第101話 背負う選択

「それで……どうするわけ?」


 メルが俺に困った顔で訊ねてくる。


 ミラの薬は俺の予想以上に効き目がヤバいものであったようで、あのレイリアがまるで立っているのもやっとというくらいの状態にまでしてしまった。


 吸魂の剣は取り上げてラティアが手にしており、さらに彼女の魔法で手足を凍らせる……そこまでやる必要もないと思ったが、ラティアの助言に俺たちは完全に拘束された状態のレイリアと対峙することになった。


「……正直、コイツがどうすれば死ぬのか、我にもわからん。我自身も吸血鬼としての自分の耐久性を知らないからな」


 ラティアはそう言って俺たちをのことを見る。


「しかし……リア。これで目的は達成されたな」


 少し柔らかい表情を向けるラティア。そう言われたリアは……黙ったままで先程からレイリアの事を見ている。


 確かに……これでリアの身体の中に巣食っていたレイリアの魂は、レイリアの身体に戻った。それならば、別に無理に殺す必要もないわけだが……


「……リア。どうしますか?」


 俺が訊ねてもリアはレイリアの事を睨んでいるだけだった。


「リア?」


「……アスト。これで、良いと思うか?」


 と、リアは俺に訊ねてくる。


「え……良いって……どういう意味です?」


 リアは俺の質問には答えず、レイリアの方に近付いていく。ラティアが制止しようとするが、リアは構わずにそのまま歩いていく。


 そして、レイリアの前に立つと、リアはじっと瀕死の状態のレイリアを見つめる。


「ク……ククク……良かったな……リア……これで晴れて一人前だな……」


「へぇ~。人間だったら、とっくに死んでいるはずなのに……喋れるんだ。さすが、吸血鬼だねぇ~」


 俺の隣で感心したようにそう言うミラ。というか、どれだけ強い毒なんだ……


「……しかし……お主自身の力ではない……アストと……小賢しい毒の力だ……お主は……それで、満足なのか?」


 リアは黙ったままでレイリアを見ている。レイリアは大きく肩を上下させながらも、先を続ける。


「もし……妾がいなくなったら……お主は半分吸血鬼の血が流れているだけの存在……傷の再生が少し早いだけのか弱い人間……それで……大丈夫なのか?」


「……何が、大丈夫なんだ?」


 リアがそう言うとレイリアはニンマリと微笑む。


「……お主の仲間、に……見捨てられないか大丈夫か、を心配しているのだ」


 リアはその言葉を聞いて黙っていた。レイリアはなぜか勝ち誇ったように微笑んでいる。


「……バカじゃないの? 見捨てる? そんなわけないじゃない!」


 と、そこで即座に返したのは……メルだった。


「リアは私達の仲間。別にアンタの力がなくなったって、何も変わらない」


「……そうか。ククク……良かったなぁ、リア。優しい仲間に出会えて……」


 レイリアはそれでもリアにまとわりつかせるように言葉を続ける。


 ……もうやめたほうが良い。これ以上はレイリアを喋らせてもリアを苦しめるだけだ……そう俺が思った矢先のことだった。


「リア」


 先にリアに話しかけたのはラティアだった。


「姉上……」


「コイツの言うことを聞く必要はない。とりあえず我の魔法で冷凍封印しておこう。確かにコイツの力は強大だが、我がこの城にいる限りは封印は解けないはずだ。だから――」


 と、ラティアが話していた最中だった。リアはいきなりラティアの持っていた吸魂の剣をいきなり奪い取ると……そのままレイリアの腹に突き刺した。


 一瞬、レイリアがなぜか俺の方に目を向けてニヤリと微笑んだ。しかし、次の瞬間には剣の刀身がまばゆく光り……そのまま拘束されていたレイリアはガクリと頭を垂れた。


「……リア。一体何を……?」


 ラティアがあまりに驚いてリアの事を見ている。しかし、リアは……決意した目でラティアを……そして、俺たちを見ている。


「……私は今回……何もできなかった。危険な役はアストと姉上に任せきり……レイリアは私自身が背負っていたものだというのに……」


「そ、それはそうだが……だが、これ以上、お前が背負う必要は……」


「……いえ、姉上。レイリアの言う通りです」


 リアはそう言うと、手にした吸魂の剣を見つめる。


「……私は、アストやミラ、メルが、私がどんなに無力であっても見捨てないことを知っている……でも、私は……無力でいたくないのです!」


 リアがそう言うとラティアもさすがに何も言えないようだった。


「……つまり、リアはこれからも……自分がレイリアを背負うということですね?」


 俺がそう確認すると、リアは首を横にふる。


「……背負うんじゃない。コイツに私を……認めさせる。コイツに支配されるのではなく、私がレイリアを制御できるようになるほどに強くなる……そのために私は勇者になったのだから」


 リアはそう言ってその凛とした瞳を俺に向ける。その目は……会ってからこれまででもっとも美しい色をしたリアの瞳だった。


「……わかりました。それがリアの覚悟なら……俺も覚悟します」


 俺がそう言うとメルもミラも同様に頷く。リアはそれを見て少し目の端に涙を浮かべながら笑い返す。


「……皆、ありがとう」


 こうして、我がパーティの勇者は、自身が背負っていた強大な力を捨てず、むしろ、それと向き合うことを選択した。


 普通のパーティならばそれはとても危険なことなのだろうが……俺たちのパーティとしてはそれが正しい選択のように思えてしまったのだった。

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