第259話 いざ、もう一つの世界へ

「……とりあえず、最低限動けるまで回復しただけだけど……ほんとにこのままで行くわけ?」


 メルが信じられないという顔で俺を見る。俺は至極真面目な表情でそれに応えた。


「あぁ。ここまで来たら、行かない理由がありませんから」


「……ミラはともかくとして、リアも同意しているわけ?」


「いえ、リアはこの話をする前に気絶してしまったので……」


 そう言って俺は先程から背負っているリアのことを見る。


「……はぁ。まぁ、そんなことだろうと思った。でも……どうせ、リアも意識があったら行くって言うんでしょうね」


 メルは呆れた顔でそう言った。俺としても苦笑いでそれに返すしかなかった。そう言ってからメルはサキの方を見る。


「……アンタとはここでお別れね」


「え!? な、何言っているんですか!? ど、どう考えても私がこれから必要でしょう!?」


 と、サキは慌てた様子でそう言う。


「あのねぇ……アンタ、さっきの戦いで完全に隠れているだけだったじゃない」


「で、でも! メルさんもそうだったじゃないですか!」


「……まぁ、そうね。でも、私は仮にシンでしまったとしても蘇生させることができる。アンタはできないでしょ?」


 そう言われるとサキは何も言えなくなってしまった。


「いや、サキちゃんには来てもらったほうがいいよ」


 と、そう言ってきたのは、ミラだった。


「はぁ? アンタ、どういうつもりで言っているわけ?」


「これから行くのは魔界。おそらく、魔物や魔族、そして、魔王がいるであろう異なる世界……魔族であるサキがいたほうが物事が有利に進む可能性があるから」


 ミラは笑顔で冷静にそう言った。メルは不満そうにミラのことを見ている。


「むしろ、ここでお別れなのは…‥キリちゃん、だね」


 そう言ってミラはキリの方を見る。それまで黙って話を聞いていたキリは、反抗的な目でミラを見る。


「……嫌です。私も行きます」


「無理だよ。キリちゃんには厳しすぎる」


「……ドラゴンに火球を打ったのは私です! 私は皆さんの役に立ちます!」


「駄目。危険すぎる」


「……そもそも! 私はアッシュを連れ返すために来たんです! ここで帰るわけにはいかないんです!」


 キリの訴えをミラは黙って聞いている。しかし、しばらくしてから小さく首を横にふる。


「駄目だ。ウチがそんなの耐えられない」


「……な、何を言っているんですか! 姉様には関係ありませ――」


 そう言おうとする矢先……いきなりキリはその場に倒れてしまった。見ると、キリの身体に細いナイフが刺さっている。


「あ、アンタ……何して……」


「大丈夫。眠らせただけ」


 驚くメルに対してミラは短くそう答えると、そのまま眠っているキリの身体に対して魔法をかける。


 魔法の効果により、程なくしてキリの身体はその場から一瞬にして消え去った。


「……これでよし! いやぁ~、キリちゃんはまだまだ子供だからね! 一緒にいるより、街で待機してもらっている方がいいよね!」


 ミラはそう言って俺のことを見る。


「……本当に良かったのですか?」


 俺が訊ね返すと、ミラは笑顔で俺を見る。


「うん。だって、ウチは魔界に行ってもキリちゃんのことを守りきる自信、ないから」


 その言葉がミラの覚悟だということを俺は理解することが出来た。


 そして、キリを覗いた俺たち5人は「転移の穴」まで近づいていく。


 近づいてわかったが……穴はとても深かった。それこそ、底がないのではないかと思うくらいに。


「ホントに……ここ、降りて大丈夫なの?」


 さすがのメルも少し怖いようだった。サキは隣で完全に怯えている。


 といっても、俺も怖いのだが……。


「もちろん。ここまで来たら行かない理由、ないよね?」


 そう言っていきなり俺の手を掴むミラ。俺は驚いてミラのことを見返す。


「え……ミラ、これは……」


「もし、仮にここから別の世界に行けなかったとしても……皆で地面の底に衝突するのは同じタイミングがいいでしょ?」


 ニコニコしながらそう言うミラ。少し怖いものを感じたが……俺も覚悟を決めた。


 強くミラの手を握り返す。それと同時に、メルも、サキも、手をつないで、俺たち全員が一つのつなぎとなった。


「じゃあ、アスト君。よろしく」


「えぇ……わかりました。それじゃあ、行きますよ……せーのっ……」


「せっ!」


 と、いきなりミラが大きく一歩を踏み出したそれと同時に手をつないでいた俺たち全員がそれに引きずられるようにして穴へ落ちていく。


 メルかサキの悲鳴を聞きながら、リアを背中に背負ったままで俺は穴の底へと落ちていったのであった。

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