第225話 俺が俺であり続けるために
そして、次の日。
「えっと……準備はいいですかね?」
俺は遠慮がちに訊ねた。
「あぁ! 大丈夫だ!」
元気一杯にそう答えるリア。既にメルも「リジェネレイト」の準備ができているようである。
「では……行きますよ」
そう言って俺は腕輪を見る。そして、今一度リアの方を見る。
考えてみれば、俺とリアは……似ている。俺の中にはアキヤがいて、リアもずっとレイリアにとらわれている……そんな中、リアは、レイリアとの因縁に必死に決着をつけようとしている。
だが、俺はどうだ? まるでアキヤと対峙しようとはしていない……していないというより、俺は……怖いのだ。
アキヤはかつて先代の魔王を倒した勇者……もし、完全に覚醒した時、俺はアキヤを抑えられるのだろうか?
俺にはその自信がない……だとすれば、俺もアキヤに対して向き合わなければいけない時が来るのだろう。
「アスト? 大丈夫か?」
「え? あ、あぁ……すいません。では……」
……リアは、相手が俺だと手加減をしてしまう。だとすれば、俺が俺でなくなればいいのだ。
そして、俺はアキヤと対峙しなければならない……だとすれば俺が取るべき行動は一つだけである。
俺は腕輪に祈る。今回は……ギリギリまで引き出す。勇者アキヤの力を。
腕輪が輝き出す。それと同時に身体中に力が溢れていく。
「う……うぉぉぉぉぉ!」
思わず俺は叫んでしまった。明らかにリアとメルが不安そうな顔で俺を見ている。
そして、力が満ちていくにつれて、意識が遠のいていきそうになるが……駄目だ。
ここで意識を……身体の主導権を渡してはいけない。
「……ふぅ。まったく、ようやく俺に身体を明け渡す気になったか」
声が聞こえる……俺の声だが、俺のではない声が。
「え……あ、アスト……?」
そして、リアの不安げな声も。
「アスト? 違う。俺はアキヤだ。お前らの知っているアスト? ってやつはもういないぞ」
ニンマリと微笑むアキヤ……違う。俺はいる。まだ俺の意識は残っている。
「なっ……あ、アストの馬鹿! もしかして……」
メルが顔を青くして俺のことを見る。
「そうだ! あの馬鹿は、俺……最強の勇者アキヤの力を引き出しすぎたんだ! この体は今から俺のものだ!」
アキヤは高々とそう宣言する。どうやら、俺の意識がまだ残っていることに、アキヤは気付いていないようである。
「ふ……ふざけるな! その身体はアストのものだ!」
リアがそう言って剣を構える。と、アキヤはわざとらしくため息をつく。
「そう信じたいのはわかるぜ? けどよ、ここまで俺が覚醒しちまったんだ。諦めろよ!」
「そ……そんなはずはない! アストがそんな迂闊なことをするはずがない!」
「……そうか。お前……面倒くせぇな」
そう言うとアキヤは腰元から剣を引き抜いた。
「そもそも、お前が俺……じゃなくて、アストって奴に訓練をしてもらうって話だったよな? いいぜ? その役割、俺が引き継いでやる。光栄に思えよ? 史上最強の勇者が相手になってやるんだからな!」
そういってアキヤが戦闘態勢に入る。リアも本気の目で俺……ではなくアキヤを見ていた。
リアには悪いが……どうやら、俺の目論見は成功したようである。
「後は……俺が本当にアキヤに身体の主導権を渡さないようにしなきゃな」
しかし、思った以上に、アキヤの意識が身体を支配する影響力が強い。
これは……俺……つまり、アストがアストであり続けられるかどうかの戦いでもあるのだということを、俺は理解したのだった。
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