第125話 分身
「アスト! 気を付けて!」
ミラの声が聞こえてくるが……方向さえわからない。かなり濃い煙だった。
おそらく、ヤトはこれで不明な方向からナイフを投げてくるのだろう。それならば、下手に動けばナイフに刺さってしまう。ここは動かず、ヤトが襲いかかってくるのを待ったほうがいいだろう。
と、俺が剣を構えていると、ヒュンッ、と風を斬る音がする。俺は瞬時に剣をそちらに向けて振り下ろす。寸前に、ナイフを叩き落とすことができた。
しかし、それもつかの間、今度はまったく別の方向からナイフが飛んでくる。俺は身体の向きを変えて剣を振り下ろす。
そして、その直後には……といった動作がしばらく続いたあとのことだった。
「なるほど。この方法では埒が明かないようですね」
ヤトの言葉が聞こえてきた。すると、その直後にナイフが飛んでくるのが止んだ。
今の言葉の感じだと……ヤトはおそらくナイフを投擲しての戦法をやめるはずだ。そうなると、今度はヤトがおそらくとってくる戦法は――
煙の中に人影が見える。確実にこちらに向かってきている。どうやら、ヤトは直接俺にナイフで攻撃してこようとしているらしい。
しかし、ナイフと剣のリーチを考えた場合、どう考えても俺のほうが有利だ。ヤトの攻撃が届く前に、俺がヤトに一撃を与えることが出来る。
無論、絶命させることはないにせよ、ある程度は斬りつけなくてはいけない……俺は今度はためらわずに剣を振る覚悟だった。
と、煙を抜けて……ヤトが姿を現した。ナイフを構えて俺に飛びかかってくる。俺も剣を振り上げ、それに対応しようとする……その瞬間だった。
「やはり、甘いですね」
全く別の方向……背後からヤトの声が聞こえてきた。俺は振り返る。
と、すでに俺のすぐ目の前にヤトの姿があった。
……どういうことだ? 今間違いなく俺の目の前にヤトの姿があった。それなのに、まるで瞬間移動したかのようにヤトはいつのまに俺の背後にいた。
俺はヤトの動きを目で捉えることができていた……いきなり何倍も素早くなったとでもいうのか?
俺が混乱している間にヤトは、その手にしていたナイフを俺の肩に突き立てた。
「うぐっ……」
鈍い痛みが走り、そのまま俺は地面に倒れる。それと同時にあっという間に周囲の煙が晴れていった。
「……え?」
それと同時に俺は信じられないものを目にした。そして、なぜヤトがまったく別方向から瞬時に攻撃を俺に与えることができたのかを理解する。
「その顔……こういったものを見るのは初めてのようですね。これこそ、私が暗殺者の一族として体得した奥義です」
目の前にはヤトが立っている。しかし、そのヤトは……二人いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます