第132話

 

 オスカーはエイデンとの通話を切る。

 彼は右手に持つ携帯電話をしまい込みゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「はは、ははは」

 

 あまりの予想外に笑いが込み上げてくる。

 昼を少し過ぎたばかりに飛んだニュースが入り込んでくる物だ。

 あのエイデンの焦った様子にはどんな喜劇よりも感じるものがある。どれだけ優れたエンターテインメントよりも笑える、そんな何かだ。

 

「はぁー……。エスターが死んだか」

 

 だと言うのに、続いて冷え切った声が出た。

 情はあったかもしれない。いや、間違いなく存在していた。オスカーとエスターは長年の付き合いだ。様々な技術を与えてきた。自らの子供の様に育てて、いつかは殺すつもりだったと言うのに。

 そんな理想の『家族』のはずだと言うのに。

 

「……残念だな、本当に」

 

 ゆっくりと歩き始め、悔しげに呟きながら扉を開く。

 今はオスカー以外のすべてのメンバーが出払ってしまっている『牙』の基地はとても静かで、今までのような賑わいはどこにもない。

 オリバーを殺し、アーノルドを殺し、ベルを殺した。この世界は少しずつ静かになっていく。

 

「エイデン。オレは……愉しむとするよ」

 

 オスカーにとってどちらに転んでも良いことだ。喩えエイデンの願いが成就せずともエイデンは殺せるのだから。

 エイデンの願いが成就するのならきっと、ミアを殺せるのだから。

 

「自由に。そして良き結末を」

 

 どちらが残ったとしてもオスカーに損はない。大切でかけがえのない家族を自らの手で殺せるのだ。

 何よりも素晴らしいことだろう。

 

「ハハハ」

 

 悪魔の様にオスカーは笑う。

 仮面を被り、太陽の下へと。彼は目的地に向けて進む。

 

「……ああ、そうか。そうだな」

 

 ひとつだけ、思う所がある。

 もしも、もしもエイデンの計画が崩れてしまったのなら。

 万が一にでも、計画が破綻したのなら。

 理性で堰き止める必要は無くなるのではないだろうか。我慢などしなくても良くなるのではないか。

 

「アリエル・アガター」

 

 彼女もこの手で殺せるのだ。

 煩わしく、邪魔くさく、気色の悪い彼女を殺せるのだ。

 

「オレはお前を殺したいんだ」

 

 あの時に彼女に当て嵌められた『嫉妬』などと言う感情を完全に否定し、彼女の人間性の全てを否定してオスカーは初めて報われるのだ。

 アリエル・アガターをオスカー・ハワード自らの手で壊し、殺すことができたならば、なによりも喜ばしいことだろう。


「エイデン」


 オスカーが人間であるからか。

 理屈など意味を成さない。

 ただ、躍起になっているだけだ。

 仄かに彼の心の奥底に燻るモノがある。

 そんな燻る何かをアリエルにぶつけて、吐き出して、気に入らない彼女の全てを壊してスッキリしたいだけだ。

 

「すぐに向かう」

 

 仮面によって隠れた彼の表情は見えない。だが、彼の声はどこか嬉しげに響いた。

 

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