではそうだが、本艦の装備では、迎撃不能だ。つまり有効だ。くそったれ」

 コンコルディアには、近接防御の対空砲しかなく、巨大な被害半径を持つ反応弾相手には無力だ。

 「航海長」

 「艦長。潮流に乗りました。いつでもいけます」

 「ウィンク収納。機関最大。ジェネレーター出力110%」

 「機関出力110%アイ」

 機関長が、出力レバーをレッドゾーンまで、引いた。

 「何分持つ」

 「判ってます。計算中です。出た。34分で臨界。艦長。こいつはまだ、慣らし運転中です。忘れんでください」

 ジェネレーターの限界値や安定度は、個体によって違う、データの不十分なコンコルディアでは、どの程度耐えられるか不明だ。機関長の心配はもっともである

 「こいつは、ナガセン出身だ。信頼しろ」

 コンコルディアの製造された、工廠名を上げた。

 「そうですな。いやいや。ナガセンの自慢は、居住性でしょうが」

 カルロの軽口に、機関長が答えると、艦橋内に笑いが広がり、ほっとした空気が流れた。

 「艦長。追尾能力の低い反応弾対策として、乱数回避行動を行ってみては」

 ドルフィン中尉の指摘どおり、簡単な誘導装置しか搭載していない反応弾は、高機動の目標への追尾能力が低い。ただ一定空間ごと吹き飛ばす反応弾の場合、直撃を回避すること自体に意味は無いのだが。生存する可能性の一つとして、やらないよりましな提案ではあった。

 「だめだ。勝算が低い上に無駄に減速する。その間に敵艦が距離を詰める。ぎりぎり、まで引き付けるぞ。・・・・・それが目的か」

 口にしたことにより、カルロの思考は整理された。

 「なるほど。ブラフとしての反応弾ですか。大いに有り得ます」

 ドルフィン中尉は、うなずいた。

 「その場合。弾頭は空の可能性が高い」

 「突撃艦相手に、いちいち反応弾ぶち込んでいたら、やつらも破産しますからね」

 「自艦の優位が確実な上に、小細工までやってくるのか」

 バースロム側としてみれば、コンコルディアがブラフに引っかかれば、それで良し。掛からなければ接近して直接引導を渡せばよい。一手間入れるだけで、リスクを下げれる。

 「着弾まで、何秒だ」

 「38分05秒です。反応弾だとするなら35分41秒で被害範囲に入ります」

 「反応弾の線は無い」

 「了解」

 カルロの断言に、ドルフィン中尉は気圧され答えた。


 「敵艦の針路知らせ」

 「敵艦、針路変わらず。一度潮流に乗ったようですが、その後大きな変化はありません」

 「さすがに、掛からんか」

 バースロム艦長は、つぶやく。カルロの読みどおり、バースロムの放った魚雷に、反応弾は搭載されてはいなかった。そもそも、タシケントは偵察巡洋艦に反応弾を配備していない。彼らが放ったのは、艦隊決戦時に行う、反応弾飽和攻撃用の囮魚雷であった。

