第109話 ここからが本番

 街に入ってみると、ますますその異常性が実感できた。人の気配はするのに、その人達がどこにいるのかが俺にはわからないのである。


 ミラもキリも平然としているから、これがこの街の平常なのだろう。それが俺にとっては驚きなのだが。


「あ。ちょっと待って」


 と、歩いていると、ミラがいきなり立ち止まった。そして、またしても周囲を見回すと、近くに瓶の破片のようなものを発見する。


 そして、ミラが瓶の破片を前方に投げる。すると……いきなり地面から無数の棘のようなものが出現した。


 気づかずには歩いていれば間違いなく串刺しである。


「この道も相変わらずだなぁ~。少しは罠のバリエーション変えないと」


「……えぇ。相変わらず、趣味の悪い罠です」


 ミラとキリには常識のようであったが、俺としては……街中にいきなりダンジョンのトラップのようなものが出現したことに驚きを隠せない。


「あ~。あんな感じで、街の至る所に罠があるから。今歩いているのは一番罠の数が少ないルートね。他のルートは罠だらけで通るの面倒だからねぇ~」


「ミラ。その……気になっていたのですが……馬車の運転士の感じからして、この街は一般の人からは廃墟と思われているようですけど……もし、仮に間違って街に入ってしまった場合は……」


「ん? あ~……まぁ、運が悪かったとしか言いようがないね~」


 ……俺はこのとき、リア、メルを置いてきて本当に良かったと思った。さすがの俺でも、転生前の力を使ったとしても、彼女たちを守りながら街を移動できるかどうか自信がない。


 それから、ミラの先導でいくつかのトラップを回避しつつ、進んでいく。と、何やら街の中央部分のような……少し開けた場所にたどり着いた。


「ふぅ。ようやく着いたね」


「着いた、って……ここが目的地ですか?」


「うん。ほら、あれ」


 と、ミラがそう言って指差すのは……廃墟の中にある大きな屋敷のような建物だった。


 古びてはいるが、どこか荘厳な雰囲気を感じさせる……そして、ミラの指摘通りに、その屋敷の窓はすべて綺麗だった。


「あそこが目的地ですか?」


「うん。で、ここからが本番」


 ミラが真剣な顔で俺を見る。


「街に入ってからは別に大したことなかった。罠の配置も大して変わってなかったし、ここにいるのは、相変わらずの連中なんだなぁ、って思ったよ。でも……姉様は違う」


 ミラはそう言ってからキリの方を見る。キリも、同じく鋭い視線で俺を見てくる。


「……はっきり言います。屋敷に入って以降は、おそらく我々は自分の身を守るので精一杯。アストのことを守る余裕はありません」


 キリの言葉が段々と現実味を増してきた。というか、今までがそれこそ前座のような言い方だが……姉様がいるあの屋敷は一体どうなっているというのか?


「アスト君」


 と、急にミラが俺の肩を叩いてきた。


「言ったよね? これからは誰も信じちゃいけないって。それは、無論、ウチのこともだよ」


「……え、えぇ……わかっています」


 ミラの言葉はとても真剣だった。実際、ミラは真面目に言っているのだろう。


 だけど、俺は果たしてミラのことを信じないことができるかどうか……少し不安だった。


「よし! じゃあ、行こうか」


 こうして俺たちは目の前の屋敷に向かって進んでいったのであった。

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