第172話 俺はお前で、お前は俺で

『グガ……ググ……』


 目の前の触手の化け物は先程までの暴れぶりは嘘のようで、すっかり大人しくなった。


 それもそうか。最強の勇者である俺の攻撃を受けたのだ。無事で居られるはずがない。


 と、見ると、既に触手のコアの部分が露出している。既にコアに完全に取り込まれてしまったカイが力なく俺のことを見ている。


「悪いな。化け物は倒さなきゃいけない。それが俺の使命だからな」


 俺がそう言うと、カイはガックリと首を垂れた。どうやら、力尽きたようだった。


 それにしても……物足りない。俺がかつて経験した戦いはこんなものではなかった。久しぶりなのだ。もっと暴れたい、もっと壊したい……


(……やめて下さい。もう終わりです)


 声が聞こえる。冷静ぶった、鬱陶しい声だ。俺は鼻で笑ってやる。


「……馬鹿か? お前だって本当は暴れたいんだろ? 自分の力を誇示したいだろ? お前のその願望を俺が叶えてやるって言うんだ。悪くないだろう?」


(違います。俺は……お前のような人間ではない。もう、俺はお前ではないんです)


「何言っているんだ? 転生したって俺は俺……お前は俺なんだよ? 力を振るい、誇示する……それが俺とお前の生きがいなんだ」


(違う……俺には――)


「アスト君!」


 と、背後から声が聞こえてきた。俺は振り返る。見ると、いつの間にか、魔法使いの格好をした女がそこに立っていた。


「……お前、いつからそこにいた?」


「え? いつって……今さっきだよ? というか、アスト君、何しているの? 早くこの城から出ないと! もう崩れかかっているよ!」


 魔法使いの女の言う通り、確かに城は崩壊しかかっている。どうやら、触手の化け物を失ってこの城も崩壊を始めたらしい。


「……そうだな。で、お前は何をしにきた?」


「何って……アスト君を助けにきたに決まっているじゃないか。メルに回復してもらって魔力も回復したんだ。ほら、早くウチの転移魔法で脱出しよう!」


 そう言って、魔法使いは俺に手を伸ばしてくる。


 ……何様のつもりだ。コイツは。俺は最強の勇者だぞ? こんなやつの力など借りなくても城から脱出できる。


 つまり……コイツは俺のことを舐めているのだ。最強の勇者であるこの俺を。そんな奴は俺がこの場で叩き切って――


(やめろ!)


 その瞬間、叫び声が聞こえる。そして、俺の右腕の腕輪が限界まで光り輝き出す。


「お、お前……な、何のつもりで――」


(ミラに触れてみろ! 俺はお前を許さない!)


「ゆ、許さない? 何言ってんだ……俺はお前、お前は俺で――」


(うるさい! 腕輪に戻れ!)


 その声と共に……俺の意識は腕輪の中に戻っていった。


「あ……アスト君?」


 ……しばらく間、意識が戻ってくるまで時間がかかった。しかし、それがはっきりしてくると、目の前に不安そうな女性の顔が見えてくる。


「……ミラ。助けにきてくれたのですね」


「うん……あのさ、アスト君。さっきのって……」


「……後で必ず説明します。今は帰りましょう。皆のところへ」


 俺がそう言うと、ミラは先程までの不安な顔から笑顔になってくれた。


 そして、俺がミラの腕を取ると同時に、俺達二人を光がゆっくりと包んでいったのだった。

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