 「クルックシュタウンは間に合わんな」


 「艦長。突撃艦ムーアより入電」

 「なっ。いや、良し。読み上げろ」

 想定より早いコンタクトに僅かに動揺したが、朗報には変わりない。

 「発ムーア。宛コンコルディア。生きてるか。現在地を知らせ。以上です」

 「あの餓鬼。現在地を送れ。ムーアの位置をチャート出せ」

 「アイサー」

 カルロはチャートを睨み付ける。

 「艦長。出ました。距離があるため、おおよその位置しか判明しません」

 ムーアの軌道はコンコルディアの針路を横切る形で、遷移している。 

 「ムーアに送れ。針路そのまま、ポイントD4F55で、A1機動を行え」

 「合流しないのですか。最短ルートを行けば」

 「どちらかが、沈む。進路変更144 ジェネレーター出力を通常域へ。ポイントE7へ向かうぞ」

 「アイサー。進路変更144 しかし、艦長。E7の潮流はデータ不足です。大丈夫でしょうか」

 「最初の波にどう乗るか次第だな」

 カルロは、緊張から強く息を吐いた。

 コンコルディアは、やや減速しつつ、エネルギーの奔流へと舵を切った。


 「敵艦。変針。839」

 「動き出したか、追尾しろ」

 バースロムはコンコルディアの針路をなぞるように、追尾する。兎を追う猟犬のように、速力に任せて強引に機動する。


 「艦長。ポイントE7まで50秒」

 「そのまま、読み上げろ。機雷1セット、投射用意。時限信管20秒にセット。艦の真後ろに放り投げるぞ」

 「アイサー。時限信管20秒にセット。40秒」

 コンコルディアは航路封鎖用に4セット48発の機雷を装備している。センサーで敵艦を感知すると、接近し爆発する自走機雷だが、今回は時限信管で起爆し、一時的にバースロムのセンサーを撹乱させる。

 「機雷。セット完了」

 「投射、投射」

 コンコルディア側面二ヶ所から、六発づつ、計12発の機雷が投射された。

 「艦長。潮流境界面まで20秒」

 「衝撃に備えよ」

 詳細の判らない、潮流に踊りこむ。コンコルディアは激しく揺れ針路が、安定しない。さらに減速。

 「潮流の解析急げ。ウィング展開できるか」

 「無理です。最悪ウィングがもげます」

 目を血走らせた航海士が叫ぶ。

 「機雷。起爆」

 境界面ぎりぎりで、高密度で展開していた機雷が起爆する。そのエネルギーの奔流がコンコルディアをさらに翻弄した。

 「艦長。特殊弾頭をロスト」

 「ほっとけ。この流れだ。精密誘導でもどうにもならん」

 後に続き潮流に飛び込んだ、見せ掛けの反応弾は、激しい流れにコンコルディアを見失い、虚空の彼方へとフラフラと飛び去った。

 「艦長。潮流の解析でました」

 チャート投影された、流れをみて息を呑む。

 「良し。ウィング展開。流れに乗れ。一気に加速できるぞ」

 「アイサー。ウィング展開」

 無理に広げたウィングが悲鳴を上げる。しかし、コンコルディアは確実に加速を始めた。

 「機関長。この潮流の中ジェネレーター出力を上げれるか」

 更なる加速を求める。

 「いけます。ただエネルギー交換が上手くいかない可能性があり、期待した速力が出るとは限りません」


 「爆発反応を探知。敵艦の推定針路上です。」

 「何の爆発だ。確認せよ。囮魚雷が命中するとも思えん」

 バースロムの艦長はいぶかしむ。コンコルディアの機雷は投射後すぐに起爆したため、バースロムからは観測されなかった。

 「敵艦。進路が安定していません。爆発の影響と思われます」

 「一気に距離を詰める。爆発の原因は判明したか」

 「現在解析中。ただ爆発の規模から、ジェネレーターや駆動系ではありません」

 機関に損傷があれば簡単にかたをつけれたが、そう上手くはいかない。

 「そうか。元々、速力はこちらが上だ」

 それは、紛れも無い事実だ。


 コンコルディアは激しい流れの中、加速に成功し、徐々に流れの深部へと移っていく。

 バースロムは真っ直ぐに突っ込み主砲の射程圏内に、コンコルディアを捉ようとした瞬間、潮流境界面に艦が接触し、艦が激しく振動した。。

 「急速回頭。当て舵20。戦闘フラップ展開、第3戦速」

 コンコルディアは今まで見せなかった急減速、急旋回を行いバースロムに指向した。

 「主砲3連斉射。鼻面に叩き込め」

 コンコルディアに搭載された主砲全六門中、前方を指向していた4門が一斉に火を噴いた。射程圏内ぎりぎりから放たれた計12本の火線がバースルロに突き進む。

 「着弾確認。3つ 装甲貫徹せず。表層の防御フィールドに弾かれました」

 無理な機動で行った安定性の無い砲撃では命中弾は少なく、有効弾に到っては0であった。

 「カウンターマニュバー。このまま接近する。量子反応魚雷1番から4番まで発射体勢」

 「量子反応魚雷1番から4番、発射体勢良し」

 「てっー」

 コンコルディアの最大火力、4本の量子反応魚雷は潮流に翻弄されながら、猛然とバースロムに向かう。

 バースロムは体勢を崩しながらも、最大出力で旋回し潮流から逃れようとした。

 「敵艦の対抗装置が来るぞ、魚雷とのリンクはどうだ」

 量子反応魚雷は、命中率を上げるため、着弾の瞬間までコンコルディアのシステムとリンクしているのが望ましい。リンクが切れると、コンコルディアのセンサーより貧弱な、魚雷本体に搭載されたセンサーに切り替わる。

