第142話
「アリエルちゃん……」
震える足で彼女は進む。
恋した彼女のためになれる様に。
「私は」
ただ一刻も早く彼女に会いたかったから。
カタリナは進む。
横たわるミアを置いて、彼女は一人で歩く。これ以上ミアに無茶をさせるわけにはいかない。自分だけでも。
「…………」
ああ、なんだ。
少し恥ずかしい、と今更ながらにカタリナは思ってしまう。たったの一言も口に出せていない。彼女にこの感情の一つも伝えられていない。
「そうだ。うん。これ終わったらアリエルちゃんと海辺のレストランに行こう。それで次はアリエルちゃんの水着を見て……ふふふ」
お金は全部自分が払おう。
貯蓄は沢山あるのだし。夢に溢れていることだ。少しだけ気持ちが晴れてきている。
だから。
だから、こんな問題は解決してしまおう。
「ははは、私ながら天才的」
扉を潜れば巨大な白い巨人が鎮座している。そんな情報を完全に把握するよりも早く更に一つ奥の扉の方から誰かが吹っ飛ばされてきた。
「はっ……はっ……」
黒色のパワードスーツを身に纏った筋肉質な男。先程、エイデンを殺害した男。オスカーが息を荒くしながら立ち上がる。
「アリエルゥゥ……!」
彼の視線の先を見れば憂う様な顔をしたアリエルがゆっくりと歩いてくる。
彼女の身につけている物は戦闘用の衣装とは思えない。
「……もう、やめましょう」
アリエルの提案にオスカーは頷くつもりはない。銃もない。運動能力においてもアリエルに及ばない。どうすれば彼女を殺せるのか。否定できるのか。
「なら、オレを殺せばいい」
止める手段など明確な筈だ。
オスカーを殺せば終わる。
だが、アリエルには簡単にオスカーを殺すと言う手段を選べなかったのだ。
家族の形を間違えてしまった彼に。
「オレを殺せ、アリエル。そうすれば終わる。アーノルドを、ベルを、オリバーを殺したオレを殺せ。殺してみろ! 恨む理由は充分にあるはずだ!」
アリエルの感情は殺意だけで構築されるべきだろう。何故憐れむ。
何故、同情などする。
オスカーには分からないが、嫉妬を向けられるアリエルだからこそ分かってしまう。
「迷うな!」
この男は、幸せになりたかったのだ。
だから人並みに生きてきたクローンでしかないエンジェルに嫉妬してしまうのだ。
人としての幸せを手に入れた怪物に人としての幸せを得られなかった人間が嫉妬を抱くのは当然の帰結とも言える。
「オレは……オレはお前が何を思おうと、お前を殺す」
彼の目は上に向く。
見つめたのはデウス・エクス・マキナ。これがあれば、目の前のたった一匹の人間を潰すなど訳ない筈だ。
オスカーは直ぐにアリエルに視線を戻して睨みつける。
「アリエル・アガター!」
彼はアリエルの事をエンジェルと呼ばなかった。
彼の嫉妬が彼女の幸せを人間のモノであると心のどこかで認めてしまった上で、芽生えた物だからだ。
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