第137話 尻尾を出した

 しかし……サキは思ったよりも俺たちに大してすぐには尻尾を出さなかった。


「リアさん! 大丈夫ですか! すぐに回復してあげますね!」


 リアが怪我をするたびにすぐにリアのもとに駆け寄って回復する。リアは完全にリラックスしたような顔でその治癒魔術らしきものを受ける……そういうパターンが構築されてしまったのである。


 メルもリアの回復をしようとするが……なんというか、今までそうしてこなかっただけあって、言い出しにくいのである。


 結局、いつもメルの出番はサキに奪われてしまっていた。


 そして、さすがにそろそろメルも限界だろうと思い、俺たちは、クエストに出発する前、俺とミラは集会所にリアを先に呼び出しておいた。


 呼び出したリアは心無しか……どこかポカーンとした表情をしていた。いつもの凛とした表情ではなく、なんというか心ここにあらずといった感じである。


「リア。今日呼び出したのは、アナタに協力してほしいことがあるからです」


「協力? いきなりどうしたんだ?」


「……メルのことです。リアも気付いているかもしれませんが……最近のこのパーティの回復、一体誰がやっているかわかっていますよね?」


 俺としては少し強い調子でメルに訊ねてみる。しかし、メルはわかっているのかいないのかといった顔で俺のことを見ている。


「誰って……サキに決まっているじゃないか」


「だから……それが問題でしょう。ウチのパーティの回復薬は誰ですか?」


「それは……サキだろう?」


 とろんとした目つきでそういうリア。俺とミラは思わず顔を見合わせてしまう。


「……勇者サマ、一つ聞いていいかい? このパーティのメンバーの名前、全員言えるかな?」


「なんだ? 私を馬鹿にしているのか? 私とアスト、ミラとサキ……この四人で全員だろ?」


 ミラが大きくため息をつく。状況を理解できていないのかリアだけが困ったような顔で俺とミラを見ている。


「……これではっきりしたわね。アイツはリアに何かしらの状態異常をかけている……だから、リアはこうなっているのよ」


 と、今まで隠れていたメルが俺たちの背後から現れる。しかし、それでもリアは反応がない……というか、まるでメルのことを誰だかわからない感じだ。


「……えっと……すまない。お前は……なぜ私の名前を知っているんだ?」


 まるで止めと言わんばかりにリアはメルにそんなことを言ってくる。


「くっ……だ、大丈夫よ、リア。今、元に戻してあげるから……『クリア』!」


 そういってメルが杖をリアに向けると同時に優しい光がリアを包む。そして、しばらく光はリアを包んでいたが、やがて消えてなくなった。


「……えっと、何か、魔法を使ってくれたのか? 知らない人なのに申し訳ないな……」


 しかし……リアの反応はまるで変化がなかった。


「そんな……リア! 私! メルよ! なんで忘れたフリなんてするの!?」


 そういってリアの肩を掴むメル。しかし、リアは困った顔で俺たちのことを見るばかりである。


「アナタのことが、嫌いだから、思い出したくないんじゃないですか?」


 と、そこへ甘ったるいような嫌味っぽい声が聞こえてくる。声のしたほうを見るとそこにいたのは……サキだった。


「あぁ、サキ……良かった」


 と、リアはそう言ってサキの方へ駆け寄っていく。サキもリアに微笑みかける。


「大変でしたね~、リアさん。知らないヒーラーさんに捕まってしまって」


「あぁ、たぶん人違いだろう……おい! アスト、ミラ。クエストに行くぞ」


 そう言ってサキとリアはそのまま集会所を出ていってしまう。その時、一瞬だけ、サキがなぜか俺のことを見てニンマリと微笑んだ気がした。


「……なんで……なんでよ、リア……」


 そう言って悲しそうに俯きながら涙声になっているメル。そんなメルの肩をミラがポンと叩く。


「……ようやく、アイツが尻尾を出したね」


 と、なぜかミラは勝ち誇ったように微笑んでいる。俺もメルも思わずミラのことを見てしまう。


「……とりあえず、アスト君には後で話すよ。ヒーラーさんは――」


「メルって呼んで!」


 と、いきなりメルが大きな声でミラにそう言う。俺もミラも驚いてしまっていた。


「……名前で呼んでくれないと……安心できない」


 メルは目に涙を貯めながらミラのことを見る。


「……ごめん。その……メルには、ウチらが帰ってきたら話すよ。だから悪いんだけど、今日は自宅で待機していてくれるかな?」


 ミラがそう言うとメルは小さく頷いた。


「じゃあ、行こうか。アスト君」


 そう言って俺とミラは、先を行くリアとサキの後を追う。俺は今一度振り返る。


 そこには、酷く不安そうな顔で俺とミラを見るメルの姿があった。

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