第157話 現れた男
「それで……大丈夫なのか? あれで」
俺達……即ち、ラティアを除いた全員は、物陰に隠れて、目の前を見守っていた。
全員、ミラの「ステルス」の魔法をかけているので、周りからは俺達が隠れていることはわからないはずである。
そして、目の前には勇者装備をしたラティアが立っている。それこそ、襲って下さいと言わんばかりにかなり無防備な状態である。
「……えぇ。おそらく、相手がインキュバスなら、そこまで待たずにやってくるはずです」
サキが小声で俺達にそう囁く。
「なるほど……なんだか釣りみたいですね」
俺が思わずそう言うとリアが俺のことを小突く。
「アスト! お前は姉上が釣り餌だと言いたいのか?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが……あ、静かに……誰か来ますよ」
と、サキの言う通り、何者かが少し離れた場所からやってきた。
見た目は……確かにラティアと同様に勇者装備をした男だった。見た目には整った顔立ちをしているのだが、どことなく軽さを感じさせる男性だった。
「あ、アイツ……!」
にわかにアッシュが立ち上がろうとするので、慌てて俺とリアが抑え込む。
「アッシュ! 駄目です!」
「あ……アイツだ! ホリアを連れて行ったのは……!」
アッシュの態度でどうやらやってきた男がホリアを連れ去った犯人……そして、おそらく、ロエメスの街から若い女性を連れ去ったインキュバスに間違いないようだった。
「やぁ、君、一人?」
と、少し離れているが声が聞こえてきた。どうやら男がラティアに声をかけているようだった。
「ん? なんだ、お前は?」
「あぁ、心配しないで。怪しいものじゃないさ。見たところ君、冒険者みたいだね。僕も冒険者なんだ」
ラティアは少し怪訝そうな顔で男を見ている。アッシュの言う通り、確かに軽薄そうな感じだった。
「アイツ……姉上に気安く話しかけるなんて……!」
「リア! 落ち着いて!」
と、今度は今にも飛び出していきそうなリアがメルに窘められる。と、そんなことをしているうちにまた会話が再開する。
「あぁ、確かに冒険者だ。今はパーティを組もうと人を探していたんだ」
ラティアは事前に打ち合わせしていた通りの会話を男にする。男はその瞬間、ニヤリと微笑んだ。離れていても俺は見逃さなかった。
「へぇ、それは丁度良かった。実は僕も仲間を探しているんだ。どうかな? 僕のパーティに入らない?」
かかった。予想以上に簡単に男はラティアを自分のパーティに誘った。
ラティアは少し戸惑ったフリをしていたが、すぐに警戒を解いたように笑顔を見せる。
「そうか。ならば、丁度良い。お前のパーティに参加させてもらうとしよう」
「歓迎するよ。じゃあ、早速行こうか」
「行く? どこへ?」
「どこって……僕のパーティの拠点だよ。ここから少し離れた場所にあるんだ。他のメンバーにも紹介するよ……って、君の名前も聞いてなかったね。僕の名前はカイ。君は?」
カイと名乗った男はラティアに名前を訊ねる。
「……ラティアだ。よろしく頼む」
「へぇ。ラティアか。いい名前だね」
そう言ってカイはラティアにウィンクをして微笑む。ラティアは特に反応しない。と、なぜか少し気にかかったような顔でカイはラティアを見る。
「どうした? 何か問題か?」
「え? あ、あぁ、いや……なんでもないよ。さぁ、行こう」
そして、カイはついてラティアを連れて歩き始めた。
「……よし。尾行を始めよう。だけど、あまり音を立てると『ステルス』の効果が薄れて気づかれる可能性があるからね。慎重に行こう」
ミラがそう言うと共に、俺達も移動を開始する。しかし……サキだけがなぜか納得していない難しい顔をしていた。
「サキ。どうしました?」
「……どうも、妙なんです」
「妙? 何がですか?」
「……匂いが、しないんですよ」
匂いがしない……匂いというのはサキが言っていたインキュバスやサキュバスなら、それとわかるような匂いのことだ。
「……距離が離れているからでしょうか?」
「いえ、おそらくこの程度の距離ならわかるはずなんです……でも、あの男性からはその匂いがしない。それに……先程の行為も妙なんです」
「先程の行為? それって……」
「さっき、ラティアさんに向かって微笑みながらウィンクしたでしょう。あれっておそらく心酔の能力を使用しようとしたんでしょうけど……インキュバスはサキュバスと違って、会ってすぐの相手にいきなり心酔を仕掛けるようなことはしないんですよ」
「つまり……サキが言いたいのは……」
俺がそこまで言ってからサキは少し不安そうな顔で俺を見る。
「あの男……本当にインキュバスなんですかね……?」
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