第139話 対話

「ふふっ……嬉しいです。私、一度アストさんと二人だけでお話してみたかったんです」


 酒場で机を挟んで俺とサキは話している。先は優しげな笑顔で俺のことを見ている。


 かといって、これは楽しむための対話ではない。


 結局、街に戻ってきて、俺はサキと一対一で話し合うことになった。


 少し時間を置いてからサキと酒場で会う約束をし、実際に今、俺とサキは会っている。


 ここで明らかにすべきなのは、一体サキが何者なのか、何を目的としているのか……できるならば、ここではっきりさせたいのだ。


「……サキ。はっきりと聞きますが、アナタは一体何者なのですか?」


 俺は本当にはっきりとそう聞いた。周りの喧騒が一瞬静まり返ったのではないかと思うくらいにはっきりと俺の言葉が聞こえた。


 サキは手にしていた杯を机に置くと、落ち着いた表情で俺を見る。


「何を言っているんですか? 私はこのパーティのヒーラーですよ。それ以上でもそれ以下の存在でもありません」


「……これもはっきりと言っておきますが、俺が所属しているパーティのヒーラーは、アナタではない。メルです」


「メル? ……あぁ。あの何もできない人のことですか」


 馬鹿にした調子でそう言われると俺も少しムッとしてしまう。しかし、ここでサキの挑発に乗ってしまっては意味がない。


「……メルは何もできないわけではありません。メルの仕事を……アナタが奪っているだけです」


「奪っている? 私が? フフッ……面白いことを言うんですね、アストさん。私は彼女の仕事を奪っているわけではありません。私がこのパーティのヒーラーとして選ばれているんです」


 そう言ってサキは動揺した素振りも見せず話を続ける。


「リアさんも、彼女よりも私に治癒魔術をかけてもらうことを望んでいます。だからこそ、私の魔術を受けているのでは?」


「それは……アナタの治癒魔術は……何か……怪しい」


 少し迷ったがそう言ってしまった。サキは一瞬真顔になったが、すぐにまた笑顔になって俺に微笑みかける。


「怪しい? もしかして気持ち良い治癒魔術ってのが怪しい、ってことですか?」


「……えぇ。はっきり言うと、そうですね」


 後戻りはできないと思うと、俺もはっきりとサキにそう言った。サキは笑顔のままで俺のことを見ている。


「……そうですか。つまり、アストさんは、私が何かしら怪しい魔術を使っていて……リアさんに害を与えている、と」


 そう言われて俺は小さく頷いた。すると、サキは小さくため息をつく。


「……そうですか。では……やはり、実際に渡しの魔術を……受けてもらうべきですね!」


 そう言うとサキはいきなり手元にあったナイフを手にすると、机の上の俺の手に向かって思いっきり突き刺してきた。


 間一髪、俺は手を引っ込めて、ナイフは机の上に突き刺さった。


「なっ……や、やはり、アナタ……」


「やはり……なんです? まさか、本気で突き刺すと? そんなことするはずないじゃないですかぁ~!」


 ケラケラと笑いながらそう言うサキ。いや、今のは明らかに刺そうとしていた動きであったが……


「でも……怪我しちゃいましたね?」


 そう言われて俺は、自身の手に微かに切り傷があるのを確認する。なるほど……今の動きは確かに突き刺すのではなく……俺に怪我をさせることが目的だったようだ。


「……大丈夫ですよ。これくらい」


「えぇ~? そんな……少しの傷を治すだけですよ? そこまで私の魔術を受けるのが嫌なんて……アストさんは私のことを信頼していないんですかぁ?」


 涙目でそういうサキ。


 信頼……その言葉にはさすがに俺も我慢ができなかった。


 もう、、はっきりさせるしかないのだ。


「……わかりました。しかし、ここで治療するのもなんですから……俺の家に来ませんか?」


 俺がそう言うとサキはキョトンとする。しかし、すぐに満面の笑みになって俺を見る。


「えぇ~! いいんですかぁ! はい! 行きます!」


 サキは嬉しそうにそう言う。俺は店を出ようと顔をそらす。


 その時、おそらく俺には見えていないと思っていたのだろうが、俺は横目で見ていた。


 サキがまるで獲物を狙う蛇のように舌なめずりしているのを。

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