 「敵艦より、投射物。デコイです」

 予想通り、対抗手段が講じられる。そして、データ不足の激しい潮流は甘くなかった。

 「魚雷、リンク切断。デコイに向かいます」

 「くそ。ポンコツ魚雷が。進路変更351 最大戦速」

 コンコルディアから放たれた4本の魚雷のうち3本は、デコイに引っかかり、1本はバースロムの必死の対空射撃に破壊された。その間にコンコルディアはバースロムと再び距離を取った。

 カルロは、潮流により攻撃機会を掴んだが、潮流により撃破の機会を奪われ、独り相撲をしている気分になり、憮然とした。

 予想外の潮流に誘い込まれ、反撃を受けたバースロムは、潮流から抜け出した。当初の予定を捨て背後に回らず、同航戦気味に追撃していく。タシケント側は、多数の衛星を失っており、この宙域の環境データが不足していることに気付き、慎重になる。距離を保ちつつ、砲撃戦で沈める動きだ。

 「敵艦、発砲」

 「撃ち返せ」

 コンコルディアの主砲6門に対して、バースロムの主砲は12門。威力に大きな差は無いが、数的に不利な砲撃戦が始まった。


 「時間の問題だな」

 バースロムの艦長は、大きなため息と共につぶやく。敵艦のカウンターマニュバは予想していたが、環境データの不足を、こうも利用されたのは初めてであった。自分では油断しているつもりは無かったが、どこかで甘かった。

 「敵艦。発砲」

 「乱数回避機動を継続せよ。準備でき次第、撃ち返せ」

 小刻みに針路を替えずつ、砲撃を叩き込んだ。


 「艦長。信号をキャッチ。時間です」

 「くそ。忌々しい」

 「残念ですが、これしかありません」

 激しい砲撃戦の続く中、ドルフィン中尉が決断を促す。

 「当て舵10 このまま一気に近づくぞ」 

 「アイサー」

 

 「敵艦。進路変更。これは、こちらに近づきつつあります」 

 「慌てるな。距離を保ちつつ砲撃せよ」

 二度目のカウンターマニューバか、その割には同航戦状態を維持したままの動きだ。

 「敵艦。潮流より出ます」

 「何のまねだ、わざわざ盾があるポジションをなぜ捨てる。」

 「分離体を確認。魚雷です。数4」

 「デコイ準備」

 「敵艦。急減速」

 「オーバーシュートか。進路変更1022後ろを取らせるな」

 ここで減速すると、同航戦は維持できるが魚雷が避けられない。しかし後を取られると、一時的ではあるが、砲撃戦で撃ち負ける。バースロムは速度を維持したまま、旋回を開始した。これで優位なポジションは維持できる。

