第194話 与え、捧げる
それから俺達はとりあえず信徒なる人物を探し回った。案外に信徒探しは簡単だった。
というのも、この街の住民は全員ニコニコ笑顔のルミス教団の信者、少し話をしてみれば、彼らは簡単に自身の信仰がいかに素晴らしいか、女神ルミスが以下に素晴らしいかを騙ってくれる。
そして、信徒に会いたいといえば……簡単に信徒を紹介してくれるのだった。
というわけで、俺も簡単に信徒に会うことが出来た。信徒は人柄の良さそうな老人で、俺が事情を説明すると、簡単に酒場について来てくれるとのことであった。なんだか……悪いことをしているような気がしてくる。
酒場に戻ってみると皆簡単に信徒を酒場に連れてくることが出来たようで、サキは実際二人の信徒を連れてきていた。
そして、既にミラが準備を整えていた。酒場の奥の方……宴会用のスペースに俺達は腰掛けていた。
既に一人一人の目の前には中身の入った杯が置かれている。用意周到なことだ。
「いやぁ、信徒の皆さん、すいませんね、いきなり来てもらって」
ミラはルミス教の信者と同じくらいの貼り付けたような笑顔でそう言う。こういうときのミラは、悪いことを考えている時のミラだ。
「いやぁ、是非女神ルミス様の話を詳しく聞きたいと言うものですから。ルミス教は真面目な信者を優遇します。是非、皆様にも私達から女神ルミス様の素晴らしさをお教えしたい」
信徒の一人が目を輝かせてそう言う。実際、この人達は悪い人ではないのだろう。悪いことを考えているであろうのは、この人達が崇めている女神ルミス本人だ。
「えぇ、ですが、その前にせっかくですから、乾杯しましょう」
ミラがそう言って杯を持ち上げる。
「女神ルミスに乾杯!」
心にもないことを平然と叫ぶミラ。それに釣られて、信徒達も乾杯をし、そのまま杯を飲み干した。
その直後、ミラが俺に目配せをする。ミラが何をしたのか……理解することができた。
「さて、じゃあ、少し女神ルミス様のお話をしてもらいましょう」
ミラの言い方を聞くと……少し待つ必要があるようだ。
「えぇ。なんでもしますよ。何か質問はありますか?」
……と言われても別に女神ルミス自身に興味があるわけではない。俺達は女神ルミスが何者であるのか理解できているのだから。
「一つ、いい?」
と、そう言ったのは、メルだった。
「えぇ、なんでもいいですよ」
「女神ルミスは……私達にどういうことをしてくれるの?」
メルは真剣な顔でそう聞いた。いきなりそんなことを聞かれると信徒たちは少し驚いたようだった。
「……えぇ、そうですね。なかなか良い質問です。確かに目に見えて女神ルミスが何かをしてくれるというのは、難しいことかもしれませんね。ですが……目に見えるものが総てではありません。ルミス様は私達に喜び、安寧……それらを与えてくれるのです。それは私達にとってまさしく幸せと言えるでしょう」
「それを与えてくれる女神ルミスに、アナタ達信徒は何を捧げているの?」
「捧げてなどいません。私達は……お返ししているのです」
「……お返し?」
メルが怪訝そうな顔をするのに対して、信徒の老人は満面の笑みで続ける。
「女神ルミスが我々に幸せを与えてくれている以上、我々はそれ以上の幸せを望みません。ですから、それ以外のものは総て女神ルミスにお返しするのです」
「それって……金銭や財産のこと?」
「……まぁ、そういう言い方は私達はあまり好きではありませんが。とにかく、我々にとっては女神ルミス様が与えてくれる者以外は必要ありませんね」
そう云う老人の言葉に周りの信徒達も頷いている。それに対して、唇を噛み締めながらメルは嫌悪感むき出しの表情をしていた。
それからは如何に女神ルミスが素晴らしいかなんということを数十分に渡って話をしてくれたが、一人、また一人と……原因不明の睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。
「……やれやれ。皆さん、信仰心は強くても、お酒には弱いみたいだね」
ミラが白々しくそう云う。どうやらミラが用意していたお酒の中に入った睡魔は、相当なものだったようだ。
「さて……なんだか悪いことをしているようだけど、さっさと証を貰っちゃいますかね」
ミラのその言葉とともに、他の客に気付かれないように俺達は信徒からアクセサリーを回収する。確かに信者が持っていたものよりも豪華な作りのようだった。
「……絶対、許せない」
と、アクセサリーを回収しながらそう言ったメルは、明らかに静かに激昂していたのであった。
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