第183話 勇者の終わり

「く、クソがっ……魔王のくせに……しぶといやつだったぜ……」


 そして、勇者アキヤとしての記憶はこの時点で最後である。


 アキヤは魔王を遂に倒すことが出来た。それまで誰も成し遂げることのできなかった偉業をアキヤはほぼ一人で達成したのである。


 しかし、さすがのアキヤも魔王との戦いでは完全に疲労していた。おまけに「ハンデ」としての腕輪……魔力も体力もほとんど尽きかけていた。


「いやぁ、アキヤ。流石だね。僕は信じていたよ」


「……マギナか。お前じゃない……さっさと、ルミスを呼んできてこい」


「は~い。ルミスはここにいますよ~」


 と、マギナの隣からルミスが出てくる。


「……さっさと回復してくれ。さすがの俺でも限界だ」


 アキヤが命令してもルミスは笑顔でアキヤを見ているだけである。


「おい……アホみたいに笑ってないでさっさとしろよ」


「なんで?」


 ルミスは笑顔のままでそう言った。流石に、アキヤも驚いてしまった。


 今までルミスは自分の言う通りに動いてきていた。しかし、そのルミスが自身に向かって反抗ともとれる言動をとったのである。


「……お前、ふざけてるんじゃねぇ……さっさとしろよ」


 気を取り直してそう言うが、ルミスは笑顔のままである。


「フフッ。馬鹿なアキヤ。ルミスはね~……もう、アキヤを回復なんてしないんだよ?」


「……はぁ? て、てめぇ……」


「ルミスの言う通りだ。君はもう必要ない、アキヤ」


 そう言ったのは……マギナだった。アキヤは今一度驚愕することになる。


「……マギナ。お前まで……何言ってんだよ……」


 流石にアキヤの声が少し動揺していた。魔王を倒した勇者も、予想外の言葉を聞かせられては動揺せずにはいられなかったのだ。


「言葉の通りだ。君は魔王を倒した。君の役目はこれで終わり。私もルミスも……そして、彼も、君が魔王を倒して、まるで動けなくなるであろう、この瞬間を待っていたんだ」


「……彼?」


「私ですよ、勇者様」


 そう言って出てきたのは……装備屋だった。彼はなぜか、ナイフを手にしている。


「お前……なんのつもりだ……?」


 ナイフを持ったままで、装備屋は少しずつアキヤの方に近づいていく。


「アナタの予想する通りです。アナタを今から殺します」


「は……はぁ? 馬鹿言うんじゃない……お前なんかに、俺が……」


 そう言って剣を抜こうとしても、既にアキヤは立つことすらできなかった。情けなく地面に崩れ落ちる。


「予想外でしょう? 自分がここまで疲れているわけがない、私一人くらい返り討ちにできるはずだ……そう思っていますね?」


「あ、当たり前だ……な、なんで……?」


 そう言うと装備屋はナイフを構えたままでしゃがんで、アキヤの事を見下ろす。


「言ったじゃないですか。その腕輪、ハンデだって」


「だけど……腕輪は……魔力を吸い取るだけだって……」


「あはは! いやぁ~、すいません。その腕輪、よくわかんない腕輪でしてね。魔力を吸い取る以上の効果もあるみたいなんですよね? で、アナタの今の状態を見ていると……魔力どころか、生命力そのものを吸い取るみたいですね」


 嬉しそうにそう言いながら、装備屋はナイフをアキヤの胸に突き立てる。


「や、やめ……」


「アナタの魔王を倒したという功績は、私と魔法使いさん、ヒーラーさんがしっかり引き継ぎます。ですので……アナタは安心して眠りについてください。永遠にね」


 胸に向かって刃が深々と侵入していくのに、アキヤは何もすることができなかった。


 いや、正確には……自分のことを見下ろしながら笑っているマギナとルミス、そして、装備屋を名乗る謎の男を睨んでいた。


 そして、ナイフの刃がアキヤの生命に止めを刺した瞬間、腕輪から眩い光が輝き、そのまま周りを包んだのであった。


 こうして……俺、戦士アストが把握している転生前の自分……「救世の勇者」こと勇者アキヤの記憶は終わったのであった。

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