 「魚雷、接近中。着弾まで400」

 「200でデコイ投射」

 今回は、有利な位置、安定した姿勢から問題なく、全弾、回避、迎撃できるだろう。

 「敵艦に着弾確認。損害を与えた模様」

 「このまま、落とすぞ」

 勝利を確信しつつも、感情を抑え冷静に指示を出す。

 「感あり。敵魚雷いえ。・・・これは」

 「どうした」

 「左舷より、新たな反応。数6 方位1154 早い。魚雷と思われます」

 あまりに想定外の報告に、目をむいて立ち上がる

 「馬鹿な。敵がいるのは右舷方向だぞ。どうして左舷から」

 突如、両舷からの雷撃がバースロムを襲った。

 「予定を変更する。デコイ投射。連邦の増援か」

 「反応ありません、敵艦の反応は右舷の一隻のみです」

 「ならば、どこから飛んできた。探せ」

 バースロムの艦長は叫んだ瞬間、理解した。なぜ敵艦が、潮流を使って逃走せず、不利な砲撃戦を行ったのか、まして潮流から出来たのか、同航戦のまま減速したのか。

 「イージスポインターか」

 それは一隻の艦が敵艦をロックオンした状態で、情報連結した他の艦の雷撃や砲撃を誘導する、大規模な艦隊戦で使われるシステム、単艦同士の戦いでは、不可能に近い戦法。

 バースロムの艦長は崩れ落ちるようにシートに腰を落とした。


 「もらった。よく狙え」

 計10本の量子反応魚雷による飽和攻撃にのた打ち回るバースロムに向けて、コンコルディアの主砲が唸った。

 「着弾を確認。機関部のようです。敵艦減速します。やりましたバイタルパートに損害認む。撃破確実」

 コンコルディアの艦橋に歓声が上がる。

 「敵艦に向けて降伏勧告を送れ」

 「アイサー。おめでとうございます。艦長」

 艦橋にいるもの全員が、カルロに注目する

 「皆よくやった。日ごろの訓練の成果を見事に現してくれた。艦長として感謝する。我々の勝利だ」

 カルロは、右手のこぶしを振り上げた。

 先ほどより大きな歓声と、拍手が起こる。

 「艦長。ムーアより通信入ります」

 「繋げ」

 「バルバリーゴ艦長。お元気そうね。私からのプレゼントは受け取っとくれましたか」

 コンコルディアのメインモニターに銀髪の女性士官が映し出された。

 「ロンバッハ艦長。貴艦の援護、感謝する。おかげで何とか生きている」

 「しかし、相変わらず、無茶な作戦というか、要求というか。イージスポイントシステムを使用したアウトレンジからの飽和雷撃なんて、士官学校1年生の答案を採点している気分になるわ」

 「そのためのA1機動だ」

 「言っておきますが、あの状況でそんな機動、この私のムーアだから出来たことをお忘れなく。ほかの船では今頃、あなたと船はプラズマに変換されていますよ」

 出足の遅れたムーハは、コンコルディアに誘い出されたバースロムの左舷方向に遷移。射程距離一杯からありったけの魚雷、計32発を投射。そのうち6本がコンコルディアの誘導ビーコンを拾うことが出来た。誘導ビーコンはバースロムにも探知されていたが、戦闘中では当然であり、まさか他艦からの魚雷を誘導しているとは、思い至らなかった。

 「しかし。私の魚雷で撃沈できなかったのは残念たわ。せっかく撃破数の差を広げるチャンスでしたのに」

 バースロムの艦長は必死の操艦で、見事すべての魚雷を回避、もしくは撃墜した。たた至近弾2発が発生し、コントロール不能のスピン状態に陥り、コンコルディアの主砲を避けれなかった。船体に大きなダメージを受け行動不能になりはしたが、撃沈には到らなかった。

 「そうだな、共同撃破1ということだろう」

 「あら。あなたと、私の共同作業ということかしら」

 挑むような笑顔でロンバッハがおどけて見せた。

 「いつものことだろ」

 「そうね。じきに47駆逐戦隊も到着するでしょ。タシケント艦はコンコルディアで曳航するのかしら」

 「そうしたいが、こちらも被弾している。居住区は半分吹っ飛んだ。頼んでいいか」

 「了解。到着まで48分。それまでに、敵艦を制圧しておいてください」

 「わかった」

 「ああっ。それと、32本の魚雷使用の報告書は、あなたが書くのよ。それでは、バルバリーゴ艦長。失礼します」

 すこし首をかしげた敬礼を残して、ロンバッハはモニーターから消えた。

 「艦長。ロンバッハ艦長と息がぴったりですね。あの方は気難しいと割りと有名です」

 「そーっと、扱えば爆発したりせん」

 カルロの返答に、ドルフィン中尉は、内心首を傾げた。今の会話で慎重さを感じなかったからである。

 「敵艦の反応はどうだ」

 「敵艦からの降伏信号を確認。周囲に脱出ポット多数。救難信号を確認」

 オペレーターの返答は、抑えきれない喜びにあふれていた。

 「脱出ポットはマーカーだけして放置。中尉。陸戦隊を組織。タシケント艦を制圧せよ」

 「アイサー」

 カルロは艦長帽を取って頭をかいた。

 突撃艦コンコルディアはナビリア星域において、タシケント共和国所属、ラグザー級偵察巡洋艦バースロムを撃破、鹵獲し凱歌を上げた。それは長い戦いの、ほんの小さな勝利であった。


  

                                          続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る